海側生活

「今さら」ではなく「今から」

消える道

2011年06月07日 | 東海道五十三次を歩く

消える道
鈴鹿峠を越え、土山宿そして水口宿と東海道五十三次の50番目の宿も後にした。

歩いてみて解ったが、道は町の歴史と共に滅びる道もあれば、新たに生まれる道もある。

東海道も京都まで途切れる事なく続いている訳ではない。国道一号線に吸収され元の形さえ見えない区間、バイパスや新道のため歩道橋の上や、或は地下に追いやられた区間、また鉄道に遮断されたためエスカレーターに乗り改札前を通り、階段を降りて駅の反対側に向かうなどと様々だ。

しかし宿場町跡を保存したり、復元した区間は色濃く街道の面影を残している。
そう言う古い街道には古人の気配さえ感じる。その曲がりくねった道筋に路傍の道標に歴史がある。ある時は戦道となって人馬どよめき、ある時は参宮の道となって賑やかな笑い声に包まれたであろうこの道。東海道は遠い昔に、その役割を終え、今は地元の人達の暮らしの道として風景の中に残っている。

我々は便利さや効率を求めた開発という名の波に飲み込まれ、残しておきたい自然の美しさや、懐かしさまで奪ってきたのか。

滅びてしまった道は再び生まれ変わることはない。


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1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
       役終へし歴史の道の片かげり (宮本靖夫)
2011-06-08 17:12:59
       役終へし歴史の道の片かげり
道について考えたことなどありませんでした。
単に生活の利便性だけで、広い狭い遠い近いなどと評価していました。そこをどんな人が通ったとか、大きな歴史の転換点になった道とか、貴兄ならではの捕らえ方ですね。
もう一度道の持つ意義を考えて見ます。
(片陰、片かげり→炎天下、建物や塀などにそって道の片側にくっきりした日陰ができる。道行く人は暑さを避けて、その陰になった涼しいところを通ったり、そこで休んだりする)
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