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随筆紹介 幸福に生きる    文科系

2018年02月14日 08時47分03秒 | 文芸作品
 幸福に生きる  S・Yさんの作品です
                                         
    
 あるサークルで知り合った二十年来の友人がいる。少し年上だがユーモアのある明るい女性で、私とは初めからウマが合った。あるとき彼女がふっと洩らしたことがある。
「テレビで見たんだけど、アルフレッド・アドラーて知ってる?」彼女は本を読むのが苦手で、だから心理学や哲学にも興味がない人だ。  
「そのアドラーがね。過去のトラウマが現在の自分を不幸にするってことはないと言うのよ。他人から承認をしてもらわなくていい。そんなことにとらわれると人生が苦しくなるって」、だから、わたしなんだか嬉しくなっちゃってね。彼女は笑顔でそう言った。

 彼女は空襲の爆撃で父親を失い、母親はおぶっていた子どもと自分の足を一部失った。そのとき彼女は母親の胎内にいたそうだ。生まれて物心ついたころには母親の傍らにはいつもある男の存在があり、何か気に障ると幼い彼女に暴力を振るったという。母親は洋装店を経営して暮らしはなりたっていたが、男と別れることはせず、小さな娘を庇うこともなかった。それどころか、「謝りなさい。あの人をこれ以上怒らせないで!」逆に彼女を叱ったという。
 小学生のころ、夜中に家を追い出されて道端のバス停や公園のベンチで夜を明かしたことも何度もあったと、淡々と彼女は話した。
 当然近所でも悪い評判がたち、友達ができても「あそこの子とは遊んじゃだめよと、どこの親も私を汚いものを見るようにしていたのよ。私がなにをしたっていうのよね」、そう話す彼女。でも、私の知る彼女は人懐っこい笑顔の楽しい人だ。物言いもはっきりしているし、頭もいい。人の気持ちをさりげなく察してくれる思いやりのある人だ。
 結局、彼女たち母子は男の借金の形に洋装店も盗られ、夜逃げ同然に身ひとつで、今の地へ越して来たのだとか。
「生まれて初めて母と二人の生活になれた。もう、あの男の怒鳴り声を聞かなくてもいい。
朝までぐっすり眠ることができる。貧しい暮らしだったけど、それがどんなに嬉しくて幸せだったか。五十年も前のことだけどね」。

 そう明るく話す彼女だが、実は十年前に母親を亡くしたことがきっかけで鬱病を発症した。子どものころ受けた虐待、母親への不信感、社会への反発などの心的外傷の影響だろうか。
 今はほぼ回復しているが、でも、ときおり鬱が顔を出すのよと笑う。しかし彼女は良き伴侶と三人の子どもたちに恵まれた。親思いの子どもたちは塾も行かずに高校からアルバイトをしながら、みな国立大を出て元気に社会で働いている。孫たちにも恵まれた。それが何よりではないかと思う。

「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる」私はこの言葉を折にふれ思い出す。程度の差こそあれ、私にも、いや誰にでも心の傷、闇の部分はあると思う。
 幸せになるのに他人の承認などいらないのだ。自分で決めればいいことだと改めて強く感じた。
コメント (1)
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