映画「ゆれる」「ディア・ドクター」の、西川美和監督自身のオリジナル脚本による、結婚詐欺師夫婦の物語である。
いま最も注目を集めているといわれる気鋭の監督が、初めて「女」をテーマに映画作りに挑戦した。
これは、切なく危うい愛の物語だ。
現代を生き抜く女たちの心の襞から、鋭い眼差しと深い心理描写で、夫婦というつながりの微妙さを抉り取る。
人々が、日々すれ違いながら生きる東京を舞台に、孤独を抱えた男女が交錯し、やがて彼らの歯車は大きく狂い出していく。
男と女の性(さが)を揺さぶる、人間の業を垣間見せる、ラブストーリーだ。
物語の進行につれて描かれるのは、「現代」を生きる女性が抱える、渇きのような感情だ。
飢えた魂か。
どんな夫婦でも、二人にしかわからない共通言語や正義があって、法に触れない程度にある種の共犯関係を結んでいる、その関係性をよりいびつな形で表現したかったと、西川監督は言うのだが・・・。
東京の片隅で、貫也(阿部サダヲ)と里子(松たか子)は、小料理屋を営んでいた。
だが、失火で店を全焼してしまい、すべてを失ってしまった。
自分たちの店を持つという夢は、あきらめきれない。
再建のために、夫婦は金策に頭を悩ませる。
貫也の浮気がきっかけで、二人は再出発のために結婚詐欺という手段を選ぶ。
里子が女に目をつけ、貫也が言い寄る。
里子が女たちの心の隙間に入り込むと、続いて貫也が言葉巧みに女の懐に入り込んで、騙していく。
騙されるのは、結婚願望のOL(田中麗奈)、不倫で大金を手にした女(鈴木砂羽)、男運のよくない風俗嬢(安藤玉恵)、幼子を抱えたシングルマザー(木村多江)、孤独なウエイトリフティング選手(江原由夏)らで、五人五様のドラマである。
最初は思惑通りに進んでいた計画だったが、やがて嘘の繰り返しは、騙した女たちとの間に、そして夫婦の間にも、当然のようにさざ波を立てはじめるのだった。
詐欺の相手に抱かせた偽りの夢、里子の嫉妬と憎悪による夫婦の攻防を描いて、リアルな演出に引き込まれる。
人の存在とは、こんなにも不確かなものだったのか。
騙し騙されるその果てに、人間は所詮一人では生きていけないという、女の性がある。
西川演出は、何らぶれることなく鋭い。
人間の心の内にはらんでいる、感情や欲望は、他人との関係性で脆くも揺らいでいく。
そこに、西川監督の真骨頂を見る気がする。
物語の後半、朝方帰ってきた貫也が、机で寝てしまった里子を抱え、ともに寝室へ向かうシーンがある。
結婚詐欺を続けることで、ふたりは他人を傷つけ、同時に自分たちをも傷つけてきた。
口汚い言葉と衝突があって、気持ちがすれ違ってきている。
それでも、ふたりが言葉を交わすこともなく抱き合って眠る姿に、西川監督は夫婦というものの本質を見ているのだ。
お互いにそっぽを向き始めているふたりが、一緒に抱き合って寝る。
それが夫婦だと言いたげである。
ドラマの中、結婚詐欺を繰り返すふたりには、罪の意識などまるでないようだから、恐れ入った話だ。
‘たらし’役の阿部サダヲもはまっているし、松たか子も、品性の良さと相反する悪の心を演じ分けてなかなかである。
彼女の、どきりとさせるようなエロティックなシーンも、西川脚本そのままだそうだ。
西川美和監督の映画「夢売るふたり」は、哀しく可笑しく綴られるドラマだが、緻密で大胆でもある。
本作が、彼女の長編第4作目だ。
国内外の映画賞を総なめにしている、この監督の眩しい才能に、今後も大いに期待したい。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
( 閑 話 休 題 )
現在開催されているミニ映画祭について
「三大映画祭週間2012」
上質の映画なのに、なかなか見られない映画が沢山あります。
カンヌ、ベルリン、ヴェネチアが認めた才能の数々を、ミニシアター(シネマジャック&ベティ)で上映中です。
ドラマ、サスペンス、政治劇など、三大映画祭で高い評価を得た、フランソワ・オゾン監督のフランス映画「ムースの隠遁」など全8作品です。
9月28日(金)まで。
これから開催予定のミニ映画祭について
「横浜中華街 第1回 2012映画祭」
日中正常化40周年、「さらば復讐の狼たちよ」など中国、台湾、香港の新作と、「運命の子」のチェン・カイコー監督の描く京劇の世界の全8編も・・・。
映画評論家佐藤忠男氏のトークショーもあります。
9月29日(土)から10月10日(水)まで、横浜中華街の同發新館にて。
50年の時を経て、中華街に映画がよみがえる企画です。詳細は、上記ミニシアターへ。
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夫婦二人にて詐欺とは。
人間って面白いですね。
人間という生き物は、誰かを頼らなくては生きてゆけない。いつも誰かに寄り添って、でしょうか。
男が女に、女が男に・・・?
人間て、いつも孤独なんですね。