安直な、お涙ちょうだいのメロドラマではない。
もっと次元の異なる世界での、再生と希望のドラマである。
グレイグ・デヴィッドソンの原作から、賭け格闘技試合にのめりこむボクサーの物語と、シャチに足を噛みちぎられる調教師の話を下敷きにして、ジャック・オディアール監督が映画化した。
生活境遇も異なる、対照的な二人の登場人物が出会い、通常のラブストーリーの概念を超えた、男女の‘絆’の芽生えを描出している。
南仏の眩い陽光きらめく中で、新たなる生きる力を得て、未来への一歩を踏み出すヒロイン・・・。
観る者の胸に迫る、愛と再生のフランス映画である。
南仏アンティーブの、観光名所マリンランドのシャチ調教師ステファニー(マリオン・コティヤール)を突然襲った事故は、彼女の人生を一変させた。
ステファニーは、満場の拍手を浴びながら、シャチの華麗なショーを指揮している最中に、ステージが崩壊し、両脚を失うという大怪我を負ってしまったのだ。
失意のどん底に沈んだステファニーの心を開かせたのは、彼女自身にとっても意外な人物だった。
5歳の少年のシングルファザーのアリ(マティアス・スーナーツ)である。
アリはナイトクラブの用心棒で、今は夜警の仕事をしていた。
彼は、他の人々のように同情心でステファニーに接するのではなく、両脚のないことを知りながら、あえて彼女を海の中へ導いていく。
やがてステファニーは、どこか謎めいていて獣のように荒々しく、野性的なアリとの触れ合いを重ねるうち、いつしか生きる希望を取り戻し、輝かしい未来へと歩き出している自分に気づくのだった・・・。
「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」で、フランス人としては49年ぶりに、史上2度目のアカデミー賞主演女優賞を受賞したマリオン・コティヤールが、両脚を失くした女性という難役に挑んだ。
絶望の海に沈んだステファニーが出会う、アリに扮する新星マティアス・スーナーツの、いかにも男性的で野性的な魅力が全編にほとばしる。
強烈な南仏の陽射しを取り込んで、希望の光のありかを探し求める人間像を描くドラマに、オディアール監督はそれにふさわしい映像美を用意した。
そして、とくにヒロインのステファニーは知的で強い肉体の双方を持っていて、その女性的な面と男性的な面を持ち合わせている、マリオン・コティヤールのキャスティングにはぴったりだ。
過酷なハンディキャップを抱えながら、ドラマティックな感情の起伏を自然体で表現して見せる、彼女の演技力は特筆ものだ。
人はどうしてひとりではなく、誰かと一緒に生きたいと願うのだろうか。
オディアール監督の視点には、そうした根源的なテーマの追及がある。
膝から下が失われたステファニーの両脚が映るシーンは、CGを駆使して映像化されたが、デジタル技術など忘れさせるほど完璧に近い。
フランスのオスカー女優マリオン・コティヤールと、「預言者」の名匠ジャック・オディアール監督がタッグを組んだ、この作品「君と歩く世界」は、見慣れているハリウッド映画よりずっと、人間や人生の機微をきめ細やかに描き出した映画だ。
美しく、力強いエネルギーがほとばしっている。
作品が輝いているではないか。
フランス映画も、一時期の低迷を脱したか。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
* * * * * 追 記 * * * * *
「ホーリー・モータース」、これも上質のフランス映画ではある。
「ポーラX」(1999年)以来長く沈黙していたレオス・カラックス監督は、夢と現実の交錯する、映像美豊かでミステリアスな物語を創り上げた。
怪物になりすました主人公が、マンホールから出てきて花を食いちぎる場面からして、異色の映像だ。
確かに、人生というのは終わりのない舞台だ。
ひとつの人生から、もうひとつの人生へ、旅を続けるオスカー(ドニ・ラヴァン)は、ある時は銀行家、またある時は殺人者、物乞いの女、怪物、そして父親へと姿を変えていく。
オスカーは、それぞれの役になりきり、自分から演じていることを楽しんでいるかのようだ。
彼は、ブロンドの運転手セリーヌ(エディット・スコブ)を唯一の供にして、メイク道具を満載した、舞台裏のような白いリムジンで、パリの街中を移動するのだ。
様々な人間に変装するオスカーの一日を、女たちや亡霊たちを探し求めて追うことになる。
年齢も立場も違う11の人格には、喜びや欲望、苦悩そして後悔が込められている。
オスカーは、生きてゆくことの美しさへの渇望に突き動かされ、誰かの人生を演じ続ける。
白いリムジンに乗ったオスカーは、架空の時間を生きるもうひとつの生きものかもしれない。
すべては、夢のヴィジョンである。
夢は結構だが、それはしばしば痛烈な社会風刺ともなる。
本作を、完璧に理解しようとするのは難しいかも・・・。
ちょっと変わっていて面白い、フランス映画らしい作品だ。(★★★☆☆)
もう1本は、三池崇史監督の邦画「藁(わら)の楯」である。
木内一裕の同名の小説が原作だ。
スピード、アクション、サスペンスにスケールと、こと欠かないあたり、ハリウッドのミニ版を思わせる。
日本中を巻き込む大騒動をめぐって、警察組織、マスメディア、ネット社会の裏と表の顔を克明に描く。
「この男を殺してくれ。10億円の謝礼をする」という、見開き全面広告が全国紙に掲載された。
それは、犯人に孫娘を殺された財界の大物(山崎努)が、日本国民に向けて放った復讐の大号令だった。
その日から、全国民の好奇心と欲望と殺意はその一人の犯人へ集中し、身の危険を感じた犯人は潜伏先の福岡で自首、東京の警視庁に移送されることになったから大変だ。
連続殺人犯(藤原竜也)の、日本を縦断しての移送手段の前に立ちふさがる群衆は、誰もが犯人を狙っている。
そんな犯人を守らねばならない、警視庁から選抜されたSP(大沢たかお、松嶋菜々子)ら5人の移送チームの、極限状態での闘いがサスペンスフルに描かれる。
彼らは正義とは何かを自問しつつ、命がけで犯人の「楯」になる。
ドラマの展開は奇抜と驚愕の連続だが、アメリカ映画の真似をしているみたいで頂けない。
こちらは26日公開予定で、今回はわけあって試写会で観た。
あれっと思うような、ありえないフィクションだが、スリルは満点だ。
ストーリーなどもわかりやすく、面白くないこともないが、何だか大げさなな漫画を見ているようで、個人的にはこういう作品はどうも・・・。
5月の連休に向けて、いかにも一発狙った、興業向きの映画といった感じが見え見えだ。(★★☆☆☆)
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それぞれにドラマチックで。
うーん。
連休もひかえていますしね。
とはいっても、名作や傑作の類はそう多くはないようです。
どうしてもシネコンに人気作品が集まりますが、いわゆる名画座のようなミニシアター系などで、ユニークで上質の作品(新作も旧作も)に巡り合うことって案外多いのです。これが穴ですね。
意外な見つけものがあったりしてですね。
それに、自分だけの世界に浸れるのもいいものです・・・。はい。