冷たい木枯らしが吹き荒れて、寒い日々が続く。
そして、年の瀬の足音が、ひたひたと迫ってくる・・・。
今年も、いよいよ押し詰まってきた。
何となく、気ぜわしい。
以前、バスの中で化粧をする若い女性について書いたことがある。
これは、相も変らぬこの悪しき慣習を目(ま)の当たりにした、筆者の見聞録・・・。
朝8時過ぎ、神奈中のバスはほぼ満員の混雑であった。
通勤客や学生たちで込み合っていた。
そのバスの最後部に乗っていた時のことだ。
前の席に、中年の女性が、その隣にはお年寄りの男性が座っていた。
そこで、中年の女性が化粧を始めた・・・。
いや、別に驚くほどの光景ではない。
それは、このところ、いつも見慣れた、ありふれた日常の光景なのだから。
もう散々見飽きた、そのお決まりの光景に、ちょっとした異変が起きたのだった。
女性が、膝の上にバッグを置き、その上に手鏡を立て、眉毛を書き始めた時であった。
突然、バスが急停車したのだった。
どうも、バスの直前をバイクが急に右折をしたらしかった。
バスは、前のめりになるような、がくんとした動きで停まったものだから、さあ大変だ。
とたんに、その女性の化粧道具やら何やらが、ガラガラと音を立てて、座席の下に散らばってしまった。
女性は、慌てて落ちたものを拾おうとするのだが、、座席の下に身をかがめようにも狭いし、動きがとれない。
すると、隣の老紳士が、席を立った。
そして、女性と一緒になって、自分もしゃがみこむようにして、座席の下に散らばった化粧道具などを拾ってやるはめとなった。
彼女の顔は、多分いたたまれない恥ずかしさで、真赤になっていた。
周囲の乗客たちも、何事が起こったのかと、一斉に好奇の視線を注いだ。
バスは動き出していた。
女性は、「すみません。すみません」と老紳士にいくども頭を下げた。
老紳士は黙っていた。明らかに、やや険しい顔をしていた。
ほんの数分間の出来事だった。
少しして、まだ気が動転している中年女性に向かって老紳士は言った。
「あなた、いつも、こうなんですか」
「・・・こうって?」
「バスの中で、お化粧を・・・?」
彼女は、困ったような表情で、
「はあ、・・・ええ、まあ、その時々で・・・、ええ~」
「やめた方がいいですよ」
「はあ?」
「あのね、乗り物の中で、化粧なんてするもんじゃありませんよ」
「そ、そうですよね。ええ・・・」
「当たり前ですよ・・・、分かりきったことでしょ、そんなこと。まったく!最近やたらと多いんですよ、あなたみたいな人が!」
そう言うと、彼はひどく不機嫌そうに、ぷいと横を向いた。
女性は、しきりに恐縮していたが、モグラのように首をすくめ、小さくなって黙り込んだ・・・。
まあ、よくぞ言ってくれました。
老紳士は、自分の降りる停留所に着いて、バスを降りるとき、その中年女性に向かって、更に声を荒げてこう言い残した。
「いいですか。・・・マナーですよ。マナー、ねっ!常識って言うもんだ。あ~あ、何とも嫌な世の中だね!」
先ほどの、中年女性への親切心(?)はどこへやら、それはもう、完全に捨て台詞だった。
周囲の乗客が、その声にまたこちらを振り返った。
「そうだ、そうだ」と、声には出さなかったが、誰もがそう言っているように思えた。
中年女性の隣りの席が空いて、近くに立っていた別の女性が、そこの席に座った。
中年女性は、さぞかしバスに乗っている時間を、このときほどものすごく長く感じたことはないに違いない・・・。
バスの中で化粧していたために、思わずとんでもない場面を演じてしまった彼女は、最後までばつ悪そうにうつむいたまま、次の停留所で、皆の目から逃げるようにして、そそくさとバスを降りていった。
しかし・・・、まさか「朝、時間がなかったら、バスの中で、化粧直しをすればいいわよ」なんて、自分の娘に、本気でそんなことを言う母親もいないだろう。
それでも、乗り物に見る女性の化粧姿というのは、昨今後を絶たない・・・!
誰が何と言おうと、いまや、日常化しているのだ。
とても、いただけない。
「悪しき、慣例」とでもいうのか。
「善き、身だしなみ」はどこへ・・・?
電車やバスの中で、女性が人目もはばからずに、化粧をする。
まるで、週刊誌でも読んでる感覚なのだろうか。
その姿は、しかし決して美しいものではない。
ときにだらしのなさを思わせて、不快でさえある・・・。
これは、「恥ずかしい、日本人」のほんの一例に過ぎない・・・。