九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

随筆 年を取るということ   文科系

2019年10月24日 09時39分11秒 | 文芸作品
 年を取ると、今まで続けてきた「活動」でもこれを前進させようとすると、どんどん気力が要るようになる。そして、前進が見えにくくなると、その気力が出にくくなって来る。前進と気力とが相関関係にあり、これには悪循環と好循環とがあるとは、歳を積むごとに痛く感じるところ。そして、この両循環の間の行き来が潮の満ち引きのように誰にも常にあるようだが、悪循環の方が次第に増えていくものだ。この悪循環の増加というのが、つまるところ「本当に」年を取っていくということなのだろう。だからおそらく、やりたいことがなくなったというのが、自然に(何かの死病と言うことではなく)まもなく死んでいくということなのだ。

 身体も使わなければどんどん廃用ということになるが、何か本当にやりたいことを持ってそこで良循環を遂げている人というのは、僕の知る限り身体を巡る良循環をも大事にしているものだ。やりたいことでの良循環を維持するには、身体を巡る良循環が不可欠だとどこかの時点で知ることになるからだろう。もちろん、そう知ったのが遅かったという方も多いとは思うが、僕の周りにはそういう人はあんがい少ない。ま、ギターや楽器にせよ、文芸同人誌活動、ランニングなどの仲間にせよ、そんな良循環を生む価値がある活動だということなのだ。

 物を書く「活動」もまた当然、同じ事が言えると考えて来たが、悪循環が少ない、あるいは、これに気付きにくい活動だとこのごろ分かって来た。スポーツや和音楽器のような「瞬時反応」が要らない活動だからだ。作品のモチーフ、着想や、言葉を思い起こす力はどんどん小さくなっても時間をかければかなりカバーできるし、このカバーを日々重ねていれば思い起こす力自身も一定保つことも出来るもの。年寄りにはそういう時間だけはあるのだから。
 そんなことを言い聞かせながら同人誌の毎月冊子作品を書き、年一度の長編と格闘してきた。後者については、ちょっと今までにないピンチだとも、恐れつつのことだ。今年もはたして、書けるのか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

米「制裁」は私刑である  文科系

2019年10月24日 09時26分05秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
 イラン、ベネズエラ、北朝鮮、それに関連した国の企業や団体へと、アメリカが次々制裁、制裁強化を連発している。これって、国連との関係では私刑ということだろう。西部劇の未開拓地で力ある者が振るった暴力、私刑。

 世界で頭抜けた軍事大国、経済大国が「勝手に決める刑罰」は、国連にはかるよりもはるかに手っ取り早い。時には、イランやベネズエラに対してのように、「武力行使もありうる」と通告することもあったように、死刑宣告という私刑も含まれている。イラクのフセインの末路を見たら誰でもそう思うはずであって、嘘の理由イラク戦争は「アメリカの反対すると誰でもこうなる」という恐怖をばらまくためだったようだ。これらすべて、大国の横暴、暴力そのものではないか。まるで、大西部の有力者、ならず者、まさに無法者ということだろう。

 そしてさらに、こういう有力者ならず者の暴力こそが、この世界を弱肉強食のジャングルにしてしまうのである。ちょっと前の中米や、アフガニスタン、中東など、米軍が行くところ一時はみんなジャングルになっている。例えば,親米ホンジュラスが世界有数の殺人事件多発国であるように。同じく、南米のコロンビア,旧ユーゴ県内も米との関係が深い国だ。

 こんな状況を日本マスコミはすべて、制裁を加えられる国が悪いというような記事ばかりを書いていないか。本来なら、「どちら」が悪いかという仲裁や裁判も、警察権発動などのようなことも、国連でやることだろう。

 国連を無視した上に、その代わりをしているようなアメリカは,専横、横紙破りというだけである。これが、無法者ということだ。ちなみに、世界平和は、国連の発展の末にしかやってこないもの。日本でも、戦国大名を統一した末に徳川300年の平和が訪れた。そして、世界有数の庶民文化国家がこの東洋に生まれた。
コメント (13)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする