オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

料理教室忘年会

2017-12-18 | Weblog

12/18(月) 16日の土曜日、高輪台のJIN先生宅に人形町を根城にするオヤジたちが参集して今年最後の料理教室が開催された。

この会は、パトロール隊(近隣の酒場の)を自認するオヤジ達が、酒場巡りの他にも遊びと刺激の場を広げようと云うことから始まった。

今年の一月二十一日(土)が第一回で、今月で第八回となる。厳寒からスタートし、長雨、猛暑を乗り越えて、一年の締めくくりができることになった次第。其処で、年末の会では教わった中から自分たちで料理を作って披露することと、出来上がった後は忘年会と称することにした(勝手にだが)。

今年を締めくくる教室だが、若手のIMAE君とFUJIKURA君の両人は所用の為に欠席し、HOYA、NAKAMURA、MATUOKA、AOKIに小生のオヤジ組と、ロンドン旅行から帰ったばかりと云う写真家のHANADA女史が加わった。

自分たちで作るメニューは「春巻き」「タコの酢物」「牛蒡唐揚げ」に「鶏つみれ鍋」と云うことだが、鶏つみれは、出来合のツミレを「日山」から調達したし、白菜をカットしただけで後は先生にお任せとなった。

                     

レシピを横目にして、用意してもらった食材をカットし、調味料を準備して混ぜ合わせ、炒め、揚げてとなれぬ手つきでオヤジ達は頑張った。概ね二時間半ごの午後五時に乾杯のグラスを掲げることができた。

             

私は郷里の酒「南 大吟醸」と缶ビール、他のメンバーも焼酎・濁酒・ハイボール・紹興酒を持参した。この会では、飲み物持参が原則。SEIJU会と同じようなシステムなのだ。

JINN先生と助手のJINNOさん、監督官の役目のJINパパと、総勢九人で今年最後の宴を楽しんだのであった。一人づつ、感想や御礼を述べて和やかなうちに高輪台の夜は更けるのであった。

翌、日曜日は奈加野のオヤジと昼過ぎに平和島に出撃したが完敗。店があると云うオヤジの言葉に乗り早々に撤退した。反省は後の祭り、先に読みを深くしなきゃ・・・・。そんなものが判りゃ、面白くねぇだろう・・・な

 

そして月曜日の今朝を迎えた。深夜、二時半に間が覚め、暫くTVを見ていた。寿司職人を養成する、それも二ヶ月のコースであるが、海外からの求人が沢山あった。レポーターは、タケシ軍団の玉袋スジタロウと水道橋博士に女性だが名前知らず。なかなか面白かった、最後に水道橋が新刊のPRをしたが「芸人春秋2」と云う自著。芸人春秋は読んで面白かった、新刊の方も買う気になった。そして何時の間にや寝ていた・・・・・・。

起床はなんと! 七時半であった。だが、今日の弁当は家人だけである。家人が出掛ける時間まで一時間はあるので、慌てることもない。加えて、昨晩家人が作ったハンバーグを弁当用に取ってあるのだ。

飯を炊き、菜を考えるが・・・浮かばない。前日に買った「鯖文化干し」と「鶏手羽」を焼くことにした。ついでに椎茸もソテー。最後の一品は「卵焼き」だが、ホタテ入りの出汁巻卵にした。

                   

鶏手羽は骨付きなので弁当にそぐわない。と判りつつも焼いたが、一つ入れるのがやっとだった。

                   

 

 

 

 

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