湘南発、六畳一間の自転車生活

自転車とともにある小さな日常

コンセイサマ

2007年07月20日 | 日常生活
 朝からケンタッキー・フライドチキンを2つ食べ、昼にはちょっと美味しいパン屋でクロワッサンとマーボー茄子が包まれたパイ?を買って食べた。それからおやつにハーゲンダッツのアイスを2つ食べ、夜は鎌倉のいつもの焼き鳥屋でお腹いっぱい食べた。そして帰り道にアイスを買って歩きながら食べ、さらに部屋に戻ってからスナックを一袋あけてしまった。でも自転車には13.5kmしか乗っていない。体重はいまだ63kgくらいで激増ということはないのだけれども、沈没状態から脱却した頃に体重がどれくらい増え、腹回りにどれくらいの脂肪がついているのかが少しずつだけれども不安になってきた。暑い夏の時期はやらないつもりだけれども、表ヤビツTTのタイムがどれくらいになってしまうのかちょっぴり心配になってきた・・・。

 ところでまだ舌の根はまったく乾いておりませんが、こっそりと昔の自転車についてのエントリーをしてしまいました。昔のある写真を見たら、なんとなく笑っちゃうような懐かしい気分になってしまったので。

 そのエントリーでは触れていないのだけれども、ちょっと笑ってしまったのは民話の里・遠野のコンセイサマという男根の神様を祭ってある神社で若き日の僕がお祈りをしている写真です。まぁ冗談8割、本気2割くらいといった感じではあったのですが、20歳そこそこの僕はコンセイサマで自転車だけでなくそっち方面でもカラフルな生活が送れるよう、また自転車だけでなくそっち方面でも強くなれるよう祈念したのでした。

 その祈りが通じたかどうかはまったくもって不明なのですが(コンセイサマのご利益が疑われてはいけませんからね^^)、写真を見ながらまた遠野を訪ねてみたいなぁと思ったのは決してコンセイサマで再び闘魂注入する必要を感じたりしたからではなく、ただ単に遠野というところに良い思い出があるからに他なりません。民話の里・遠野はとてもランドナーが似合う場所のように思います。

よく寝ました

2007年07月19日 | 日常生活
 なんだかとっても肌寒い朝ですね。半袖で外に出たら一瞬ブルってふるえました。ゴミだしの際に感じたその肌寒さのおかげで朝Lemondは躊躇なくとりやめ。そしてもう一度布団に入ったのでありました。

 このようにもう少し沈没状態が続くのですが、皮膚が寒さをとらえたその瞬間に「これでもう少し眠れるぅ~」とちょっぴり喜んだのは内緒です。と言っても、これくらいの寒さなんて全然走らない言いわけにはならないんですけどね・・・。

こちらも撃沈ですね・・・

2007年07月18日 | 日常生活
 すっかりエントリーさぼりまくり。先日のTETさんの復活祭での撃沈に続き、ブログのほうも完全に撃沈ですね、はい。

 撃沈の一番の理由は率直にいって、自転車にたいするモチベーションが下がっているからです。こんなことここで公言していいのかわからないけれども、本当のことだから仕方ないです。これからきちんとモチベーションがあがってくるのか、それともしばらく沈没状態が続くのかは不明。あっ、でも誤解なきよう言っておきますが、それだけが理由でもないんですよ。時間がないからとか梅雨だからとか、そういう理由も一応あります。ただ僕は嘘は嫌いなので(汗)

 そんな沈没状態の僕ですが、今夜は神奈川グランフォンドのときにおかしくしたLemondのリアディレイラーをようやく調整しました。確認してみると、ワイヤーの張りが緩くなっていたのが原因のようで、テンションの調整だけでしっかり変速するようになりました。でもこれって転倒と関係あるのかな?そのあたりは結構謎です。

 それから今夜は以前購入しておいたにもかかわらず半年くらい行方不明になっていた新品のチェーンを根性でさがしだしました。こんな狭い部屋で生活しているのにどこでどうなくなるんだ!とやや怒り気味にずっと不思議に思っていたのですが、ちゃんと押入れのなかの部品類を入れた段ボールのなかにありました。どうして今まで発見できなかったのだろう。こちらも結構謎です。なにはともあれ、ようやくこれで1万kmくらいチェーン交換していないんじゃないかという気がするブリヂストン号のチェーン交換ができます。

 さらに今夜は、たまには昔の自転車の話でも書くかぁと昔の写真を引っ張りだしてスキャナーで取り込みかけたりもしました。でもこちらは結局未遂に終わりました。使えそうな写真はそれこそ山ほどあるとは思うんですけど、そういう写真を眺めているうちに結局、「所詮、昔のことだよなぁ~」って思ってきてしまったのです。一応、このブログをはじめるときの基本方針が“現在進行形の自転車”だったりもしたのも未遂に終わった理由なのだと思います。

 しかしこう書くと沈没状態にもかかわらず、モチベーションアップのために結構努力してませんか?そればかりか、せっかくLemondのリア・ディレーラーもなおったことだしと明日は少しだけど朝走っちゃおうかなぁなんて気にもなっていたりもします。実際走るかどうかはわかりませんが、そうそう沈没してばかりもいられないと心のどこかで思っているのかもしれません。

TETさんの復活祭

2007年07月13日 | 日常生活
 本日は北京料理・双龍で開催されたTETさんの復活祭に参加させて頂いてきました。

 気づいたらトラックに轢かれて道路に横たわっていたという怖ろしい事故から3ヶ月。骨盤骨折という大ケガを負いながらもめげた姿は一切見せず、着実にリハビリを重ね、折れた骨の何箇所かはまだ完全に治っていないというのに、今月はなんとヤビツに2回も上っている。職場復帰はまだだというのに。ホントTETさん、すごいです!これからもこの調子で順調着実に回復されることを心より願っています。



 というTETさんの復活祭ということもあってか、この日は早い時間から会場はかなりの熱を帯びて、そこかしこで大盛り上がり!



 ふんだんな美味しい料理の数々がさらにその盛り上がりに拍車をかける。しかし自転車乗りたちの宴ということもあるのでしょうが、すごい蛋白質の量です。このじめじめした時期のこういった料理は結構まずいっす。ビール片手にどんどん箸が伸びちゃいます。うめぇ~!



 本日の主役であるTETさんからのご挨拶にはじまり、直江津集合の再確認(masaさん、ラフの作成ありがとうございました)、賞金&景品獲得ジャンケン大会、なぜかアフロかつら着用が義務づけられた?自己紹介などなどが信じられない熱気のなかで行なわれ、



 まさに会場は酒を食らった自転車乗りたちのワンダーランドへ(古館調)。もしかしたらこの盛り上がりには、梅雨時で自転車に乗れない欲求不満も一役買っていたのかもしれない・・・なんて思ったのは僕だけなのだろうか?



 そんな盛り上がりのなかで、きっと呑みすぎたのでしょう、こんなふうに撃沈している人もいます。
 ・・・ってこれ、僕じゃん!普段はあまり呑まないビールをかなりハイペースで呑んでしまったこともあって、確かに途中から沈没していたのですが、まさか自分のデジカメで撮られているとは。誰がこんな写真を!やられました。びっくりでした。
 沈没しているあいだは、ビールを顔にかけられたり、口に流し込まれたりといったいたずらをされたような気がします。かわいがって頂いた方、ありがとうございました。普段はなかなかこんな風にかわいがられることってありませんので、とっても嬉しかったです(^^



 と、そんなふうに朦朧と横になっていたのもかかわらず、この夜限定である大将のスペシャルラーメンの登場とともに瞬間的に復活。北京料理屋がこういうのをつくっちゃいけないんだよなぁと大将がニヤリと笑っていた豚骨ガラ3倍投入、鶏丸3羽が追加されたこのラーメンを食べることができなかったら悔やんでも悔やみきれません。というわけで、頂いたんですが、これマジでうまかったです。お世辞抜きで本当にうまかったです。濃厚で旨みたっぷりにもかかわらず臭みはほとんどない豚骨スープ。程よいコテコテ加減にトロケました。是非また食べたいラーメンです。大将、また是非食べさせてください。よろしくお願いします!

 このラーメンを頂いたあと、車で来ていた同じ方面の黒シャチさんに便乗させて頂いて僕は帰路についたわけですが、その後会場ではまだまだ楽しい宴が続いたのだと思います。おそらくそのまま宴会場に宿泊していった方もたくさんいるだろうし、もしかしたら帰路には着いたものの遭難してしまった方もいるのかもしれません。そのあたりのことは、この日参加された他の方たちのブログに詳しく書かれていることでしょう。

 この日参加された皆さん、楽しい夜をありがとうございました。
 大将、キムさん、素晴らしく美味しい料理をありがとうございました。
 かなり危うい状態だったにもかかわらず、車で送り届けてくれた黒シャチさん&tetsuさん、ありがとうございました。
 それからTETさん、復活本当におめでとうございます!これからもどうぞよろしくお願いします!!

そろそろ体を動かさないと

2007年07月11日 | 日常生活
 あいかわらず自転車に乗っていない日々。あいかわらず飽食の日々。毎食ではないのだけれども、まずいまずいと思いつつ結構な頻度でドカ食いしてしまったり、間食も旺盛だったりする。僕の場合、すすめられたものは基本的に断らないというのも良くないのだろう。今日もたくさん食べ、夜は藤沢駅の近くで呑んだ。とにかくこのままでは大変なことになってしまいそうな気がするので、梅雨時ではあるけれども走れそうなときは少しでも自転車に乗って、それからもう少し食べる量を減らすよう心掛けることにしよう。

 今少しずつ読み進めている『数学的にありえない』がなかなか面白い。ただこの手の(本の帯にかかれているような「知的サスペンス」といったような)本の場合、その分野の知識が自分にあればもっと楽しめるんだろうな・・・と読みながらなんとなく損をしているような気がしてしまうのは僕が貧乏性だからなのだろう。『ダヴィンチ・コード』を読んでいるときは西洋史やいわゆる聖杯伝説にたいする自分の知識不足が恨めしかったし、今回も統計学やそれがどの分野に属するのかさえわからない理化学系の話になるたびに、「理解したい」なんてつい思ってしまうだけにちょっぴり悔しい気持ちにさせられる。まぁそのあたりのことはすっ飛ばして読んでも楽しめる内容だから、気にせず読み進めようとは思っているのだけれども。と言ってもすべてを読み終えたとき、何がどう『数学的にありえない』のかわからなかったらかなりがっくりきてしまうような気もするが・・・。

 どうせ雨なのだから・・・と自転車に乗れないことを後ろめたく思う必要なく本を読んだりできるのはいいのだけど、梅雨にもそろそろ飽きてきたなぁ。早く梅雨が明けないかなぁとついつい思ってしまう今日この頃である。

闘う相手として誰を選ぶか?

2007年07月10日 | 日常生活
 2年前の8月28日に行なわれたヒョードルvsミルコの試合を昨日久し振りにDVDで観た。この試合を僕は手に汗を握りながら息をのんで会場で観た。リングスでデューした当初から明らかに他の選手とは違うオーラを発していたヒョードルと、途中2度の痛々しい敗北を喫しながらもその後KOの山を築いてようやくヒョードル戦にこぎつけたミルコとの対決は、僕だけでなく当時の総合格闘技ファンが望む最高峰のカードだったと思う。実際その試合のチケットを手に入れるのはかかなり大変だったようだし、オークションでは格闘技の大会には珍しくたいした席でもないのに倍近い(以上の)値段に跳ね上がっていた。そんな状況をみるにつけ、ちょっと金銭的には痛かったけれども早々と3大会セットのチケットを買っておいて本当に正解だったと僕は心から思ったりしていた。セットのチケットを買ってしまったせいで、初回は大阪ドームまで行くことになってしまったにもかかわらず。

 ファンの期待にたがわず、試合内容のほうも素晴らしかったと思う。終盤ミルコのスタミナ切れと気持ちの弱さが出てしまって試合がだれたのが残念ではあったけれども、最初の5分間のあの緊張感と密度の濃さはなにものにもかえがたいように感じられた。会場の雰囲気も明らかに通常の試合と違っていて、二人の動きのひとつひとつに、いや動きだけでなく二人の闘志がばちばちと飛び交うたびにため息がもれた。僕はそれまでもいわゆる大試合を会場で観戦してきたけれども、あの試合には単なるこちらの個人的な思い入れ以上の何かが確かに存在していたと思う。

 ところで、かなりどうでも良いことで恐縮なんですが(汗)、もし自分の大切な何かを守るために、ヒョードルかミルコかノゲイラの3人の誰かとリングで闘えと言われたらどうしよう?といったことを僕はときどき考えたりする。えっと本当に下らなくて申しわけないんですが、多分格闘技ファンだからだと思うけれどもときどき僕はそんなことを考えたりする。その場合即座に却下したいのがヒョードルである。とにかく僕はこの3人のなかではヒョードルが一番怖い。どんなに相手が弱くても情け容赦なく手加減なしで表情ひとつかえずに攻撃してきそうだし、実際「・・・」とことばを失ってしまうようなそういう試合をリングス時代から僕は何試合も観てしまっているから。明らかに実力差のあるクリストファー・ヘイズドマンを情け容赦なくぼこぼこに殴りつけたり、亀の状態になったヒース・ヒーリングを腕を振り回して渾身の力で殴りつける姿は本当に怖ろしかった。とてもではないが、あんな人間と同じリングになんてあがれない。

 ヒョードルと比べればミルコやノゲイラにはそこまでの容赦のない怖さはないような気がする。ミルコは弱い人間にはとことん強く、また自分より強い人間には心の弱さが露呈しやすいファイターであると思うけれども、闘う価値のない相手にたいしてはそんなにひどいことはしないような気がする。とは言え、もちろんあのキックを食らったら手加減してもらったとしても病院送りは間違いないだろうし、下手をしたら死んでしまうとも思うけれど・・・。

 ノゲイラの場合は打撃系の選手ではないので“組みやすし”といった雰囲気がある。それから小池栄子を相手に鼻の下を伸ばしていたりする姿ももちろんリングの上の姿とは無関係ではあるのだけれども、闘う男の怖さを幾分失わせているような気がする。ただ勝負にたいする執着心や闘うことにたいするプライドは誰よりも強いような気もするのでそのあたりを考えると心の弱さが出やすいミルコより侮れるかというかと全然そんなことはない。決して組みやすい相手ではない。・・・って当たり前ですが(大汗)。

 もしただリングにあがることだけが条件であれば、僕はやはりノゲイラを選ぶと思う。そしてあがってゴングが鳴った瞬間にマットを叩いてギブアップ。屈辱的だけれどもそれ以外にない。でもノゲイラが相手であればうまくいけば寝技に引き込まれてチョークか何かで気持ち良く眠らせてくれるかもしれない。それでも敗北には変わりないけれども、一応リングにあがるという約束は果たしたわけだし、何もしないでマットを叩くよりかは幾分ましだろう。他の二人の場合はゴングが鳴った瞬間の打撃1発で終わってしまうだろうからやはりどうあっても選ぶことはできない。

 ただこれがリングにあがるだけでは駄目で勝利をも必要とされたとしたらどうだろう・・・。そのことを考えると僕はとても暗い気持ちになる。どんなに自分が大切に思ったところで守りきれないものがあるというつらい事実に気づかざる得ないから。そのとき僕はそれでも負けるとわかっていてもリングにあがるのか?それとも大切なものを見捨てるというつらい選択をするのか?これがこんな具体的な話ではなければ、大切のもののためであれば命をも懸ける!とか言えちゃうのかもしれないけれども、ヒョードルなんかの姿を実際に思い浮かべちゃったりしたらそんなことは言えないよなぁ。悲しいけれど・・・。

2kg、5日分

2007年07月09日 | 日常生活
 通勤以外ではほとんど自転車に乗れていないのに、やたら食欲だけは旺盛で、神奈川グランフォンドの2日前には61kgだった体重が今朝体重計にのってみたら63kgになっていた。梅雨時なのにこんなに食べてばかりじゃまずいんだけどなぁとは思っていたのだけど、やはりしっかり増量してた。いかん、いかん。走れないにもかかわらず、外食の機会が増えたりしてるのも良くないのだろう。

 いかん、いかんと言えば、実はもっといかんと思っているのがおさぼりしてしまった5日分のエントリー。最近落ち着いてパソコンの前に座る時間があまりなくて、またまたエントリーをためてしまった。というか、時間がなければ時間がないなりのエントリーをすれば良いのだけれども、そういうときでもついつい志を高くもってしまって、結局それに負けてしまったりするんですよねぇ。って、「ホントかよ、おい!」ってな気もしますが。志を高くもったエントリーっていったいどういうエントリーだよ、と。

 おさぼりした5日分については、もちろんそのまま放っておいてもいいのだけれども、可能ならば毎日ひとつづつでも埋めていきたい気持ちもちょっぴりある。その日のことなんてもう忘れてしまったし、神奈川グランフォンドのあとはほとんど自転車に乗れていないので、たまには昔の自転車を振り返ったりするのもいいかなんて思ったりも。たとえば「一番苦しめられた峠」とか「輪行袋をあけたらペダルをなかったときのこと」とかそういうことをたまには書いたりするのもいいかもしれない。

 というわけで今日から5日間の目標は、毎日プラス1日分のエントリーと増量した2kg分の減量なのだけれども実はどちらもあまり自信ない・・・。天気予報的にも自分の予定的にもこの5日間はさらに自転車に乗れなさそうだし、にもかかわらずここ数日の飽食のせいでしっかり胃が拡張してしまって食欲はいまだ旺盛だし。エントリーのほうだって、そんな地道で堅実なことができるのであればためたりしないだろうって気がするし。でも目標は目標として何とか頑張ってみよう!

 ところで今日はおやすみ。曇り空だけれどもとりあえず雨は降らなさそう。でも自転車には乗れない。そしてしっかり飽食はしてしまいそう。なかなか幸先の良いスタートなのである。

10ウン年前の東北林道ツアー

2007年07月08日 | 自転車生活
 大学2年の夏に北東北をひとりで走った。目的は弘西林道や田代相馬林道といった北東北の憧れの未舗装の林道を走るためだった。

 民話の里の遠野まで輪行して、自転車で遠野を1日観光してから早池峰山、田沢湖、マタギの里として有名な阿仁町、そして白神山地をはしる田代相馬林道と弘西林道を通って日本海に出た。そこからは十二湖に寄り道してから津軽半島をぐるっとまわった。走った距離は10日間で800kmと今の感覚からすると決して多くないけれども、当時の感覚と体力からすると結構ハードな旅だった(ちなみに体力は間違いなく当時のほうがあった)。

 この年のクラブの夏合宿は東北からかなり遠く離れた場所で行なわれた。にもかかわらず合宿前にわざわざ東北を走ったのにはいくつか理由があるのだけれども、そのひとつはなるべく早く自分のなかでダートの林道を走ったり、林道のなかでテントを張ったりといったことにたいする抵抗をなくしておきたかったから。この当時はまだそういうことにあまり慣れていなかったので恐怖心や緊張感も少なくなかったので。

 人や車が通らないような山深い林道をひとりで走る抵抗感はこの旅以降ほとんどなくなった。そうしてその後僕は、この旅がなければ走りに行かなかっただろうと思われるような場所に何度か出かけていくことになった。そういった意味ではこの年の東北林道ツアーは僕にとって決して小さいものではなかったし、だからこそ今でも印象深い旅のひとつになっている。


付き合いが長いぶん

2007年07月07日 | 自転車生活
 このブログをはじめるときに僕が心配したことのひとつ。それは自転車との付き合いが長い分だけ(性格的要因ももちろんある)、ぼやきのようなすっきりしないことを書いてしまうことも多々あるだろうということだった。

 自転車をはじめてそんなに時間がたっていない方のブログには、たとえば僕のような人間がすっかり忘れてしまった新鮮な空気が感じられる。これは決して上から目線で見ているわけではないことを理解して欲しいのだけれども、そこには本当に爽やかな風が吹いているように感じられる。自転車に乗ることの純粋な喜び、風を切ることの気持ち良さ、自分の足でこんな遠くまで走れてしまうといった驚きなどなど、そんなものがとてもストレートにこちらに伝わってくるような気がする。

 もう少し自転車を楽しもう、自転車と深く付き合おうと僕が再び思ったのは、実はこういった方々のブログから伝わってくるそうした新鮮で開放感のある空気に影響されたからだったりする。ちょっとおおげさだけれども、そうした方々のブログを読んでいると、「これはリアル自転車少年記なんだ」と思ったりすることが何度もあった。それぞれきっかけは違うけれども、ある程度の歳になってからふとしたことで自転車と出会う。そしていい年をした大人がどんどん自転車というシンプル極まりない自分の力で移動する乗り物に引き込まれていく。そうしてそのなかで様々な喜びや楽しみや苦しみや驚きを感じていく。そういったことが綴られた数々の自転車ブログは、大人が主役ではあるけれども、間違いなく魅力的な『リアル自転車少年記』だと今でも僕は思っている。大人になるとなかなか新しい趣味に出会えなかったりするから、余計に新鮮な気持ちが伝わってくるといったこともあるのだろう。

 一方僕のブログには当初危惧したとおり、そういったたとえば恋愛初期のような温かく柔らかい熱のようなものはほとんどない。逆にあるのは、結婚してもう何年もたってすっかり熱が失われてしまった夫婦のあいだに流れている空気のような気がする。でも僕はそれでもやはり自転車が好きだし、この先も末永く付き合っていけたら思ってる。だからこそ、そのためには関係を冷めさせないためのある程度の工夫や努力が必要だと思っているわけだけれども、その試行錯誤の一端を綴ったものがこのブログなのかなのかもしれない・・・などと自分をなぐさめるためにたまに思ったりしている。

希薄なスポーツとしての意識

2007年07月06日 | 自転車生活
 自転車に乗ること、とくにロードやMTBで走ることって当然スポーツだと思うのだけれども、僕にはどうも自転車に乗ることがスポーツだという意識が希薄だ。効率的に、楽に走れるようになりたいといったことは考えるけれども、負荷をかけるトレーニングについてあまり真剣に考えたりする気がおきないのは多分そんな理由からのような気がする。

 学生時代僕はサイクリング部に所属していたわけだけれども、入部の際には高校時代にやっていたスポーツをずっと続けるか、それとも自転車部に入るかで結構悩んだ。そしてあれこれ悩んだ末に、せっかく自由な時間が増えるのだからいろいろなところを自転車で旅してみようと自転車のほうを選ぶことにした。テントやシュラフを積んで放浪のような旅をすることには昔から憧れがあったので。

 そんな僕にとっての自転車は、放浪のような旅をしなくなった今でも、スポーツのためのものというより旅の道具としての意識のほうが強いものである。ゼーゼー言いながら峠を上ったりするのは明らかにスポーツだと思うのだけれども、そこにはもちろん旅の要素もある。それも自分の足でそこにある風景を楽しむというもっともシンプルな旅の要素が。

 前にも書いたけれども僕にも速くなりたい、強くなりたいという気持ちはある。だから何の束縛もない自由な趣味だとしてももう少しスポーツとしての意識をもってしっかりトレーニングをしたほうがいいのではないかと思ったりもする。でも逆にいえば、スポーツとしての意識をあまり持つことなく、旅する心でしっかり運動の恩恵に預かれるってものすごいお得なことなのかなぁとも思ったりする。だからこそ趣味として長続きしているのかもしれないという気もするし。

 高校時代にやっていたスポーツは今でも観ることはあるけれども、やることはまったくない。でも自転車にはなんだかんだといまだに乗り続けている。そう考えると、今のような感じで自転車と付き合っていくのが僕にとってはちょうど良いのかもしれない。