年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

H牧師のこと

2011-03-27 20:53:49 | Weblog
 久万高原教会開拓15周年記念礼拝の案内状が届いたのは先月であった。そこのH牧師はNPO法人松山自殺予防センターの理事長も務められていて、お会いしたのは昨年の自殺予防の講演会以来である。お久しぶりです、などと挨拶を交わしながらごくごく小さな久万高原教会に案内された。14時開始の5分前に着席するとすでに10数人が座っておられた。説教、奨励のお話を聞きながら、礼拝を守ることの厳しさを牧師、教会役員さんからお聞きする。若い人は進学などで出て行き、老人は亡くなりだんだんと信徒さんの数が減ってきているのだそうだ。久万集会の所属教会は南予の教会であるけれど、この度わけあって所属を離れることになり、このまま解散しようかどうしようかと岐路に立ち悩み何回も役員会を開いたそうだ。結果、ゼロからの再出発を余儀なくされている。さらにH牧師は、医者から病状が進めば命の保証はしないと宣告されている病を持っているのだとお聞きした。それでもH牧師は気丈に明るく説教をしてくれた。窓の外を見やればゴルファーがグリーン周りに集まっているのが見えた。ここはゴルフ場の真ん中に設えた教会でもある。小さな教会内で聖書の話を聞き、横ではプレーヤーがゴルフクラブを振っている奇妙な光景が並存することに、おもわず凝縮された今の日常生活を見せられた思いがする。一方で東北関東震災の画面に釘付けになりながら、また被災者への祈りが集まる時間内に他方ではゴルフボールを追っかけている人の光景である。
 昔読んだ本の中で、記憶残る文章がある。確か高橋和巳と安岡章太郎の対談であった。その中で、敗戦後満州の奥から生き延びて帰ることが出来たのは、どのような人たちであったか…即物的に現地の農民の食物を奪い婦女子を暴行しながら自分の欲望の赴くままに生き抜こうと行動した人と、行きぬくために現地農民と想像しながら畑の管理をし種を植え付け、また歌や詩など文化的な交流に行動をする人を比べた時、結局内地に帰ってこられたのは後者の方であったと書かれていた。人としての想像することの重要さを教えられた。
                     
 今回の被災について物を中心とした生活を作ってこられた方々の喪失感は計り知れない。目に見えるものを大切にしてこられた方々の挫折感は計り知れない・・・などと思う。

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