ここに、決して忘れてはならない、歴史的事実がある。
50年もの間、公式には認められなかった事件だ。
それは、1942年にフランス政府によって行われた、史上最大のユダヤ人の一斉検挙だ。
これは、その一斉検挙によって、家族と引き裂かれながらも、過酷な運命を懸命に生きた子供たちの、<真実>の物語だ。
1995年に、シラク元大統領がフランス政府の責任を認めるまで、事件は、ナチス・ドイツによる迫害のひとつだと捉えられ
ていたのだった。
歴史の陰に、知られざるもうひとつの暴挙が隠されていたのだった。
フランス政府は、何故こんな悲劇を生んだのか。
元ジャーナリストのローズ・ボッシュ監督の、フランス・ドイツ・ハンガリー合作映画である。
彼は、この事件の真相を描くべく、3年にわたる緻密な調査と研究を続けた。
事件に関係する、記録文書や映像に片っ端から目を通し、生存している目撃者に連絡を取って、証言を集めた。
ひとりひとりの、愛すべき小さなエピソードと、彼らに起きた憎むべき大きな運命を調べるうちに、彼らの人生を再現し、フィ
ルムに生きた証を焼き付けたいと願った。
そして、この作品は生まれた。
ナチス占領下のパリ・・・。
ユダヤ人は、胸に黄色いダビデの星をつけることが義務付けられた。
11歳の少年ジョー(ユーゴ・ルヴェルデ)は、黄色い星をつけて学校へ行くのが、嫌でならなかった。
おまけに、公園や映画館、遊園地への立ち入りも禁じられていた。
何かが、変わろうとしていた。
それでも、ジョーは父(ガド・エルマレ)や母(ラファエル・アゴゲ)たちと、誇り高く、仲睦まじく暮らしていた。
だが、1942年7月16日、夜明け前のパリで、ユダヤ人の一斉検挙が始まった。
胸に黄色いダビデの星をつけたユダヤ人は、子供も女性も赤ん坊さえも、1万3000人がわずかな荷物だけを持って、ヴェル・ディヴ(冬季屋内競輪場)に押し込められた。
そして5日間というもの、水や食糧もろくになく、放置された。
最低の衛生状態の中で、自らも検挙された、シェインバウム医師(ジャン・レノ)がたった一人で、派遣されたごく数人の看護師とともに、人々の治療にあたっていた。
そこに、赤十字から派遣された、看護師のアネット(メラニー・ロラン)も加わるが、とても追いつかない。
でも、それは、信じがたい出来事の、まだほんの序章に過ぎなかった・・・。
フランス政府は、何故か、国民には、検挙の事実を極力知られないようにしていた。
ユダヤ人検挙を実行したのは、ナチス・ドイツに荷担した、フランスの政府と警察であった。
この事件は、約50年もの間、フランスのタブーだった。
一体、フランスは何をしたのか。
何の目的で、罪のない子供たちの、尊い命まで差し出してしまったのか。
鉄条網を挟んで、両親と引き離される、子供たちの泣き叫ぶシーンは、胸に詰まる。
そんな子供たちを、献身的な愛情で、最後まで守ろうとする看護師アネット・・・。
シェインバウム医師役の、フランスの名優ジャン・レノも、苦悩するひとりの医師を、静かな品格をもって演じている。
子供たちの人生の一瞬一瞬・・・、小さな掌、澄んだ瞳、汚れのない笑顔、決して消えることのない希望の輝きを、見逃してはいけない。
昨日まで、母に抱かれていた、子供たちと家族の絆はいやがうえにも引き裂かれ、彼らのほとんどは、二度と帰ってこなかったのだ。
一斉検挙された16歳以下の子供の中で、生き残ることのできた数少ない人物の一人、ジョゼフ・ヴァイスマンから、かつて彼らの生きた証を撮りたいと重大な使命を負ったボッシュ監督は、勇気と力を与えられたたのだった。
そして、現在に至る彼の人生を基に、主人公ジョーが生まれたのだ。
“ヴェル・ディヴ事件”と誰が名付けたのか、映画「黄色い星の子供たち」では、フランス人が、ユダヤ人の平凡な日常と、人間としての尊厳を奪った様を、容赦なく映し出している。
壁際にうずくまって、人に見られながら排泄し、極限まで飢えているのに、フランス軍や警察はただそれを傍観しているだけであった・・・。
こんな悲劇が、実際にあったのだ。
いま、70年の時を経て、フランスという国家が、自国の大いなる恥部と正面から向き合った。
歴史とは、残酷なものだ。
驚愕の映像が共感を呼ぶ、大作といってもいいほどの、感動的な作品だ。
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ナチスの影。
一次は被害者だったユダヤ人が,今は加害者となっている中東・・・。
運命の環は巡っていく・・・。
知らないのは私たちだけで・・・。
真実さえも、捻じ曲げられてしまっているというようなことだって、大いにありです。
だから、ドラマになるのでしょうか。