第二次世界大戦終結直後のポーランドを舞台に、女性たちの信仰や国境を越えた連帯を描いた、深く重いテーマを扱ったドラマだ。
実在したフランス人女性医師の手記をもとに、「ボヴァリー夫人とパン屋」 (2014年)のアンヌ・フォンテーヌ監督が、他の戦争映画では見過ごされがちな、集団レイプ事件の存在者に光を当てた作品である。
このドラマで、戦時下の女子修道院を襲った、ソ連兵の身の毛のよだつような蛮行が明らかにされる。
心を揺さぶる真実の軌跡から、目を離すことができない。
実在した、フランス人医師マドレーヌ・ポーリアックの物語でもある。
一人の修道女が、雪に覆われた森の中を一心不乱に走っている。
その一枚の絵のような映像から、この物語は始まる。
フランスからポーランドの赤十字に派遣された医師マチルド(ルー・ドゥ・ラージュ)のもとに、修道女が助けを求めて駆け込んでくる。
まだ新米医師で担当外であることを理由に、外部の助けを求めるよう主張し、一度は断るマチルドだったが、凍てつく空の下で、何時間もひたむきに神への祈りを捧げる修道女たちの姿に心を動かされ、彼女は遠く離れた修道院へ出向いた。
マチルドが修道院を訪ねると、あろうことか、ソ連兵の蛮行で身ごもった7人の修道女たちが生死の境にあった。
マチルドはかけがえのない命を救う使命感に駆られ、幾多の困難に直面しながらも、激務の合間を縫って修道院に通い、この世界で孤立した彼女たちの唯一の希望となってゆく・・・。
修道女たちにとって、純潔は神に捧げる信仰の証しだ。
ソ連兵に凌辱された被害者なのに、彼女たちは妊娠を恥じ、神の罰を恐れ、マチルドの診察も怖がる。
女性監督アンヌ・フォンテーヌは、女性ならではの感性で、修道女たちの複雑な感情を繊細に描いている。
修道院は、終始薄暗い光の中に包まれ、修道女たちの苦悩、信仰の揺らぎ、性的な抑圧を伝える。
修道院を襲ったソ連兵たちの中で、自分をかばってくれた兵士への恋心を抱く修道女や、修道院に入る前に恋人がいたことを打ち明ける修道女など、一人一人の内面に光を当て、政治、信仰、社会通念に抑圧された女性たちを解放していく。
彼女たちの連帯は交叉するはずもなく、しかし厳かな映像で切り取られ、美しい。
明暗にこだわった礼拝堂など、荘厳な画調も、この作品の重いテーマを象徴的にあらわしている。
この作品のヒロインのモデルとなった、実在したマドレーヌ・ポーリアックは被害者の女性たちの医療を施しただけでなく、その心も癒し、さらには修道院を救う手助けもした。
そして、1946年2月、ワルシャワ近くで任務の遂行中、事故死を遂げた。
・・・修道院という閉ざされた世界に起こった悲劇は、神に仕えていた者まで道を誤らせてしまうという、そんな可能性もこの映画は提示しているように見える。
修道院の院長は名誉を重んじるため、事態の隠蔽をはかり、ソ連兵に乱暴されて生まれた赤子の生を絶つなど、残酷なシーンもあり、そんな中で、無神論者のマチルドが修道女たちの希望の星となっていくのだ。
悲しみに満ちた物語だが、希望の光が差し込んでくるような展開だ。
雪降りつむ森の中、静謐な祈りの風景が美しい。
雪は悲別の闇に夜明けをもたらし、人間の愛を静謐に映し出し、いま世界中が不寛容な時代に、この映画は救いの一作となった。
フランス・ポーランド合作映画「夜明けの祈り」は、画面全編が一見モノトーンに近く、観るのも辛い映画だが、冷静な目で厳粛に描かれていて、必見の余地はありそうだ。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
次回はセルビア映画「オン・ザ・ミルキー・ロード」を取り上げます。
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