湘南発、六畳一間の自転車生活

自転車とともにある小さな日常

また少し深まった秋を箱根で感じつつ

2011年09月25日 | MERLINチタン号


 久し振り過ぎだったからか、木曜日に乗ってポジションなどに結構違和感があったMERLINでのライド第2弾(というのも大げさですが)は、先週に引き続き箱根旧道。

 まず準備として昨晩パンク修理。ホントはチェーンをきれいにしておこうと思ったのですが、なぜか後ろのタイヤがパンクしてました。原因は針より細いワイヤーのようなもの。これはもしかしたら外で拾ったわけではなく、保管場所兼作業場所で刺さっちゃったのかもしれません。今回ははっきりワイヤーとは言い切れないのだけれども、掃除し切れなかったワイヤーの切れ端がしっかり刺さっていたこともあるので気をつけねばとあらためて思ったりしたのでした。なんにせよ、前の晩に気づいて良かったです。朝だったら機先をそがれて走りに行かなかったかもしれません。

 そんな予定外のパンク修理のあとは、ホイールを外したついでにスプロケとチェーンをざっときれいにし、違和感のあった右のクリート位置の調整をしました。LeMondだと違和感ないのですが、MERLINだとつま先を少し内側に向けたときの抵抗感が強いのです。

 そして今朝走り出してからは何回か停まってサドルの高さと前後位置の調整。そうそう、サドルは革のブルックスからアリオネに交換しております。結局高さを少し下げ、前に少し出したのですが、ブルックスのしっかりお尻が決まる感覚に慣れたあとだと、どうにもお尻が不安定な気がしてなりませんでした。う~む。 



 さて、そんなこんなのあとに上った旧道ですが、結果的に先週より2分タイムを短縮できました。目標は先週のトップとの差である約3分(正確にはわからないのだけど)だったのだけれども、1分足りませんでした。走りやすい気候と、LeMondより軽い車重と、コンパクトクランクと、夏風邪による粘着質な鼻水がほとんど改善されたというのが先週より有利だった点。不利だった点は、競争効果がなかったのと、サドルの上でお尻が落ち着かなかった点。どう考えても有利な点のほうが勝りますよね(笑)。もっと精進せねばでありまする。



 今日の芦ノ湖は確実にまた秋が深まり、上り終えたあとのコーラもシロクマくんも欲しない結構な寒さ。長居は無用と写真だけ撮ってすぐに下りに入りました。



 お玉が池もなんだか寒々しい感じ。と、お玉が池を過ぎてすぐのことろで、



 先週に引き続きkeiさんにバッタリ!もしかしたらとは思っていたけれど、やっぱり今日も上ってた(笑)。今日もさすがな軽い走りでした。せっかくなのでお玉が池からピークまで一緒に上り返して、少しお話しして別れたのだけれども、もしTT中だったら悪いことしたなとあとになって少し不安になりました。大丈夫だったかしら(^^;



 keiさんと会ったからか、それとも軽いハンガーノック気味になったからか下山後にしろくま。うまい!



 そして、平塚あたりでボトルの水が空っぽになったので、茅ヶ崎の補給地点に寄らせて頂きしばし歓談。楽しい自転車の話以外にも、目下の悩みなども相談させて頂きました。ありがとうございました!

 その後はさらなる補給地点である藤沢の二郎へ寄ったのですが、結構久し振りだったからか食べることばかりに気持ちが前のめりになっていて写真を撮り忘れました。ニンニクの入った小豚をしっかり頂きました。

 最後の二郎は余計だった気もしますが、楽しいライドでした。そして若干の罪悪感を感じつつも、やはり二郎で〆るのが僕のトレーニング的ライドにしっくりくるのかもしれません。毎回それじゃもちろん困るわけですが。

ささやかだけれども確かな喜び

2011年09月24日 | ボルダリング
 昔はできたあるムーヴ。ホールドがかなり変わってしまったせいでできなくなったムーヴはたくさんあるのだけれども、そのムーヴに関してはホールドがそんなに変わってしまった感じはしなかった。でも今までずっとできなかった。記憶ではひどく難しいムーヴではなかったので、ずっと不思議に、そして悔しい思いをしていた。

 これか!と思ったのは前回。左手で身体を引き付け、腰を壁に思い切り近づけて右足に体重をのせる。そして身体を壁から離さずに右手を伸ばす。でも前回はあとわずかで右手が届かなかった。あと何回かチャレンジすれば“とれる”と思ったのだけれども、アップから入って他の課題のチャレンジなどを含めて25分では足りなかった。

 今朝はアップがてらの課題からなんとなく身体の動きが良かった。えっと今のワタクシの実力ではそのアップがてらの課題から落ちちゃったりもするんですが、今日はそういうこともなく、スムーズに前回あと少しだったムーヴにチャレンジ。そして良い流れのまま、しっかり左手の引き付けも効き、腰を壁に近づけたままうまく右足への体重移動も出来て、8年振りくらいに右手で次のホールドをしっかり掴むことができた。やった~

 誰と競うわけでもなく、誰かに誉められるわけでもなく、そして何の得になるわけでもない。でも心からまっすぐに嬉しい。そんな気持ちを味わわせてくれるものを僕は大切にしていきたい。

 今日の成功はしっかりした手ごたえがあったのだけれども、やはり一度だけでは不安なのでもう一度チャレンジしてみた。結果はしっかり成功。その日によってできたりできなかったりするムーヴもあるのだけれども、そういうものより確実なものにしたように感じられたのがまた嬉しかった。なんて言いつつ、次回できなかったら笑っちゃいますが。

 最近ボルダリングのエントリーをしていませんでしたが、ジムにこそ行っていませんが、そんなこんなで週2くらいの朝の短い時間のボルダリングはちゃんと継続中です。上達が遅いのは仕方ないとして、今回はとにかく長く続けて行きたいと思っています。
 

台風が去った翌日の国際村夜練

2011年09月22日 | MERLINチタン号
 そろそろMERLINに乗っておかねばと台風が去った翌日の夜に国際村1本。

 台風は去ったというのに外は結構な風。嫌だなぁ、走りにくいなぁと思ったのだけれども、国際村では風は追い風であった。LeMondのタイムと比較をするにはよろしくない条件だけれども、とにかく1本上ったタイムは3年くらい前にLeMondで出した今までのベストより3秒速いものだった。ただコンビニまではホント良い感じの追い風だったので、もう少し速く上れても良かったんじゃないかなぁと思った。だいたい3年前より今のほうが練習っぽいことだってしてると思うし、MERLINのほうが軽量なんだからホントもう少しベストが短縮されないと、犬のおまわりさんじゃないけど困ってしまってワンワンワワンである。今度もう少し普通の条件の日にまたチャレンジしてみよう。

 ところでMERLINはコンパクトクランクなのだけれども、LeMondで今年一番良かったタイムのときより平均ケイデンスが低かった。LeMondより軽量な分、そして追い風のおかげで、重いギアを踏めたということなのかもしれないけれど、軽いギアを生かす回転力が僕にはさほどないことの証左のような気がしてなんとなく残念な気持ちになったりしたのであった。

macoさん快気祝い、箱根旧道練

2011年09月18日 | LeMond
 芦ノ湖で開催されるという、お庭の下りで転倒負傷したmacoさんの快気祝いお茶会に僕も参加させてもらってきました。



 9月も半ばを過ぎたにも関わらず、そして強い湿気を含んだ暑さの厳しい日だったにもかかわらず、遠くの景色が鮮明だった当日。



 花水橋のコンビニで仲間と合流。ここから三枚橋まで走り、そこから旧道を上ります。そして三島のmacoさんは、箱根を越え、芦ノ湖を通過し、なぜか三枚橋までやってきて旧道を再び箱根に上り返すらしい。完全快気、完全復活のアピールか!

 三枚橋からはそれぞれのペースで上ります。僕は僕なりに一生懸命上りましたが、畑宿に入るあたりで先頭集団より遅れはじめ、結局トップ2人より3分くらいの遅れでピークに到着。いやぁ、やっぱり旧道きついですね。でもまぁ旧道に限らず、どんな坂でもどんな峠でも一生懸命走ればきついのは当たり前か(笑)。ただこの日はきつかったけれど、上っていてとても楽しかったです。やはり皆と一緒だと、脳内麻薬みたいなものが出るのかもしれませんね。先頭集団から遅れて、前を走る人の姿が少しずつ遠くなり、見えなくなっても、気持ち的に凹んだりすることなく、その楽しさがまったく変わらなかったのは、それが良いことか悪いことかはともかくとして、確実にひとつの収穫でした。 



 上り終えた旧道ピークでのひとときはとても爽快快適でした。下界は夏の暑さだったけれど、ここには秋のはじまりの空気がありました。



 上り終えたあとの息切れもだいぶおさまったので、杉林のなかを下り芦ノ湖へ移動し、



 お茶会の開始です。火器はノアポンさんとatsuさんが用意してくれました。ノアポンさん、atsuさん、モリさん?ありがとうございました。








 山肌までくっきりな富士山を前に、芦ノ湖畔での楽しいお茶会の時間。話は楽しく、空気は涼しくきれいで、温かい紅茶はとても美味しかった。僕は用事があって14時には鎌倉に戻らなくてはならなかったのですが、なんとなく急いで帰るのも残念な気がして、12時近くまで皆とご一緒してしまいました。

 というわけで、帰りはとてもつらい気持ちを味わうはめに。皆で上った旧道はきつくても楽しかったけれど、えっとこちらはあまり楽しくなかった。でも良い練習にはなりましたです、はい。なんとか時間ぴったりに帰着して、約束していたお客さんとの用事を果たすことができました。もっとも相手はすでに到着していたので、汗びっしょり、きっとうまく処理できなかった手鼻だって顔のあちこちについていただろうし(夏風邪あとということでやたら鼻水がたくさん出たのだ)、そんな状態で応対することになってしまったのだけれども。

 と、そんなバタバタもあったものの、おかげさまで1日がとても有意義に使えた気がしました。実はこの日曜日は王滝のレースだった日。腰の具合が良くないので、今年は結局エントリーしなかったわけですが、ご一緒した皆さんのおかげでとても楽しい1日になりました。



 ありがとうございました!

夏風邪ひいた

2011年09月14日 | 日常生活
 腰の具合に不安はあるものの、一昨日は久し振りな気がするLeMondで国際村夜練。平均ケイデンス90くらいで回せるギアで、少し心拍あげて1本。そしたら僕的には結構良いタイムが出た。1本だけだったので、腰もとりあえず問題なさそう。少しロードから離れたのが良かったのかな、なんとなく良い方向に向かっているのかなと少し明るい気持ちになったのだけれども、昨日からやたらくしゃみが出はじめ、喉が痛みだし、熱は微熱程度だけれども体の火照りと強張りを感じはじめた。そしてとくに喉の痛みが今日になって強くなり、夏もそろそろ終わりだというのに、夏風邪らしきものにかかってしまったのだと認識した。あ~ぁ、せっかく少し光明らしきものを感じはじめてたのに。なんかとてもがっくし。

 でもまぁ所詮夏風邪。睡眠と栄養をしっかり摂って早く治しましょう。読み返したい藤沢周平の文庫本と、少し前に読んでかなり衝撃を受けた打海文三の他の本も借りてあることだし、そういうのをベッドのなかで読み進めていきましょう。体調悪いと、ただでさえ弱い心がさらに弱くなるので、早く治ってくれるといいなぁ。

雪の火打山

2011年09月13日 | 山・山スキーなど
 実は先日の火打山は、僕にとって3度目のチャレンジだった。過去に2度、雪の季節にチャレンジしているのだけれども、頂上を踏むことができず撤退したのだった。

 1度目は2002年の4月上旬。学生時代の自転車仲間3人で、登りはじめの妙高杉の原スキー場に車で向かったのだけれども、スキー場に着くと「これが4月か・・・」と呆然とするようなかなりの吹雪。運休しているゴンドラやリフトもあったので、仕方なくシールをつけたスキーでゲレンデを登り、多分このコースの核心である雪崩注意の沢までたどり着いた。本格的な雪山の訓練など受けていないわれわれはこの時点ですっかり意気消沈。そんな僕らが目の前を沢を横断する勇気など当然あるわけもなく、いや多分このときの降雪からすれば横断なんてすべきではなかったのだろうけれども、ゲレンデトップからほんの数100メートルのところのその沢のところで結局撤退したのだった。その後はせっかく新潟まで来たのだからと、懐かしの直江津の民宿で1泊して帰ってきたのだった。

 2度目はその翌年の2003年の3月下旬。ひとりで火打山を目指したこのときは、天候には素晴らしく恵まれた。核心の沢も緊張しつつ無事渡り、三田原山を越え、先日眺めた雪に覆われた黒沢湿原を歩き、茶臼山南の鞍部を越えて高谷池ヒュッテまで無事たどり着くことができた。翌朝も心が震えるような快晴だったのだけれども、風が強かった。そして火打山稜線に向かう斜面は強い風でガチガチに凍っていた。もっともそうは言っても、あの程度の風と雪の斜面であれば、しっかり訓練を積み、経験のある登山者であれば安全に登ることができたのだと思う。現に小屋に泊まっていた何組かのパーティは、斜面が急になる手前でスキーをアイゼンに履き替え、斜面のトラバースを避けて稜線に向かって直登していった。同じことが僕にはできなかった。ひとりなので無理をすべきではないと臆したし、もし首尾よく頂を踏んだとしてもガリガリに凍った斜面を果たして自分のスキー技術で安全に滑り降りてくることができるだろうかという不安も感じた。そして結局、魅力的な頂上を目の前にして、自分の周りの景色を目に焼き付けてから、来た雪原を引き返した。

 下の写真はその2003年のときの写真。本当に素晴らしい天気だったんだなぁとあらためて思う。そして今になってみると、良くまぁこの時期に出かけていったよなぁと思ったりもする。ホンモノの登山家ならともかく、僕にはこの時期の山はちょっと頑張り過ぎだったかもしれない。

 ただ火打山周辺は山スキーヤーにとっては天国のような場所。GWあたりのもう少し厳しくない時期にまたスキーで出かけてみたい。高谷池ヒュッテをベースに周りの斜面を滑るような楽しみ方でももちろん良いけれど、憧れはやはり焼山北面台地。僕の経験や技術では無理は禁物だけれども、条件さえ良ければ不可能ではないと思う。無理はせず、でも少し頑張って、いつか登り、滑れたらいいな。 






































ここが雪崩が多発するゲレンデ近くの核心の沢。

初秋の山登り 笹ヶ峰~高谷池

2011年09月12日 | 山・山スキーなど
 腰の具合がやはりまだ良くないので、9月7・8日の休みは久し振りに山登りをしてきた。余っていた18きっぷで鎌倉初4時57分の始発電車に乗って、直江津まであと少しの妙高高原駅に着いたのが13時半。そこからバスに乗って登山口である笹ヶ峰に着いたのが14時20分頃。いやぁ、遠かった。でもうとうと眠ったり、景色見てぼんやりしたり、厚めの文庫本を持っていったこともあって退屈することはなかった。中央線から眺める南アルプスと八ヶ岳は相変わらず見事だったし、松本駅コンコースから眺める北アルプスも駅からこんなに立派に山が見渡せるのが不自然に感じるくらいに立派だった。1度読んだことのある持っていった文庫本が想像以上に面白かったのも良かった。松本あたりで読み終えて、長野駅での乗り換えのときに駅近くのブックオフでもう1冊追加した。

 登山口の笹ヶ峰で水筒に水を入れて歩き出したのが14時半頃。妙に立派な登山口の横にあるベンチでは、下山してきたらしい登山者が気持ち良さそうにイビキをかいて眠っていた。

 歩きはじめてしばらくはブナの森のなかの木道を歩く。ブナの森はいつ来ても気持ち良い。しかし歩きはじめて少したち、傾斜がきつくなってくるとともに気持ち良さより、きつさが圧倒的に上回るようになる。こんなに涼しいならあまり汗かかないでキャンプ地まで歩けるかなぁなどと最初は思っていたけれど、気づけばしっかり汗だくになっていた。でも明るいうちにテントは張りたいなと少し早めのペースで歩き続けた。

 途中の黒沢で笹ヶ峰で補給した水を捨てて、沢の水に入れ替えた。とてもおいしい天然水だったからなのだけれども、あまりの水の冷たさにほんの10秒くらいで指の感覚がなくなりはじめたのには驚くというより呆れてしまった。この時期にしては本当に冷たすぎる水だった。

 黒沢からは十二曲りという登るのはもちろん、下りも大変そうな急登。久し振りの山登りだからか、ヒジョーにつらい。徐々に空が近づき、少し開けた稜線に出たときはやはりほっとしたけれど、そこらからキャンプ地である高谷池ヒュッテまでまだもう少しある。

 高谷池ヒュッテに着いたのはちょうど17時。ところどころしっかり休憩はとったものの、少し早めのペースで歩いたおかげで無事明るい時間に到着することができた。ヒュッテで400円のキャンプ代を払い、水場を越えたところにある池の脇にあるキャンプ指定地にテントを張った。池越しに翌日上る火打山が見渡せる場所はすでに残っていなかったけれども、それでもなかなかなキャンプ地だった。

 テントを張ったら、さっそく夕食の準備。もっとも準備といっても、やることはとっても簡単。水場でコッフェルに水を満たすだけ。ここの水は池の水なので煮沸しなければならないけれど、飲み水用は黒沢の冷たい水をたっぷり水筒に入れてきたので問題なし。持ってきた無洗米を2合強炊き、そのうちの半分を温めたレトルト・キーマカレーと一緒に食べた。夕食後はテントのなかで寝そべって、ピーナッツをかじりながらヘッドランプの灯かりでしばらく文庫本を読んだり、時折テントから顔を出して星を眺めたり。そして21時前には眠りについた。


篠ノ井線・姨捨駅。


8分の停車時間に、日本3大車窓に選ばれているらしい開けた景色を眺める。


不思議に立派な笹ヶ峰の登山口。右のベンチで男性が気持ち良さそうにイビキをかいていた。


気持ち良いブナのなかの木道。


十二曲りを越えて空が近くなる。


高谷池と黒沢池の分岐の富士見平。富士山は見えず。




翌日登る火打山と、小さく見える今日の目的地である高谷池ヒュッテの三角屋根。






久し振りのテント設営。なんか嬉しい(笑)






初秋の山登り 火打山と妙高山

2011年09月12日 | 山・山スキーなど
 1時頃までは快適に眠れた。けれども、それからは寒さで眠れたり眠れなかったり。テント内を温めるために意味もなくストーブをつけたりした。あとから聞いた話では、前日の最低気温は4℃だったらしい。もし同じくらいに下がっていたのであれば、それは寒いわけだわ。

 昨晩の残りの冷や飯を20枚くらいの味付け海苔で食べてテントを出たのが5時少し前。ほとんどまだ真っ暗なので、しばらくはヘッドランプの灯かりを頼りに歩く。火打山の往復は必要最小限のサブザックのみなので、昨日に比べてずいぶんと楽だ。あいにく雲が多く、期待していたような快晴というわけにはいかなさそうだけれども、稜線の木のない場所ではとりあえず展望は得られる。先日集まった直江津も、その翌日に走った関田山脈もしっかり見渡せる。なんだかとても嬉しい。山登りでこんなふうにしっかり日本海を眺めるのは、ちょうど20年前の夏合宿中に登った鳥取の大山以来か。

 火打山の山頂に着いたのは1時間後の6時頃。どんよりとした天候だけれども、360度の大展望。富士山も思いのほか近くに見えるが、一番に眺めたのは糸魚川方面の焼山北面台地。いつかスキーで滑ってみたい憧れの場所だ。何度も写真で見た雪のある風景と重ね合わせてじっくり目の前の台地を眺めた。それから周りの大展望を楽しんだ。

 高谷池ヒュッテに戻り、米粒の残るコッフェルで塩ラーメンをつくって食べてから、テントを撤収。今度は妙高山に向かって歩きはじめるが、妙高山に登るにはその前に茶臼山と大倉乗越を越えなくてはならない。茶臼山あたりは2003年の3月にスキーで歩いている。あのときは火打山を目指したけれど、力不足で結局山頂には立てなかったんだよなぁ。茶臼山を越えると目の前に黒沢湿原が広がる。空も晴れてきて秋の空と湿原の緑が素晴らしい!そして大倉乗越を越えると今度は目の前に妙高山がどーんとあらわれるのだけれども、僕の目はついついまた直江津や関田山脈のほうに目がいってしまう。

 大倉乗越を下り、妙高山に登り返すあたりの沢で水を補給。ここの沢の水もうまかった。

 妙高山までは樹林帯のなかの急登。ここが最後のきつい登りと諦めて黙々と登る。そして11時少し前に頂上着。青空の下に素晴らしい景色が広がっていた。しばらく周りの風景を眺めてから、ここでもインスタントの塩ラーメンをつくって食べた。うまい!

 お腹を満たしたあとは、南峰の頂を踏んでから下山。少し高度感のある岩場、鎖場を過ぎてからあとは楽ち~んと思ったのだけれども、ここからが実は一番つらかった。下りでも足にくるのはわかっていたけれど、こんなにも足にきたのははじめてだった。赤倉温泉の源泉あたりからは、引湯パイプに沿ってつくられた崖沿いのコンクリートの道を歩くのだけれども、ここらでは足を前に進めるのが本当に苦痛だった。でも細い道の横は少なくとも300mくらいは切れ落ちた谷。落ちたら無傷ではいられないだろうから、慎重に歩いた。引湯パイプ沿いのコンクリート歩道が終わってからは、燕温泉までの舗装林道歩き。目の前に広がる景色は素晴らしいが、とにかくきつい。自転車だったらあっという間に下っていけるのに。膝はもうがくがくで、後ろ向きに歩こうかと思ったくらいだ。だから林道を抜けて、ゴールである燕温泉の無料の露天風呂・黄金の湯に着いたときはとにかくほっとした。できたら黄金の湯ではなく、そこから10分くらい歩いた混浴の露天風呂・河原の湯に入りたかったのだけれども、もうここで充分だ~

 燕温泉からは、関山駅までバスで下り、そこから再び18きっぷの長旅。のんびりとした関山駅で、最近はほとんど食べていなかったポテトチップスをポリポリ食べながら飲んだエビス・ビールが美味しかったなぁ。最後の下りが想像以上に大変だったけれども、久し振りの山登りの充足感に浸ってビールを呑みながら誰もいないホームで電車を待ったのだった。








憧れの焼山北面台地。いつかスキーで滑るのだ。






























今どきジャージというのも結構恥ずかしいのだが・・・


























山を降りてきた場所にある無料の露天風呂。幸せ過ぎる。ビールの自販機がそばにあればもっと幸せだったのだが・・・

直江津集合!2011 番外編・集合の翌日

2011年09月05日 | MTB


 さて、直江津集合の翌日。生粋のサイクリストなので、といより貧乏性なので、せっかくなのでこの日も以前から興味を持っていた野々海峠と深坂峠に上れたらなぁと思ってました。でもこの日に関しては、予定走行距離は80km強ですが獲得標高は2000mもあり、また前日のコースですら腰痛が発症したので、走るのはちょっと無理だろうなと前の晩の時点で諦めていました。でも5時前に健康ランドで目覚めてみると、とりあえず腰の痛みはほとんどありません。そんなに睡眠時間なかったけれど、頭もそれなりにスッキリしてます。となれば、やはり走るしかないでしょう。とくに野々海峠と深坂峠は、関東からだとアプローチも悪いし、直江津集合のコースに入れるにはやはりちょっと難しかったりするのです。とにかく、このチャンスに走ってしまおう。そう思って、日の出前に健康ランドを走りはじめたのでした。





 野々海峠までの上り口までは、国道405号線を走ったのですが、この道、景色や雰囲気は良いのだけれども素直に標高を上げてくれません。せっかく標高を稼いだと思ったのに、いきなり急な下りがあらわれて稼いだ標高の幾ばくかを吐き出してしまいます。野々海峠と深坂峠の標高はそれぞれ1090mと1080m。ほとんど尾根続きの峠なので、2つの峠間の標高差はほとんどありませんが、それでも獲得標高が2000mもあるのはこうした大きめのアップダウンのせいだろうと思いました。それでも楽しんで走れたのは、本当にゆっくり走っていたのと、景色がやはり素晴らしかったからなのだと思います。







 さて安塚町で国道405号を離れると、いよいよ野々海峠への上りです。地震の影響だと思うのですが、峠への道は通行止めになっています。行けるところまで行ってみて、駄目なようなら引き返しましょう。





 野々海峠に向かって上りはじめると程なくして菖蒲高原に出ます。それまでこじんまりとした風景が続いていたこともありますが、この場所の開放感は素晴らしかったです。思わず自転車を道に横倒しにして写真を何枚も撮ったのですが、悲しいことに僕がそのとき感じたような心が大気に溢れだすような開放感が伝わるような写真は一枚もありませんでした。残念。関田峠のあとの光ヶ原高原、このあと越えた深坂峠のあとの大厳寺高原など、関田山脈の日本海側標高700~800mあたりにはこうした魅力的な高原がいくつかあるのかもしれませんね。









 菖蒲高原を越えると、いよいよ深山への峠道といった雰囲気になります。3月12日の震災の影響か、道が崩れたり亀裂が入ったりした箇所もいくつかあらわれはじめました。そういった場所はなるべく谷側ではなく、山側をそろりそろりと通るようにしました。



 そうして少しずつ標高を上げ、直江津の健康ランドを出発して4時間ほどもかかって野々海峠に到着しました。展望はないかわりに、ぶなの森のなかの静かな峠でした。



 野々海峠のあと関田山脈の尾根伝いに深坂峠に向かいますが、ぶなの森のなかの下りの途中でひとりのサイクリストにお会いしました。ほとんどサイクリストの走らない道とまでは言えませんが、決してメジャーな場所ではないので、少しびっくりすると同時にとても嬉しい気持ちになりました。見るからに走り慣れた雰囲気に、地元のサイクリストなのかとも思ったのですが、訊ねてみると愛知の方でした。ただ週末になると車で信州にやってきて、目当ての峠を上っているということだったので、地元のサイクリストと僕が勘違いしたのもあながち間違いというわけではなかったかもしれません(笑)

 乗られている自転車は、僕も欲しかったリッチーのスイスクロス。デュラのホイールに少し太めのタイヤを履いています。そしてブルホーンのハンドルなど、こだわりのある実践的な素敵なパスハンターでした。

 この愛知からやってきたコルサさんと、気づいたら20分くらい話をしていました。話しているときも、相当年季の入ったベテランサイクリストなんだろうなと思ったりしていたのですが、帰宅してからブログを拝見してびっくり。深さも内容もやはりすごかったです。ひと気のほとんどない峠での嬉しい出会いでした。



 大きな峠の碑がある深坂峠へは本当に小さな上り下りだけで到着しました。日本海側は晴れれば素晴らしい景色が広がっているらしいですが、この日は霧で展望はありませんでした。でも、ここらにはまた来るだろう走りながら感じていたので残念な気持ちはあまりありませんでした。また来ればいいやと思っただけでした。今回走ってみて、頸城の素晴らしさを実感したわけです。







 深坂峠からは、牛が放牧されている大厳寺高原を下り、松之山地区を走り、昨日列車を降りたほくほく線のまつだい駅まで戻りました。松之山地区は、またしてもアップダウンの連続でしたが、次々とあらわれる懐かしい日本の農村の風景のおかげで精神的に疲弊したりはしませんでした。標高を下げると暑さが厳しかったですが、だからこそボトルの水がほとんど空になった場所にあった湧水の美味かったこと、気持ち良かったこと。





















 83km走って、まつだい駅に着いたのがちょうど12時。電車の時間を勘違いしていて2時間ほど余裕があったので、ゆっくりまつだいの蕎麦を食べてから自転車をばらし、ビールを飲みながら駅のベンチでのんびりしていました。そうした時間がまた良かったりしました。







 残念ながら“直江津集合”は走り切れなかったけれど、そのかわり以前から興味を持っていながらもなかなか実現できなかった頸城地方でのんびりとしたツーリングを楽しむことができました。これはこれで充実したサイクリングだった気がしました。とりあえず直江津には行こう!と思って本当に良かったと思いました。これがなかったら今年の夏の自転車活動はちょっと寂しいものになっていたでしょう。

 で、“直江津集合”ですが、来年はしっかり完走しますよ。狙ってるコースもありますし。で、翌日また頸城地方のサイクリングが楽しめたらいいけれど、そこまでは体力的にやっぱり厳しいかな。。。