水心苑や菖蒲園、博物館を含む小泉潟公園は、地域の人間の散歩コースであり憩いの場ですが。それ以上に、私には思い入れのある公園です。
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学校に採用される前の県庁臨時職員の時に、毎日計画図をにらめていました。 臨時だから、ただ見ているだけです。コピーするのが仕事みたいなもんです。
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でも地元ですから、興味はありました。あの追い剥ぎが出そうな寂しい場所にねえ。と思っていました。父親の実家に行く時は、大きな松の木の陰に誰か隠れてやしないかと妙に胸騒ぎがしたものです。
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昭和53年に、皇太子時代の上皇上皇后さまがお見えになって、水心苑にお手植えの松を植樹なさいました。開園が54年。名前は農聖石川理紀之助の歌から採用したそうです。本格的な林泉回遊式日本庭園で、設計者が田治六郎農学博士。大阪万博の日本庭園を作った方です。
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スポーツゾーンに残ったのは、テニスコートだけ。あとは雄和の方にごっそり引き抜かれました。
西高の生徒がさっそうとキュロットスカートをひるがえし、自転車で帰るところを見ると、今でも部活に使っているみたいです。
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水心苑で一番多い樹木は、アセビだと思う。馬酔木と書く。なぜこれがほうぼうにあるのか、自生していたのか、設計にあったのか、ちょっと気になる。
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夏に噴水で賑わったあとの秋は「なべっこ」つまりバーベキューの人で人気なのだが、今年は見た記憶がない。それでも芝生広場は、家族連れのテントが立って、思い思いに楽しんでいた。
冬は冬で、パークセンター前には、広場に雪を漕いで行った人の車が残っていて、誰だろうと後を追ってみるのだ。