戦争が終わって70年たっても、戦禍の記憶は薄れてゆくものではない。
むしろ、戦争で受けた心の傷は、体験者の中で癒えることはなく、深まっていくもののようだ。
被害者であっても、加害者であっても、どんなに時を経ようが、戦争は彼らの心の中で続いている。
これまで「エキゾチカ」(1994年)、「スウィート・ビアアフター」(1997年)などを手がけて、数々の映画賞に輝いた、カナダの異才アトム・エゴヤン監督が現代の倫理を鋭く問いかける。
主人公の目指す“復讐の旅”は、次々と起こる予測不可能な展開に謎は深まり、驚愕のサスペンスを誕生させた。
ゼヴ・グットマン(クリストファー・プラマー)が老人ホームで目を覚ますと、隣に妻の姿はなかった。
彼は認知症を患っていて、最愛の妻の死さえも忘れてしまっていた。
葬儀が終わった後で、ゼヴは友人マックス(マーティン・ランドー)から手紙を渡される。
アウシュヴィッツ収容所の生存者であるマックスは、自分たちを苦しめたナチの将校が名前を変えてアメリカに潜伏していることを突き止めたのだ。
その男、ルディ・コランダー(ブルーノ・ガンツ)を見つけ出して殺せと、マックスはゼヴに命じる。
ゼヴは手紙の指示に従って、元ナチ将校の収容所兵士らしき人物を探し出す旅に出る。
記憶が薄れ、犯人探しが空振りするする一方で、ミステリーは深まるばかりだったが、真犯人にたどり着いた瞬間、衝撃の真実が明かされる・・・。
映画はスリリングの連続で、展開から目が離せない。
ゼヴ役のクリストファー・プラマーと、混乱する彼を導き続けるマーティン・ランドーの演技がなかなかだ。
人生の最後に復讐を実行する。
ラストのどんでん返しが凄い。
ゼヴとマックスには、収容所で家族を皆殺しにされたという共通の過去があった。
登場人物たちにとっての戦争は、現在進行形で描かれ、余計な情緒は排され、主人公の旅を時系列で淡々と映し出している。
認知症を患う男の中にも、戦争の記憶だけが確かに息づいているのだ。
脚本のベンジャミン・オーガストの作品構成は、緩急自在の形が巧みで、独創的な観点でいまの時代にナチスによるホロコーストを捉えている点が特徴的だ。
被害者の復讐なのだが、過去の歴史はともかく、いまなお続く戦争に対する狂気や思想を見据えている。
物語には冒頭から終盤まで、緊張感を持たせており、まさにこれこそが“戦争”の今に突きつけた衝撃の刻印だ。
主人公の認知症ということが、大きなキイワードとなっている。
過去を取り戻したい老人の執念は、最終で不可能を実現する。
それはしかし、果たして幸福なことなのか。
主人公ゼヴは、家族殺しに手を下したナチの隊員を4人まで絞り込み、その彼らターゲットをひとりひとり訪ね歩く。
それはまるでロードムービーのようだ。
その報復の旅が終わるとき、このドラマは終わる。
カナダ・ドイツ合作映画「手紙は憶えている」は、第二次世界大戦を現在進行形で描く最後の作品となるのかもしれない。
アトム・エゴヤン監督の言うように・・・。
見応え十分の作品だ。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
次回はスペイン映画「ジュリエッタ」を取り上げます。
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これからは記憶から記録になってしまうのでしょうか。
戦争にしても、憲法にしても、よく理解していない。
ましてや政治家、一国の首相となれば、いい加減な記憶や間違った解釈など言語道断です。
日本人はもっと正しい歴史観、政治認識を持たないといけないと思うのです。