年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

これって正しいのだろうか

2016-01-30 00:00:00 | Weblog
 年金受給者になって時間が経つ。経済的生活レベルで云えば日本人平均には遠く及ばないことがわかる。わかるワケに、ジツワ、近頃興味本位にメディアが流してくれる経済的な格差での貧困問題が激しくなってきたとのデータを見る限り、家的には数字的に問題があるレベルであることを教えてくれる。が、金銭的物質的な飢餓感を持つほどには至っていないのは、のんきな性格がもたらすものか、あるいは何かの豊かさを獲得する気持ちが失せてしまって諦観する側に心地よさを見出している理由かもしれない。

 このブログにも以前に書いたことがあった「ダギーへの手紙」:エリザベス・キュープラーロスにあるような「現」に居てのなさざるを得ないことをすべてなし得た後に与えられる終業式が卒業式であるようなセレモニーのことを考える。

 妻は自動車運転免許証は更新をしている。複眼ではあるが昨年免許センターに行き何とか免許証を放棄することはなかったものの事故以後車はもちろんバイクにも自分で運転することはない。よってどこかへお出かけするときには前日、どこそこへ買い物があるから連れて行って欲しいなどと前もって云ってくる。で、今朝食卓に座り、昨夜注文した七草粥ならぬ普通のおかゆをフウフウいいながら食べているとき大学病院へ連れて行って欲しいと言った。母親の見舞いのことである。
 昨日もバリュウムを飲みレントゲンを撮り診たところ白血球数値が異常に高止まりしていた原因が、狭窄している喉なのか、腸閉塞に因るものなのかはっきりわからないようでも、喉を拡げた結果少しずつ数値が下がっていることで安堵しているとDrから説明があった。

 午後やっと明るい陽射しが出てきた。大学病院階上から西を眺めると遠く島影が見えた、ダッシュ島も見える。
 母親が文句を言っておる。食事が不味いと言う。10年前の喉頭癌手術をしたときはご飯がおいしかったが今はそうでもないのはどうしてだか・・と云ってはいるが、本人の高々齢による味覚の変化があることを認識してはいないようで文句を周りに云っておる。来週には家に帰るから・・などと妻と話していた。Drからも退院Okが出ている。トイレに行きたいと言った。車いすで妻がトイレへ。看護師さんに手伝ってもらい用を済ますと便がたくさん出たらしい。紙パンツがなくなったから買ってきて欲しいと頼まれたのを機に病院を出た。
 気にかかることあり。次週の120分講演の資料が手つかず状態・・何とかしなければと思うも頭と手が動くことがない。優先順位の最上位にある「今」しなければならないことが出来ない情況。なかなか卒業式に行くまでの壁が多くあり苦労している・・・そんなことより最大の壁は今夜の日韓戦のこと。