■The Baroque Inevitable (Columbia / Sony = CD)
一目惚れの美女という存在は、男ならば誰しもが経験するものと思いますが、特に私のような者には数限りないほどです。しかしその中には、確かに忘れられない出会い(?)があります。
例えばサイケおやじが高校生だった頃、学校の屋上で、いつもひとりでクラリネットを吹いている美女がいました。彼女は、ひとつ上の学年だったのですが、夏休みの後に転向してきたらしく、しかしどうやら何かの病気で休学していたという噂もあったのですが、とにかく色白で清楚な雰囲気にはグッと惹きつけられるものがありました。
もちろん気が弱いサイケおやじは、話かけることなど出来ず、なんとなく彼女のクラリネットを聴いたわけですが、それはクラシックのような自然に耳に馴染むメロディだったことが、今も鮮明な記憶になっています。
さて、本日ご紹介のアルバムは、ちょうどその頃、某オーディオ店のデモ用レコードとして連日のように鳴らされていたブツで、内容は良く知られたロック&ポップスのヒット曲をバロック調にアレンジした演奏が収められています。
そしてそれが、屋上の彼女が吹いているクラリネットのメロディと微妙にリンクして、もちろん私は胸キュン状態♪♪~♪
制作発売されたのは1966年頃のようですが、演目も当時のヒット曲から選ばれています。
A-1 Rainy Day Women #12 & 36
A-2 Turn-Down Day
A-3 Sunny
A-4 All I Really Want To Do
A-5 This Door Swings Both Ways
A-6 I Couldn't Live Without Your Love
B-1 Wild Thing
B-2 Yellow Submarine
B-3 I Can Make It With You
B-4 Strangers In The Night
B-5 Eleanor Rigby
どうです、素敵なメロディがテンコ盛りでしょう♪♪~♪ もちろん私的永遠の「Sunny」が入っていますから当然、欲しくなってレコード店へ行ったのですが、なんと日本盤は無かったようです。そして前述のオーディオ店で現物を確認させてもらったところ、それは外盤!
う~ん……。そこで必死で頼み込んで、なんとかテープコピーをさせてもらったのですが、なんと先日、このアルバムが紙ジャケット仕様でCD化されているのを発見、即ゲットしてきました。あぁ、夢のようです♪♪~♪
そして付属解説書を読んで再び仰天!
なんと制作が、当時はCBSのスタッフプロデューサーだったジョン・サイモンだったのですが、この人はご存じ、アメリカ大衆音楽に幅広くルーツを持つ縁の下の力持ちとして、ロック音楽史に燦然と輝く名盤となったザ・バンドの「Music From Big Pink (Capitol)」をはじめ、ジャニス・ジョプリン、サイモン&ガーファンクル、BS&T等々の名盤を作った偉人です。
しかも自らアレンジャー&歌手としてリーダー盤も出しているシブイ人なんですが、まさかこんなユニークな作品にも関わっていたとは!?!
肝心の演奏はフルート、オーボエ、ハープシコード、チェロ等々を全面的に使ったバロック風味のアレンジがキモというインストですが、あくまでも「ロック」という部分も大切にされ、エレキベースやドラムスがバッチリ使われています。その強いビートも隠し味のアレンジが秀逸ですよ。
このあたりのクラシック調のロックというのは、例えばビートルズの「Eleanor Rigby」が当時の代表曲ですから、ここでも当然のように演じられています。おそらくこのアルバムも、それに触発された企画だったのでしょう。
しかしそれにしても、ジョン・サイモンが当時担当していたサークルのヒット曲をバロック調にした「Turn-Down Day」は鮮やかです。タイトな8ビートのドラムスとグルーヴしまくったエレキベース、せつない原曲メロディを上手くフェイクしたアレンジは、昭和40年代後半の我が国歌謡曲へダイレクトに反映したものと思います。
それはアルバム全編に共通する味わいでもあり、いずみたくや村井邦彦あたりのお洒落系歌謡曲作家の元ネタとしても、思わずニヤリでしょう♪♪~♪
チェンバロとフルートが爽やかに絡み合う「Sunny」や天池真理がヒットさせた某曲の正体がバレバレという「Strangers In The Night」、さらに穏かな「I Can Make It With You」は歌謡フォークの某曲にクリソツですよっ♪♪~♪
また後年のロマンポルノあたりに多様されるバロック調サントラ音源に流用されたアレンジも多数散見されますので、サイケおやじにとっては、まさに自らのルーツ確認でもありました。
気になるリマスターはステレオミックスで、なかなか良好です。
ということで、冒頭の話に戻ると、一目惚れの彼女は冬休み前に再び姿を消してしまいました。なんでも転校したとか……。いや、どうやら病気が再発したという……。もちろんその後、私は彼女を見かけることがありません。
しかし今回、このアルバムがCDとはいえ私の前に現れたということは、再び彼女に……。そんな淡い期待を抱く春の日に、これほどぴったりの演奏集も無いと思うのでした。