年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

想像力が世界を変える

2018-06-01 00:00:00 | Weblog
 考えることを放棄してしまった時間が続いておる。このような状態を創造力がないといい切れる。何かをやらねばならないがな~んも思い浮かばないので、「前回通り」「去年と同じやり方で」というふうに新しい何かを創ることなく、以前やったことと同じことしかできないような状況だと、自分は成長しないだろう。と思っている。

 何で今困っているかというと、次週の受刑中の人に対する教育支援での90分の講義内容のこと。


 聴き手側はいつも変わってるんだから、同じ内容でもOKですよ・・とは言ってくれるが、それでは自分が成長しないだろう、って思う。誰だったか忘れたがアメリカのキャリア開発の学者先生がいうのに高齢化することで仕事能力は落ちるが、反面高齢になっても伸び続ける能力に職人的な技術能力がある・・ことを教えてくれた先生もいるにはいる。
 足や手が痺れておるのでフィジカル能力はない。ない中で伸ばしたい能力がある。それは相手に伝える技術のこと。貧しい知識と、貧しい体験の中から、犯罪を犯さざるを得なかった動機が後ろ向きの想像に対して、どのようにこれからの前向きの自分を作っていくのか、その計画のことをそれぞれの受刑者に伝わる言葉を自分は磨かなければならないってこと。

 エエ加減にやることも許されるだろうが、それでは自分がみじめ。人様からいくばくかのお褒めの言葉を浴びようともそれは、お早うサイナラの挨拶言葉の類。人には騙せようが自分が自分に騙されてはならない。
 よって難儀をしておる。植物の生命が賑やかに地表に現れた5月はな~んも考えることができなかった時間帯につき、それが引き続いてるんだろう。

 再犯しちゃダメだってことは、みんな頭の中では理解しておる。娑婆の人も塀の中の人も。その言葉を放つと受刑者は覚悟を決めるような顔つきで頷く。そしてその何割かの人は出所後に再犯をして舞い戻ってくる。なぜか…それを自分が話しても話しても同じようなことが続く。まだまだ自分の話し言葉は相手の“芯”には突き刺さってない。
 突き刺さる矢を作る想像力がいる。自分が成長することで相手も成長できるんだろうと思う。

 今日から6月空梅雨か、母と弟が住んでた住宅を空っぽにして畳とふすまを変えた。我が家は母と弟の遺品であふれかえっている状態。

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