誰もが言った。
そこは、真実が滅び去ったところだと・・・。
アレハンドロ・アメナーバル監督の、スペインの映画だ。
実在の天文学者のたどった、数奇な運命を描いている。
4世紀、エジプト・アレクサンドリアを舞台にした、このスペクタクル史劇は、見どころたっぷりの快作だ。
ローマ帝国末期に伝説を残した、実在の科学者の物語は、ヨーロッパ映画史上最大級の製作費をかけて、壮大なスケールだ。
この作品、まずまず楽しめる。
時は4世紀、エジプト・アレキサンドリアである。
栄華を極めたこの都市にも、混乱が迫りつつあった。
そんな中で、類いまれなる美貌と明晰な頭脳を持った、女性天文学者ヒュパティア(レイチェル・ワイズ)は、分け隔てなく弟子たちを受け入れ、講義を行っていた。
ヒュパティアは、「世の中で何が起きようとも、私たちは兄弟です」と訴えていた。
彼女は、生徒であり、のちにアレクサンドリアの長官となるオレステス(オスカー・アイザック)と、奴隷ダオス(マックス・ミンゲラ)は、密かにヒュパティアに想いを寄せていた。
やがて、科学を否定するキリスト教徒たちと、彼らの教えを拒絶する学者たちの間で、激しい対立が勃発する。
暴徒と化した、キリスト教徒への弾圧が激化していく中で、この都市のキリスト教指導者たちに、多大な影響を与えているのはヒュパティアであることに気気づく。
そして、彼らの攻撃の矛先は、ヒュパティアに向けられていくのだった・・・。
4世紀と現代をつなぐダイナミックな作品で、ヒロイン(レイチェル・ワイズ)は、その美貌で多くの男たちから求愛されながらも、人生のすべてを学問に捧げ、誇り高い信念に生きた女性として、物語をドラマティックに盛り上げる。
奴隷が、人間として扱われなかった、悲しい時代のことである。
ヒュパティアという女性は、異教徒だったし、キリスト教徒からは、数学や科学は異教で邪悪なものと思われていた。
しかし、彼女は、女性の立ち入らない哲学や科学、天文学の分野に大きな功績を残し、その学識の深さのゆえに、市の為政者たちの相談役でもあった。
その彼女が、最終的には抹殺されてしまったことで、かつて、地中海の真珠と謳われた都市アレクサンドリアの復活は遠ざかり、暗黒の時代がもたらされたといわれる。
スペインのアメナーバル監督は、極めてキリスト教色の強い人なのだそうだ。
その人が、ヒュパティアの物語を撮ることにあたっては、相当の覚悟を必要としたのではないか。
アレクサンドリアときけば、科学や天文学が進んでいたことを思うが、歴史の中では、その芽が無残にも摘み取られてしまうことになる。
その様子を、興味深く観ることになる。
ヒュパティアは、自らの叡智を宿した、純潔の肉体をバラバラにされ、虐殺されるという非業の死を迎えることになるのだ。
古代の神々、たとえば古代エジプトのオシリス神もそうであったことを考え合わせると、そのことが復活再生であり、再生を司るがゆえに殺害されたのだという逸話もわかる気がする。
1600年を経て、アレハンドロ・アメナーバル監督のこのスペイン映画「アレクサンドリア」を観るとき、広大な宇宙の謎を解くことが目標だったヒロインの、数奇な運命を知ることは、とても興味深い。
のちに、18世紀ヨーロッパロマン派詩人の間で、伝説の女性となったのもうなずけることである。
それも、彼女が、史上最初の女性天文学者だからだ。
科学が、宗教の前に敗れたのだ。
そこから、暗黒の中世は幕を開けたのだ。
宗教が科学を破る・・・、そんなシーンをいまの時代に見るとも思わなかったが、古代アレクサンドリアの街の再現(復元)は、史実に虚構を交錯させた歴史絵巻をつくりあげた。
ローマ帝国末期のアレクサンドリアを舞台に、大勢の登場人物を配し、スペクタクル史劇として観るかぎり、ドラマが壮大な作品のわりに、終盤のあっけなさは少々寂しい。
21世紀のテクノロジーで、1600年の昔を体感する映画だ。
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件のヒュパティアは「真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことです」という言葉を残したとか。
今,考えること,そしてそれに従って「行動すること」が求められているようになりません。浅慮によって行動することの無いように自戒します。
先行きの見えない、不安と恐怖で、誰もが心落ち着かない日々を生きています。
こんな時だからこそ、人間はもっと強くならなくてはいけないのですね。
そうはいっても、なかなか平常心すら持てないこのごろです。
季節は確実に春・・・、ようやく暖かくなって、桜があんなにも美しいのに、悲しみばかりが深くなって・・・。