よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

緑輝く。

2017-05-30 21:27:25 | 自然の不思議

5月なのにもう緑が広がり様がないくらいに枝を覆い、強い日差しに輝きを増している。



雨が降らず,毎日1時間以上掛けて定植した野菜に水やりをしている。
そんな私に鳥たちはそれぞれの声で歌を聴かせてくれる。
その鳥たちに異変が、、。

朝、畑に出る前に、畑から戻る時に、
燕の卵が落ちているのをまた2つ発見、そして畑に鳥の羽根が散乱しているのが2カ所、
1羽は羽根図鑑で調べてもらい,筒鳥だと言う。
しかし、それらの真相が分からない。
その上,お隣の猫たちが進出して,我が家のピアノにスプレー、お隣の猫を木の上に追い上げ2日降りれなくなったり、
静かなよろみ盆地が騒がしくなった。

考えるに,ハナの不在が大きく係っているように思えてならない。
いるときはあまりに当たり前で,あまりに平和だったためにその存在意味など考えたこともなかった。
何でもそうだが,失ってみて初めてわかることがある。

3ヶ月前に伴侶を亡くした友人が4日ほどここに休みにいらした。
涙涙の彼女だった。その喪失感の大きさは測り知れない。

その涙に,藤の花や谷卯木が映っていた。
田圃に映った緑の輝きが少しでも慰めになっただろうか。

















鳥の声

2017-05-24 20:50:28 | 自然の不思議

畑は周りを森と言うか山に囲まれて,小さなよろみ盆地になっている。
この季節になると畑で様々な鳥の鳴き声を耳にする。

20日にはアカショウビンが今年もやって来て,あの独特な鳴き声を披露してくれる。
この鳥は色も鳴き声も特徴があるので分るのだが,聞こえてくる鳥の鳴き声の多くを私は知らない。

先日畑で聞き慣れない鳥なのか何なのか分らない音を聞いた。
畑仕事をしていた仲間も手を休めて聞き入ったのだが,その正体が分らない。
ここの仲間が笛を吹いたのではないのかと思ったが,違っていた。
以前娘と畑で聞いた,いとも長閑な鳴き声の正体は,アオバトだったがその姿は見ていない。

ここ数年で鳥の数や種類も変化している。
あのいつも暮らしの中にいた雀が少なくなり,朝の目覚めの声もあまり耳にしない。
燕も一時20羽まで来たのに、今年は3羽しか見ていない。
先日の落ちていた卵の原因は,もしかして番でない燕が係っていたのかとも思える。
カラスでも猫でも,蛇でもないとすると、そんなことがあるのかな?
それとも,誤って親が落としたとか?

カッコーが啼き、一昨日は不如帰もやってきた。
鳥の鳴き声も心地良いものと苦手なものがある。
水鏡の田んぼに小さな稲の苗が植えられ、カッコーが啼くと田んぼに小さなさざ波が立ち緑の風に吹かれる。
ちょっと苦手なのは,蒼鷺と鵯。そうだ、あのトラツグミも引きつるような啼き方は,不気味。
いつか、鳴き声と鳥の名前を調べようと思いながら、今に至ってしまった。
以前より,鳴き声が増えた気がしている。
温暖化で,鳥の分布も変って来ているのかも知れない。



住職が庭に取り付けた巣箱、出入りする鳥を見たが,その後いなくなった。



玄関に入って来たホウジロ、らしい。















治郎さんとハナ。

2017-05-21 20:56:33 | 日記

今日、5月21日は、治郎さんの命日になります。
治郎さんは武美の学生だった時、この与呂見に遊びに来ていた。
私とは山の話が弾み、子供らの良き遊び相手になってくれていた。
そして、ハナと出逢えたのも治郎さんのお陰なのです。

私たちは犬を飼うなら秋田犬と決めていたが、どうすればいいのか分らない時に治郎さんがパソコンで検索し、その中から私たちが選んだのがハナだった。
写真のハナは一番後ろにちょこんと座っている姿が私たちの目を引いた。
その可愛く控えめでいて賢そう、そこが決め手だった。

そして2002年5月25日、ハナはやって来た。そのころころで愛らしいハナは、その日から家族の一員になった。
それから15年、5月5日、ハナは治郎さんの元に旅立った。

昨日、アカショウビンが啼いた。
今年もやって来た。
燕が庫裡に巣を作り出入りしている。
ところが今朝、私はその土間に卵が2個割れているのを発見した。
何があったのだろうか,猫や蛇はちょっと考えられない巣の場所からすると、烏だろうか。

治郎さんは6年前のマッキンリーで雪崩に遇い帰らぬ人となった。
互いにこころを通わせたもの同士は,決して忘れない。
これからも、ずーっと、いっしょ。

















ハナ 散る。

2017-05-16 10:37:35 | 日記

ハウスに蒔いた野菜の種がどんどん大きくなって、畑に定植の時季になった。
昼は動いて、夜は、もう何もできなくて、時が経ってしまった。

       ハナ 散る。

桜が ひらひら散って
木蓮が ぱさりと落ちて
チューリップが はらりと分解して
たんぽぽの綿毛が ふわりと飛んでいった。

ハナは どんなんだったんだろう。

大手毬が いくつも蹴り上がり
躑躅が 大の字になって
藤が 房で
射干が 木陰で身を正している。

花が次々とその季節を忘れずに咲いてゆく。
ハナは私の中で、咲き続ける。














花咲く春に、、。

2017-05-10 20:40:13 | 日記

5月5日未明、4時に寝床に行くとハナはまだ温かく、でも、もう動くことはありませんでした。

もう、去年からいつ亡くなってもおかしくない状況が、3月25日、与呂見の子供らが集まり、また元気になりました。
水をスポイトで飲ませるようなってから、その後毎朝ハナの寝床を覗くのがこわい日が続きました。

そして、3泊4日の勉強会の最中でした。
私は20人からの典座、それまでの寝不足と疲れから私はハナの最期に立ち合うことができなかったのです。
私はまだ暗い庫裡で一人、ハナを抱きかかえて6時頃まで哭いていました。
私の口からは「ありがとう。」が出て来なかった。
一人で逝かせてしまったことがどうしても自分が赦せなかった。
「ごめんね、ハナ。」

ハナは最期の最期まで歩き、トイレもして、頭もしっかりしていていました。
誰からも可愛がられしあわせな犬でした。

こんなにハナが私にとってかけがえのない存在だったと、失ってみて気付きました。
ハナは私にとってベストパートナーでした。
私の気持ちに寄り添い、応え、どれだけ慰められ、どれほど私の人生を彩ってくれていたか、、、。

ハナは私の中にいるのに、畑や車庫や木陰や庫裡に姿を探しても見当たらないのです。
でも、その歩く格好や、横顔や寝顔はいまでも見えるのです。
でも、その柔らかな耳やちょっと固くて滑らかな頭に触ることはないのです。

ハナは口は効けなかったけれど、その目はすべてを物語っていました。
私はそのハナの声をいつも聞いていました。
私は4日の深夜、私の向けられたハナの目を忘れることはありません。
「そばにいて。」と訴えていたようであり、「さようなら。」の挨拶のようでもあり、
その物悲しく、愁いを帯びたその目が焼き付いているのです。

みんなが言います。
「ハナはしあわせ犬だった。」と。
繋がれることなく、畑や境内や山の中を自由に気ままに生きていました。
15歳、ハナらしい見事な最期でした。
このハナと過ごせた15年は、私にとってもしあわせな時間でした。
今、ようやく書けます。
「ハナ、ありがとう。」
「あなたは賢くて、可愛くて、凄い犬だった。」
「あなたからいっぱいの贈り物をもらったよ。」
「最期まで、精一杯生き抜いたハナ、偉かったね。」

でも、やっぱり、さみしい、、、。



5月3日、これは生前のハナの最後の写真になりました。