棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

2-鍔の修正

2018-03-06 14:09:54 | 山郷の暮し
前回の鍋のそこにあるのがこの鍔です。
修正という言葉が正しいのか判りませんが、修復でないことは確かなので修正としました。

黒く汚らしいナニカがだいぶ取れた状態ですが、最初の姿を記録をしていなかったのは残念です。
はじめてから一週間目くらいで、銅地銀鍍金 とわかり、あながち馬鹿にしたものではないと慎重になりました。
写真では光の関係もあり銀色に輝いてはいませんが、燻し銀のような風味がありました。
そこで 銅地銀鍍金 巴組線刻茗荷鍔 と銘銘。漢字がずらりと並ぶとそれらしく感じませんか・・。

 これからは夢想であるが「ナゼ黒くしてしまったのか・・。」ということです。
銀色に輝くまことに派手な鍔は、もしかしたら江戸文化の最盛期である元禄時代のものか・・。
ご存知のごとくこの時代は町民文化の爆発的な発展であった。
はたして元禄様式なる鍔があるのか判らないが、元禄時代は名字帯刀をえた町人はかなり立派な鍔を発注したようだ。

元禄の華やかな時代も1724年に倹約令が発せられ終焉。
それゆえにあわてて黒く塗ってしまったのか。
 またまた時代はすぎ、幕末が近かづきつつある天保の水野政権の時代、1842年にもまたまた倹約令が発せられる。
これはかなり厳しいものであったようである。
もしかしたら、この時代に塗られたか・・。

 私のコレクションの鍔に同じように派手なものがある。
「ハナマル型・ひまわり」は一見現代モノかと思ってしまうほどだ。

これも黒く塗られていた形勢があり、後時代の持ち主の誰かがかなり乱暴に落としたと見え傷だらけである。
残された垢黒はシンナーにて落とすことができた。
ともかく、製造時と異なった姿に変じた鍔に、面白い物語を推理できるのではないか。

 修正時 後ろを見れば電気釜から湯気が立ち、お湯の中にこの鍔が鎮座しています。
PCからはなれ筆にて湯の中の鍔をチョコ・チョコとこする。
乞食の喧嘩であった。(蛇足ですがこの意味わかりますか)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

鍔の修正 奮闘記

2018-03-05 18:11:29 | 山郷の暮し
 奮闘記などと大仰で、写真となると汚らしい鍋からです。

知人が鍔のまとめ買をしたのだがどう見てもひどい状態のものがあり、何とかならないかと持ってきた。
私は鍔には素人であり、ましてや修正などできないとお断りしたが、だめもとだから研究のつもりでためしてくれ、ということになる。

経年の汚れというよりも図柄もわからないほど汚らしい代物である。
べっとりと塗られた黒いものが、いかなるものかわからなくてはならない。
手順はお湯にて洗ってみるとベタつきがあり墨のような黒色が手に着く。
湯に溶けるとなると漆ではない。
膠ではないかと判断し4-50度のお湯に一晩つけておくと、御湯がわずかに飴色になっている。
しかし、ベットリと塗られた(又は濃い膠に浸けたかも・透かし・耳部にはシズクの塊が着いている)黒いものは取れない。

 膠は湯から出せばたちまち硬くなり、こんなときはまことに始末が悪い。そのうえ、現在の膠と異なりかなり接着力は強く硬いしろものである。
知人の日本画家や工芸家から聞いた話であるが、昔のような良い膠がなくて困るといっていたことを思い出す。
話を戻すと、強烈な膠におそらく墨を混ぜたか、削り取った黒粉は砂鉄のように磁石に反応する。
もしかしたら鉄粉でも混ぜ込んだのか、ともかく硬くこびりついている。
膠は湯に浸けておくだけでは溶解剥離はしてくれず、揺り動かさなくてはならない。


 二日目にして銅地で線刻による巴組された茗荷模様であることが判った。
そのうえ銀鍍金がされている。となると、あまり強く擦り取ることをできない。
ともかく時をかけてお湯の中で筆にて気長に擦り取るしかないが、簡単にはいかない。
4日にしてもまだまだ取れない。線刻に食い込んでいるうえに銅の地肌がアバタである。。
綺麗になっていくにしたがって、こびりついた黒がかえって気になるものである。

 さて鍔本体のことであるが、地造りがかなり荒くアバタで、また、線刻も丁寧さに欠けている。
気になったのは、切羽台が凸凹で使用感が無い。
あえてそのように製造したかは不明だが、銀鍍金をする限りそれなりのものには違いがない。
ではなぜ黒色を塗ってしまったか、それもかなり雑な感じである。
鍔には漆塗りをされたものもあり、ナニカ塗られているものも珍しくはないが、この鍔に関しては素人仕事としか思えない雑さである。
何よりも地の荒さに食い込んでおり、取れにくい。製造時の姿に戻したく根気仕事である。

こんな状態が一週間も続くことになってしまった。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

お久しぶりです

2018-02-12 17:54:55 | 山郷の暮し
お久しぶりです。
寒さで凍えていた訳ではありませんでしたが、やっぱりお家で冬眠しています。
制作意欲も湧き上がらず、変わりに日本刀の鍔の研究を兼ねてオークションを検索。
見れば見るほど良くマーーこんなデザインを思いついたものだと感心させられてしまう。
いったいどうやって作ったものなのか、どうにもわからないものだらけです。
中には芯から欲しいなーーと、一応入札を試みるのですが、お値段はうなぎのぼりでギブアップせざるを得ません。
それでも許す範囲で落札はしていますが、私自身の目も肥えてきたのか、予算を超えるものが多くなってしまいました。
素敵な鍔の写真を添付できれば良いのですが、記録保存をしてないのでお見せできません。
 風呂場の窓 氷の華

さて・・本題は鍔のことではなくネズミのことです。
写真はハロウインの南瓜でありません。
我が家の玄関先についでに置いたカボチャですが、3日ほど前からネズミが食っているのです。
最初はカラスなのかと思いましたが、少しずつ穴が大きくなっていきます。
そして、食べかすが散らばっており米粒のようなフンが散乱し、ネズミの仕業と思います。


今年の冬は特に寒さが厳しく、我が家はネズミが飛び回っている。
我が家ばかりでなくご近所も例年よりも被害があり困っている聞きました。
たぶん、野に食料が乏しい状態ではないかと推察しております。

ついでですが犬のハナも3-4匹とらえてくれました。
ほんとうは猫が一番いいのですが・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本刀の鍔-3

2018-01-20 12:26:04 | 山郷の暮し
今朝は霜が降りましたが、さほど寒気は感ぜず、散歩コースにお日様が照らしてくれる9時半ころにトボトボと。
ハナが神経質に吠える。
見知らぬ老夫婦に出会い、ご挨拶をすれば町のほうから車できたとか。
街中の散歩では楽しくないので、暖かな日は遠出をしているのだという。

さて、この鍔をオークションで見つけたときはドキッ!!としました。
決してオーバではなくこれは多少無理をしてでも落札をしなくては、と思ったほどだった。

それは写真を見た瞬間 月・太陽・精霊 と題し、今なお続いている私の普遍テーマがひらめいたのです。
30歳代からインド・ネパールなどの辺境地を訪ね歩く旅をしている中から生まれた創作テーマで、
私の創作の骨子となっていったものです。
天空の働きや生命の源などを、自然のスケッチを通し、具象・抽象と様々な表現をしてきました。

この鍔のデザインに集約されている、正直ヤラレタ!!と感じたのです。
しかも、直径8センチ以下の中で壮大な宇宙空間を表しているのに驚嘆しました。
ネット写真で満足できなくなってしまったのです。

現物を見てさらに驚いたのは、太陽の輝きを細い線刻(毛彫り)でゆらめくようにあらわしています。
江戸時代以前の太陽の輝きは宗教的な意味合いもあり、ほとんどが直線表現です。
残念ながら写真ではわかりにくいのですが、
太陽が炎のようなゆらめきがあることを知るのは、近代に入ってからのことではないでしょうか。

上下に太陽が彫られ、清れつに輝く満月と闇に消えた新月が表されています。
天空の営みを見事な写実的表現で、抽象世界まで高めているといえないでしょうか。
だだ脱帽。私には逸品かと思います。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

鍔のお話

2018-01-18 15:38:09 | 山郷の暮し
かなり厳しい冷え込みが続き、川辺では水しぶきが凍り付いていました。
二日ほど前から馬鹿陽気で、盛り上がっていた氷もすっかり溶けています。

しかし、腰から脚にかけ激痛が走り、犬のハナの朝夕の散歩は通常コースの3分の1程度で済ませています。
ハナは物足りなく自分で木切れなどをほおり投げ遊んでいます。(犬のかわいいところです)
時には「トーちゃん遊んで!!」とカマをかけてきたりしますが、
腰をギックとやったらアウトなので注意をしながらの爺さん歩きです。

今年の冬は日本刀の鍔に興味を抱き、もーーーネットで研究中。
買う買わないではなく、オークションにも挑戦しておりますが、最終時間までとてももたずに止めてしまう。
翌日ほんのわずかな差で落札できないでいます。
ただし、自動で高額入札しておけばいいのでしょうがそうもいきませぬ。

次々と検索しているなかで、まったく変わった鍔をみつけました。
写真のように花型のもので、まるで現代物のようで迷ったのですがマーー面白いか、と購入。
コスプレの侍姿のかわいい子ちゃんの刀みたいです。

現物を手に取りやっぱり現代物かと・・。
かなり汚かったのですが、歯磨きでゆっくりと磨いてみればいやいやそうでもなさそう。
少なくとも200年以上の手垢がこびりついていたのが、伝え持っていた人が少々乱暴な洗い方をしてしまい傷だらけ。

花型赤銅地銀鍍金鍔 と漢字を並べるとソレらしくなりますね。
それにしても派手な鍔だと思います。

武士は今で言うと役人ですから、仕事場では黒色の紋付羽織が制服で、全体も質素なもの。
当然 刀も黒さやで地味な鍔だったと思う。

派手で豪華な鍔はお家のお宝品か、チョイと夜遊びにでも行くときなどに・・。
このツバは鯉口が大きく大刀用であるから、町人階級のものではないことは確かです。
というのは、元禄以降は世情も安定し戦もなく、本身の需要もあまりない。
そこで鍔をはじめとする、刀の飾り物に手の込んだものが造られるようになった。
また、帯刀を許された町人たちも脇差ながら立派なものを造らせたようですが、大刀というわけにはいきません。

この派手な花型鍔を差した武士はどんな人だったのか、想像するだけでも楽しくなってきます。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

新年おめでとうございます

2018-01-01 11:11:02 | 山郷の暮し
氷も張らない暖かな新年を迎えています。
柔らかな心地よい朝日を受けながら犬のハナと散歩。
昨日も今日も、おそらく明日も変わらない日々でしょう。
そうです、いつもお正月気分の小生です。

今年は戌年
犬といえば今なお忘れられないサクラは四年前に17歳で亡くなり、現在のハナは孫娘に当たります。
サクラという犬は、ほとんど放し飼いに近い状態で飼っていましたが、ご近所から大変かわいがられていました。
と勝手に思っていましたが・・・。
今でもハナと散歩をしていると「あれ・・サクラですか??。」と声をかけられるくらい。


ハナも自由に飛び回れる飼い方をしたいのですが、どうもサクラのようにはいきません。
現在のハナは容姿はきれいなのですが、大変感が強くよく吠えすぎてしまう。
性格がまったくちがい、放し飼いは無理です。(放し飼いはいけないことですが・・・。)
それ故に、防犯にもなり来客などすぐわかるのですが困ることもある。

さて、このハナが昨夜おおてがらをしてくれました。
我が家に住み着いたネズミの大将をやっつけてくれたのです。
古い家ですからネズミが住み着くのはどうしょうもなく、以前はリスの夫婦が屋根裏に住みついたことがあったり、
床下はアナグマ一家が運動会をしたりと、賑やかでした。
特に対策をしたわけではありませんが、現在はネズミ以外はいないようです。


いま足元でもぞもぞしているハナ。
時おりビッと起きだし、ジーーっと柔らかな光に満ちた外を見ています。

犬を観察した結果出来上がった作品です。
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

隠れキリシタン鍔

2017-12-15 11:21:16 | 山郷の暮し
にわか感心者になってから一ヶ月あまり。片っ端からオークションを観ているうちに、それなりに眼も出来てきているのかもしれない。
と自画自賛しても、本物を手にしなくてはダメなことは十二分に承知はしているが、簡単には手元に置けない。
いいなーー、ほしいなーーという代物ばかり。
次々とびっくりするような技巧とデザインの鍔はまるで「根付」の細緻な美しさに通じている。

文明開化以後、海外の一般人が関心を持ったのが浮世絵と根付。大英博物館では根付だけの展示コーナーもあるくらいです。
ガラスケースにびっしりと並んだ、様々な素材の小さな細工物を見た折には「日本人だよなーー」とおもったりした。
にわか鍔感心者が解ったことをいうつもりはないが、日本刀の鍔は基本的には武士のチョット見栄を張ることが出来る装飾品のひとつともいえる。
様々な制度の規制のなかで、さりげなく「おしゃれ」をしたのではないか・・。

オークションの中になんとなく惹かれたものがあった。
直径7センチ弱の脇差用の鍔で、丸棒形体の縁取り(耳)には象嵌が施され、無駄のないデザインだ。
競り落とすことが出来、手にするとどこか上品な趣がある。
これは逸品が手に入ったと嬉しくなったが、ひびがはいり、鉄地が剥がれ割れたようになっている。
それだけに鍛造で鍛えられた製作であることをうかがえるが、どうやって作り上げたのか、またどうして割れてしまったのか・・と疑問が湧いてくる。
  
検索をしている中で、同型のものが「隠れキリシタン鍔」の説明文を見つける。
そおいえば十字形に見えないでもない。

改めて検索をすると、秀吉がキリシタン禁止令を出した1596年を境に、キリシタン鍔と隠れキリシタン鍔 とに分類しているようだ。
手に入れたこのツバはおそらく「隠れキリシタン鍔」であろう。
信仰の証しを脇差の鍔にして守り通した武士は、どんな人だったのであろう。
いま、PCの脇にあるが、簡素な美しさの中にどんな歴史が潜んでいるのか夢想するのも楽しい。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本刀の鍔

2017-12-07 16:52:54 | 山郷の暮し
日本刀の鍔に興味を抱いてより、絵画制作などへの思いはどこかにすっ飛んでしまい、朝一から鍔の検索から始まる。
それにしても工夫を凝らした多義なデザイにびっくりしてしまった。
大きくても8センチほどの円形や楕円、または図柄からの縁取りなど様々だ。

まるで山水画を観るような広々とした空間表現には驚かされる物もある。
飛ぶ鳥の位置で空間の広がりが異なってしまうから、かなりの絵画センスを必要とする。
但し、中には技巧はともかく今ひとつだと感じるものも少なくない。
解説などを読んでいるが、中には画家の下図によるものもあるらしい。
現物は知らないが、確かに見事な構図の写真を観ているうちにほしくなる。
オークションに参加してみるが、たちまち私の小遣いの範囲を超えてしまう。
それでも一点落札ができ、ただいまディスクのケースに入れて飾ってある。

鍔の製造法を知りたくなり検索しているが今のところ解らない。
様々な技法は紹介されているが、一からの製造解説がないのです。
つまり刀の製造などは実に詳しく紹介されそのような解説を望んでいるのです。

紹介されているものは現代の方法で、鉄板や銅・真鍮などの板を切り抜き、
彫金したりすることで私は地金の造り方から知りたいのです。

鋳造物はかなり精密に復元が可能で、時代づけも薬品によって加工ができるようだ。
それは贋物を作るというよりも、現代の作家の挑戦でもあると思いたい。
実際 現代作家の鍔は高額で取引されているようだ。

オークションで「ほしいなー」と思ったものですが、やはり追いつかなかった。

 五輪塔の透かしになっていますが、実に明快で面白い。
墓石の形式ですが、そのような図柄のものに興味を持つ人は少なかろうと判断しましたが甘かった
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

オークション

2017-11-27 17:23:58 | 山郷の暮し
私は他人が使用した物に嫌な思いはなく、同じものがお得に手に入るならばいいのだ。
一番いい例がカメラで、型落ちしたものや使用感があってもかまわない。
ただし、壊れていてはいけないが。

PCを始めたのは10年以前になるが、少しも上達はしないが使ってきたものは、全て中古品だ。
数台機能不全にしながら、PCの仕組みを幾分わかりだし、自分で記憶メモリUPやHD交換などをしてきた。
安く手に入ったという気楽さからだ。

中古品の購入はオークションが主で、たいした失敗はない。
日本刀の鍔をいただいてより、もっとほしくなりオークションを検索すればあるある。
しかし、骨董品はなにが本物で、適正な価格はあってないようなものだと承知しながら当初は「これがイイナー」と感じたものを3点ほど入札する。
落札日までは残り3日。

たいした価格ではないのだが、気になり時々チェックをすればUPをしだす。
わたしの自動入札価格を超えだしてしまった。
落札時間はいつもだったら「良い子のおねむタイム」か酩酊かいびき時間だ。
それでも、意地になってゆく自分に気がつき「やばいからここで止めておこう」とあきらめたり。

事前の落札タイムになったら自動延長になっり、「エッそんなことがあるのか」と初めて出展者の延長時間を知ったり。
水割りをちびりちびり飲みながら画面を見ているうちに「俺なにやってんの。アホらしい。寝よう。」

翌日チェックすれば、それらが落札されており早速取り引手続きをする。

なにか入札そして落札の過程が面白くなってきた。
ソレより適当な鍔を見つけツバをつける。
届けられたものを観て、なんとなくしっくりしないものがある。
写真写りのいい品物だったり・・。

骨董品にはあまり深入りしないように気おつけましょう。

写真の鍔はキンキラ金で、おそらく新物でしょう。
それにしても、値段的に割に合うのかなーー、などとおもったり。
真贋は買い手の問題ですものねーーー。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本刀の鍔

2017-11-24 16:53:29 | 山郷の暮し
懇意にしている医師は20歳代後半から日本刀に興味をいだきだしてから、50年近くなるという。
当初は骨董屋に進められるまま、小遣いの範囲(いくらだかわからないが)で購入。
だまされた事や、思いもしなかったものが手に入ったりし、時には10数本にもなってしまったという。
博物館や一流店の刀を観て眼を養っていく中で、無名の名品と感じるものを探し出す楽しみを見出した。

今は整理をし、数本であるが自信のある収集品だという。

当然なのであろうが、桐箱に入った鍔(ツバ)もどっさりあり見せていただいた。
私には物騒な刀身よりも意匠に富んだ美しいツバに興味が湧いてきた。
実践的な力強いもの。金銀豊かな象嵌物はどう観ても装飾目的で、実戦を離れたものとおもう鍔。
刀剣にはまったくの素人、というより興味がなかったが、美術工芸品としての価値は解る。

ずらーーと並んだ中に、大振りな何の細工もないツバに魅入ってしまった。
「それは明珍作の名品です。やっぱり目に付きましたか・・・」
それではさし上げましょう・・・、とはいわなかったが、
「文鎮にお使いください」と小振りながらゆったりとした雰囲気のツバを渡してくれた。
へりくだって文鎮にでもと言ったが、そのような品物ではないことはわかったので辞退したが、結局いただいてしまった。

この手入れはどうしたらいいのですかと問えば
「私は骨董屋さんと違い、素手でなでながら楽しんでいます。刀身では出来ない別な楽しみで、投機が目的ではありませんから・・・。」

帰ってよりツバのことを初めて調べてみた。
歴史から種類など盛りたくさんあり、酒ボケした思考では次ぎ次と蒸発してしまったが、そのなかで記憶に残ったことを記しましょう。

刀は戦では突き刺すのが技で、手を滑らせて自分の刀で切ってしまうことを避けるための、ツバで防止する目的から作られた。
映画のようにチャンチャンバラバラ、鍔迫り合いなどあまりないわけだ。
戦国時代以前は皮を張り合わせたものがほとんどだったようだ。

江戸時代になり戦がなくなってから、特に元禄以降はツバの目的は実戦ではなく、美術品またはステータスとして変化していった。
特に苗字帯刀を許された商人・金持ちなどがぜいを尽くしたものを造らせたようだ。
そんなものが、今日 博物館に展示されたり、骨董店で数十万円以上もすることになった。

いただいたツバを手の内で楽しんでいるうちに、医師の言ったように桐箱に入れておくのはつまらない、の意味を感じる。
私で買える範囲のツバを撫で回したくなってきた。

写真・・・、わかりにくいがウサギがあちこちにいる。裏面には浮き彫りされた大きなウサギが一匹。

オークションに出展されているのではないかと、検索が始まった。
次回はその顛末を・・・。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本