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随筆 良い老いの、一進一退  文科系

2012年02月24日 22時13分13秒 | 文芸作品
 随筆 「良い老いの、一進一退」

 ある夜、電話に出ると、同人誌の女性のこんな第一声。ちょっと年上の人だが、なんだろう?
「○○さん(僕の名前)、ありがとねー。ほんま、嬉しかったわ!そんなに変わった!」 あっそうか、二~三日前に彼女に出した手紙、同人誌作品への批評文のことなんだ。
 即座に僕の口を突いて出た言葉はこうだった。
「いや、思った通りのことを書き送りたくなっただけ。ここ二~三年のできとは全く違うと思う。手紙に三つ四つ箇条書きした通りなんだけど、文に乱れがないし、今年は随分余裕を持って書けてたんじゃない? まちがいなく貴女の過去最高の作品だと読みましたが」
「うん。そうすると見抜かれてたんかなー。ここ二~三年の私のことも」
 と、これを切り出しに彼女が説明しだしたことは、こんな内容である。親類などで何人かの親しかった人が亡くなった。特に仲の良かった「とても良い人」たちがいて、凄いショックだったのだという。〈そうだったのだ。あの乱れが、そういうことだったのだ〉
 僕は一挙に思い出した。この彼女、本当におかしかったのである。心ここにあらずというか、僕よりちょっと先輩の女性としては事務仕事なども得意そうに見えた彼女が、重大な忘れ事をしたと苦笑いしてみせるなど、とにかくいろいろ抜けていることありありと見えた時期があった。そして、今思えば、それが文章にこそ、まずよく表れていたのである。そもそも原稿締め切り期日に間に合わないのである。僕自身が、彼女の初稿の後に書き直しを随分手伝ったこともあった。今なら言えるのだが、その時に感じたことが、これだ。
〈記憶力がえらく減衰しているようだ。これが、書く妨げになっているのだろうな。語尾が不揃いでオカシイとか、多すぎる登場人物の説明不足とかも目立つし〉
 過去の自分自身も含めたいろんな体験から鬱病に詳しい僕には、その疑いさえあると観えた時もあった。そして、悲しい気持ちで考え込んでいた。この人、このまま老いていくのだろうか。

 さて、ここまで思い至って初めて、僕の何げない手紙への彼女の感謝の内容、度合いの強さが、よーく分かった。〈自分はどうも、ちょっとおかしいのではないか。これが老いという、避けられないこと、その最後の方の関門を通り過ぎつつあるということなのだろうか〉、そんなことも長い間悩んできたに違いない。〈こんな文章でこんなに苦労し、書けない私ではなかったはずだ〉などなどを繰り返しながら。生活のいろんな局面でも、ぼーっとして手が着かないことも多かったのではないだろうか。そこへ、今回の僕の批評文。うすうす「回復」してきたと思えてきたかの作品、自分自身を、他人が評価してくれた!
〈やっぱり難しいものが、立派に書けたんだ。ちょっと回復したというか、おかしくなくなったのだろう。逆に、やっぱり、あの時期が単なる老いでは無くって、おかしかったということなんだ!〉

 電話を切った後、僕は改めて、こんな思いに耽っていた。亡くなった人がそれだけ彼女にとって大切な人だったんだ。「喪失鬱病」というのを聞いたことがあるが、ある人、人生にこれだけ惚れるって、素晴らしいことだな。亡くなった人はもちろん、彼女自身も素晴らしい人間だという証明のようなものかも知れんな。
コメント
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