年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

叔父と叔母とH子と

2013-06-08 00:00:00 | Weblog

 この一家は大変仲の良い3人家族である。おっとりした感じの叔父は元銀行員、シャキシャキの叔母が家の内外を取り仕切り、手も足もよく動くがそれ以上に口が動く。でも今は、残念かな年齢が高くなるにつれ誰でも遭遇する身体の至る所にガタがきての病院通いの日々を送っている。日常生活を滞りなくやり過ごすことも難しくなり、叔父がカバーをして、その老老介護の介護全般を管理しているのがH子という図式になっている。母の妹でもあり、小さい時から気が合うのか昔はよく行き来していたけれど、このような状態につき大阪からこちらに来ることも数年に一度くらいになった。母にとってみれば、その下の妹二人とも早くに亡くなり、周りの友人知人も年々少なっていくことに寂しさを覚えるのか、先日来会えるのを楽しみにしていた。

 、3人を車に乗せて市内観光。先ずは叔母が仁川から引き揚げて入った城北高等女学校見物。今の北高。秋山好古校長の銅像を車の中から見るだけ。そして実家のある町へ。道の駅でジャコテン食べて、大昔住んでいた駅前を通り、叔母の若かりしときの思い出、センチメンタルジャーニーは終了。そして、次はもしかしてお互いの身体の調子のことを考えると、これが最後の姉妹の直接の会話になるかもしれない・・・などと考えて母親の所へ。

 まぁ話すは話すは・・・姉と妹の話し合いを黙って娘と主人が聞いておる。何から話したものかわからないが、昔々の仁川での生活の話。豊かな暮らしをしていたこと、十分に何不自由なく、家の使用人がいての生活ぶりを聞くにつけ、アァ・・そのような、内地ではお目にかかれないようなお嬢様の生活を送っておれば、敗戦後内地に引き上げてからの生活は、きつかっただろうと容易に推測ができるほど。そのような昔話を延々と二人で喋っておる。それを黙って聴く叔父とH子と私の3人。

 楽しんでもらえたならいいけど・・・


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