人間の不可解さ、ファッションと美術の美しさ、そして人生の奥深さを描いて、フランス映画3本はいずれも素晴らしい。
巨匠監督3人による、2000年代の未公開作品は、どれも本国では大評判だったそうだが、何故か日本では劇場公開されなかった。
クロード・シャブロル監督の「刑事ベラミー」は、実際に起こった保険金詐欺事件をもとにした作品だし、クロード・ミレール監督の「ある秘密」は、ナチス占領下のパリと現在を幻想的にミックスさせた心理サスペンスだし、エリック・ロメール監督の「三重スパイ」は、1930年代のパリで暗躍するスパイの周囲で起きる、裏切り、騙しあいの痛快な傑作サスペンスだ。
これらの作品群は、いかにも、フランス映画の香気と心憎いまでに計算された、センシティヴな心理描写に魅了される要素がいっぱい詰まっている。
これら3篇を観て、しかしクロード・ミレール監督の「ある秘密」が、抜きん出て秀逸な作品といえる。
クロード・ミレール監督は、トリュフォー、ゴダールといったヌーベルバーグの助監督としてキャリアをスタートさせ、のちに彼らの正統な後継者と呼ばれた。
その彼が、ある家族の謎めいた過去と、両親の青春時代に起きた悲劇的な事件を綴っている。
フィリップ・グランベールの同名小説を映画化したこの作品は、ナチスが台頭した第二次大戦下のフランスで、あるユダヤ人一家に起きたその悲劇を、幻想的な映像美と、過去と現在を巧みに織り交ぜた緻密な構成で描いた、ミレール監督入魂の叙事詩である。
自身がユダヤ系でもある監督が、幼少時代の経験を原作に重ね合わせて、フランス現代史の負の遺産を主題として扱っている。
1985年、パリ…。
フランソワ(マチュー・アマルリック)の勤め先に、1本の電話がかかってきた。
高齢の父マキシム(パトリック・プリュエル)が、家を出たきり帰らないという。
実家に向かうフランソワの胸に、子供時代の記憶が甦る。
少年時代のフランソワは、ひとりっ子で引っ込み思案の病弱な子供だった。
フランソワは、体を鍛えるのが好きな父マキシムと、水泳のチャンピオンでモデルだった、美しい母タニア(セシル・ドゥ・フランス)に囲まれて過ごす日々だった。
フランソワは運動が苦手で、両親に負い目を感じていて、いつしか自分以外に誰にも見えない“空想の兄”を心の中に作り上げた。
その兄はハンサムで、運動神経も抜群だ。
少年の一番の親友はルイズ(ジュリー・ドゥパルデュー)だ。
彼女は向かいの店で、マッサージ店を経営している。
ある日、フランソワは、屋根裏部屋で古いぬいぐるみを見つけるが、それを知って両親はひどく動揺する。
二人の様子が気になったフランソワは、ルイズから両親の過去についてある事情を聞き出した。
マキシムはタニアと一緒になる前、別の女性で魅惑的なアンナ(リュドヴィーヌ・サニエ)と結婚していた。
彼女の両親は、ヒトラーの権力が増すのを恐れていた。
何故なら、彼らはユダヤ人だったからだ。
マキシムもユダヤ人だが、その前に自分はフランス人だとみなしていた。
アンナとマキシムの間には、息子シモンが生まれるが、ナチスのユダヤ人弾圧は日に日に厳しさを増していた。
次第に、情緒不安定となっていくアンナとは別に、二人の結婚式で出会った美しいタニアに惹かれていくマキシムであった。
ナチスの手が彼らの身辺に近づき、アンナとシモンは田舎へと脱出する。
そして・・・、やがて取り返しのつかない悲劇が起きる・・・。
「ビア・アフター」「少年と自転車」で一躍脚光を浴びたセシル・ドゥ・フランス、「引き裂かれた女」のリュドヴィーヌ・サニエ、「さすらいの女神(ディーバ)たち」でカンヌ国際映画祭批評家連盟賞受賞のマチュー・アマルリックら、いまのフランス映画界を代表するスター俳優たちが一堂に会し、奥行きのある演技を披露する。
こんな名画が、これまで日本で公開されなかったなんて・・・。
ドラマには叙情的なエロチシズムも散見されるが、哀しみに彩られたラブストーリーと、家族に秘められた謎を解き明かすサスペンスが、見事に融合している!
これこそが、クロード・ミレール監督の到達点だ。
ドラマは、ユダヤ人に対する弾圧が背景にあるが、過去の場面はカラーで現在の場面はモノクロでと、わざわざ通常とは逆の選択をしている点も興味深い。
これは、原作では、現在起きていることのすべてが過去時制で書かれ、過去の出来事のすべては現在時制で書かれていることによるものだ。
フィリップ・グランベールの原作は、フランスでベストセラーになった作品で、過去と現在のあいだをさまよいつつ、そのあいだで時間が多数化し、登場人物は年を取り、時代は変化する。
幾つかの箇所で、物語は夢見られた人生の物語となり、現実の人生の物語ではないから、映画の内容はよほど注意して観ていても、ときに解り難い部分もある。
映画では、7歳と14歳という、二人の子供が重要な役割を演じる点も注目だ。
クロード・ミレール監督の「ある秘密」は、フランス映画の間違いなく珠玉の秀作である。
若手女優を美しく撮ることでも知られるクロード・ミレール監督だったが、惜しくも去る4月4日パリで永眠した。
享年70歳であった。
よき映画をありがとう。合掌。
[JULIENの評価・・・★★★★★](★五つが最高点)
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一級の映画を三本も!
贅沢といえば、ほんのちょっぴりそうかもしれませんね。
映画って、未公開の掘り出し物って、結構あるのです。
それを探し出すのも、また楽しからずや、なんて・・・。(笑)