徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「4ヶ月、3週と2日」ー勇気ある苦悩の選択ー

2008-08-16 22:15:00 | 映画

めずらしく、ルーマニアの映画である。
記念すべき、第60回カンヌ国際映画祭で、コーエン兄弟、エミール・クストリッツァらの錚々たる映像作家たちを押しのけて、見事パルムドール(最高賞)に輝いた作品だ。
一夜にして、世界中のマスコミにその名が知れ渡り、ルーマニアの俊英(!)クリスティアン・ムンジウ監督が映画界に躍り出たのだった。

ルーマニアは、2005年から3年連続で、カンヌの主要な映画賞を受賞している。
いま、ヨーロッパの映画会では台風の目と言われているそうだ。
言って見れば、国際的な注目を浴びる、ルーマニアの“ヌーベルバーグ”ということになるらしい。
ムンジウ監督の受賞は、フランス国内にも飛び火し、当初20館での公開予定が、一挙200館での拡大ロードショウとなった作品だ。

1987年、チャウシェスク大統領による独裁政権下末期の、ルーマニアが舞台である。
望まれない妊娠をしたルームメイトの、違法手術を手助けするヒロインの、緊張感に満ちた<<一日>>を描く。
映画「4ヶ月、3週と2日」は、周到なリサーチと時代考証に裏づけされたリアリズムを基調に、衝撃的な場面を演出する。
カメラ・ワークも、かなり大胆だ。

・・・それは、二人だけの秘密であった。
大学生のオティリア(アナマリア・マリンカ)と、寮のルームメイト、ガピツァ(ローラ・ヴァシリウにとって、生涯忘れられない日が訪れて来ていた。
オティリアは、大学の構内で、恋人のアディ(アレクサンドル・ポトチュアン)に会った。
彼は、オティリアに頼まれていたお金を貸し、夜自宅で開く母親の誕生パーティーに来て欲しいと告げた。
心ここにあらずといった、オティリアの態度に不信感を露わにするアディ・・・。

オティリアは、今日の‘予約’を確認するため、ガビツァに言われたホテルに向かった。
そこで、そんな予約は入っていないと冷たくあしらわれ、仕方なく別のホテルを探し出して、部屋を取った。
予想外の出費になった。
寮にいるガビツァに電話を入れる。
彼女は、体調がすぐれないらしく、逆に、自分が会う約束をしていた男に会いに行ってくれないかと頼まれる。

・・・事は思ったとおりに運ばれず、とにかくガビツァに教わった待ち合わせ場所に行って、ベベ(ヴラド・イヴァノフ)という男に会うのだが、彼は無愛想な男であった。
代理人が来たと知って、ベベは機嫌が悪い。

ホテルの部屋では、ガビツァが二人を待っていたが、約束が違うと言って、ベベは二人を責めた。
ベべは、声を大にして言った。
 「これからやるのは、違法行為なんだ!妊娠中絶は、ばれたら重罪だ。分かっているのか?」
彼に厳しく詰め寄られ、萎縮するオティリアガビツァだった。
二人はお金が足りないことを言うと、それでは話にならないと、ベべ は帰ろうとした。
このチャンスを逃したら、二度と中絶手術が出来なくなるガビツァは必死になって追いすがった。
その時、オティリアは自らが行動を起こすことに、覚悟を決めたのであった・・・。

この時代、個人の自由など大幅に制限されていた。
ルーマニアでは、中絶が法律で禁止されていた。
1989年以降の自由国家となってからは、中絶が再び合法化され、その結果初年度には100万件もの中絶が実施されたと言われる。
女性は、最低でも三人の子供を産むことを押し付けられ、45歳に満たない女性は、子供を四人産むまでは中絶してはいけないとし、14歳から15歳の中学生にまで出産が奨励されていたのだ。
当時のルーマニアは、工業化に必要な労働力の確保のために、人口を2300万人から3000万人まで増やすことを目的として、この悪名高き政令を施行したのだという。

女性の妊娠については、定期的に職場単位でチェックする係まで、生理が始まった者に対しては、確実に出産したかどうかの調査までなされた。
妊娠チェックにひっかかって、出産しなかった者は、処罰の対象とされたと言うから怖ろしい。
当然、違法中絶には厳しい懲罰刑が科せられ、避妊も禁じられてきていた。
食糧事情が悪いこともあって、結果的にルーマニアでは、孤児や捨て子が大量に発生するという事態まで招いた。

ドラマの中で、オティリアが恋人の男性の母親のパーティーに招かれるが、ここに参加した親戚、知人らのおしゃべりが延々と続くのは、意味がないとも思える。
不安を抱えているオティリアがいらいらするように、観客もまたいらいらするのだ。

すべては、ヒロインであるオティリア(アナマリア・マリンカ)の目線で語られていく。
気がつくと、観客は、いつのまにかヒロインの目線でスクリーンを追っているではないか・・・。
主演の、期待の新人アナマリア・マリンカは好演が際立っている。
この作品が映画初出演(!)で、親友のために奔走する主人公を演じて、この映画がルーマニア初の国際映画祭パルムドールを受賞するのに、大きく貢献したことは言うまでもない。
困難な状況に直面したとき、その局面をいかにして乗り越えるか。
ルーマニア映画4ヶ月、3週と2日は、苦悩の中で勇気ある生き方を実行した若き女性の、社会派サスペンスとも言えるだろうか。

独裁政権下、自由を奪われた社会で、人間らしく生きるということはどういうことなのか。
たった一日の出来事が、女の人生を変えたのだった。
この作品は、絶望に耐え、前向きに強く生きようとする女性に、讃辞を贈っているようだ。
男など頼りにしていない。<女は強し>なのである。