徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「春との旅」―人間のおかしさと哀しさ―

2010-05-28 15:00:00 | 映画

人は、人に寄りそって生きて行くものであろうか。
先鋭的な作風で、国際的にも高い評価を得ている小林政広監督が、一転してストレートに感情に訴えかける、家族のドラマを作り上げた。
老人と孫娘が、親戚を訪ね歩くという、一見地味な物語だが、これが、なかなかどうしてどうして・・・。
旅の途中の出逢いを重ねながら、物語を綴るという、一種のロードムービーである。
何とも奇妙な「道行き」は、観客も主人公たちとともに同行し、哀しみや歓びを体験することになる。

冒頭から、少しイラつくようなシーンの連続なのだが、次第に引き込まれていく。
静かな映像の流れの中に、人間のもつ自然な感情の高まり、たとえようのない優しさがほとばしる。
この地味な旅物語が、それでもなお最後まで目を離せないのは、彼らの旅が最終的にどこに行き着くかを、確かめずにいられないからだ。
生きる道は・・・、それはきっとある。

春四月とはいえ、まだ寒さ厳しい北海道から東北・宮城へ。
74歳の老人と19歳の孫娘が、親類縁者たちを巡る旅に出た。
かつてはニシン漁に沸き、いまではその面影すら留めない北海道・増毛の寂れた海辺・・・。
そこが、この物語の旅の始まりだ。

そこのあばら家で、年老いた忠男(仲代達矢)と孫娘の春(徳永えり)は、つましく暮らしていた。
だが、二人の暮らしは、時の流れとともに行き詰まる。
春は、地元の小学校の給食係をしていたが、廃校となって失職、東京に働きに出ようとも考えるが、足の不自由な忠男を見捨てることはできない。

ふと、春の口を突いて出た一言がきっかけで、二人は、老いた忠男の居候先を求めて、長年疎遠になっていた忠男の姉兄弟たちを訪ねる旅に出ることになった。
しかし、行く先々で、二人を待ち受ける現実は、冷たいものばかりだった。
それぞれが、ごく普通の家庭の事情と、忠男への肉親たちの愛憎と葛藤――
心と心の隔たりと通い合い、互いの勝手と情のあいだで、思いがけない激しい感情が交錯し、ぶつかり合うのだった。

・・・そうした、祖父と肉親たちの再会を目の当たりにした春は、これまで長く離別していた父親に会いたい思いにかられる。
春と父親真一(香川照之)との再会・・・。
真一は、後妻の伸子(戸田菜穂)とともに、静内で牧場を経営していた。
伸子は、春が驚くほど亡き母に似ていた。
忠男は真一と春を二人きりにして、外へ出た。
伸子は、そんな忠男にこう問いかける。
 「よかったら、お父さん、一緒に暮らしませんか」
屋内では、真一の前で、春が堰を切ったように泣いていた。
・・・やがて、忠男と春は、そっと真一夫婦の牧場を後にした。

以前、忠男が一人娘、春の母親と来たことのある蕎麦屋に立ち寄った。
そこで春は、ある決心を忠男に告げた。
忠男の老いの目に、涙があふれた。
二人の寄り添う姿は、増毛へ向かうローカル線の電車の中にあった。
しかし ――

2007年、「愛の予感」ロカルノ国際映画祭グランプリを受賞した小林政広監は、この作品春との旅の脚本を起こしてから、100回も書き直しを重ね、6年越しの映画化を実現したといわれる。
それだけのことはある作品だ。
主演の仲代達矢は、これまでの出演映画約150本の中で、5指に入る脚本と絶賛した。
忠男という、男の心の変化を見事に演じ、カメラもそれを見事に撮らえて秀逸である。
北海道や気仙沼、鳴子温泉など、地方の風景がわびしく美しい。
春役の徳永えりも、地方の少女役にぴったりとはまっている。
登場する女たちも、みんな優しさにあふれている。
ドラマの撮影は、物語の進行に沿って、 <順撮り>で行われ、オールロケーションの効果を如何なく発揮している。
ドラマの脇をかためる、大滝秀治、菅井きん、小林薫、田中裕子、柄本明、美保純ら好演で、オールドファンには懐かしい、何と淡島千景までが忠男の姉役で出ている。
とにかく、出演者は豪華だ。

偏屈で横柄でわがまま、自尊心だけは強い老人と、しっかりしているかと思えばおろおろし、怒ったり泣いたり子供っぽさのぬけない少女の、寄る辺ないふたつの魂のさすらいの道中だ。
二人の主人公の、片意地張った演技も、あまり気にならない。
この旅の終わりは劇的だが、決して予定調和的な大団円とはいかない。
春は歩きながら、「父との別離」「母の自殺」という、心に封印してきたことと向き合い、祖父と生き直すことを実は決意するのだが、そこからこの旅は一気にクライマックスへ・・・?

家というものを見つめて、生きることの素晴らしさを探る、人間讃歌であり、人生という「旅」の意味を問いかける作品である。
家族、人生、老い、死・・・、さらには深刻な社会問題の提起も・・・。
上映時間2時間14分、心の揺れる一作である。