刑余者15人が待つ会場に入る。もちろん刑務官に一つ一つ鍵をあけてもらいながらのこと。彼らは近々娑婆に出ることが許される人たちである。更生委員会の決定により引受人が決まっている彼らが、数年後の再びの社会に戻る。一応住む所があり食べるものがあるという条件を満たされると考えられる人たちである。しかし、出所者の再犯率を法務省「犯罪白書」に見れば、
出所者の再犯率は48%を占める。そのうちで窃盗ともなると67%を超える。
つまり今私の前にいる刑余者15人の内、データによれば7人は再犯をする。15人の内、働くところがない、従って食べるものが手に入らない・・・などの理由により(推測)7人のうち4人が窃盗罪を犯す勘定になる。つまり、私の前で私の話を聞いてくれてる人の内4人は、資料によると窃盗犯になる・・
もちろん矯正施設の中ではいろんな矯正教育を行っている。薬物依存や覚せい剤に性犯者など専門家による矯正教育プログラムが組み込まれ行っている。
その中で私に与えられているのは、社会に出て仕事の探し方や仕事の仕方、仕事に向かう姿勢・・あたりになるだろうか。情報としては紙一枚で終わる。でも問題の中心は、そんなところにはないと考えている。言葉を変えていけば、一人一人違う幸福の在り場所探し・・ってとこになるんだろうと。自分が皆の前に立ち、悪いことはスンなよ、犯罪を犯すなよ・・などの言葉を紡ぐことはないしこれからもない。重要なことはその直接的な言葉に代えて、犯罪に至る自分の問題点をあぶりだしてもらえるようなことがあればいいと・・喋っている。私の講演に立ち会う刑務官は、私の話は、いつも面白いですね。。と、からかいとねぎらいかの真ん中くらいの表現で総括してくれるが・・サテ
今朝の話の中心は何と言っても永六輔さんに登場していただき坂本九さんが歌う歌詞のこと。
坂本九 の歌 永六輔作詞
「上を向いて歩こう」の歌の意味を考えてみる
上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 思い出す 春の日 一人ぼっちの夜
上を向いて歩こう にじんだ星を数えて 思い出す 夏の日 一人ぼっちの夜
しあわせは 雲の上に 幸せは 空の上に 上を向いて歩こう
涙がこぼれないように 泣きながら歩く 一人ぼっちの夜
思い出す 秋の日 一人ぼっちの夜
悲しみは星のかげに 悲しみは月のかげに
上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 泣きながら歩く
一人ぼっちの夜 一人ぼっちの夜
みんなも同じだろうが・・泣きたいときには人に知られないように、涙がこぼれないように我慢するってことがあったことが。
そして、今日もっとも話しかけたかったことは・・この歌。
「生きているということは」 の歌をじっくり考えてみる
生きているということは 誰かに借りをつくること
生きていくということは その借りを返してゆくこと
誰かに借りたら誰かに返そう 誰かにそうしてもらったように
誰かにそうしてあげよう
生きていくということは 誰かと手をつなぐこと
つないだ手のぬくもりを 忘れないでいること
めぐり逢い 愛しあい やがて別れの日 その時に悔やまないように
今日を明日を生きよう
人は一人では生きてゆけない 誰も一人では歩いてゆけない
生きているということは 誰かに借りをつくること
生きていくということは その借りを返してゆくこと
誰かに借りたら誰かに返そう 誰かにそうしてもらったように
誰かにそうしてあげよう
陳腐な田舎芝居じみた話の内容ではあるが・・みんなの瞬きも見えないほど私に食いついてきてくれた・・と感じたが。
夕方は市駅の百貨店屋上に集まり、企画部門のスタッフたちと一緒に暑気払い。今夜はいかに飲むのを抑えるか、またプレートに盛り付ける食材を油ギトギト関係を外し、かつ腹八分で収めるレベルに欲を押え切るか・・であった。でもバイキング式で並べられた食材は、ビール+9割がた油ギトギト方面であったことに・・ナルホド・・と会社側の儲けの損益分岐点を考えてみた。
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