goo blog サービス終了のお知らせ 

よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

冬の花

2018-02-18 11:19:04 | 自然の不思議

冬に咲く花は少ない。
山茶花は咲く前に雪にやられ開くことはなかった。
部屋には母から託されたクリスマスローズが咲き出した。
この開花期は長いので冬中楽しめる。
いつもならヒヤシンスもあるのだが、買い損なって今年はあの紫がないのが寂しい。
そんな私のこころを思ってか白い5弁のしかも香りのいい花が開き出した。
それはレモンの花、びっくりである。しかも40ほどの蕾がある。
しかしその反面葉っぱがひらりひらりを落ちて、裸寸前になっている。
これはやはり異常自体としか言えない。実も付けることはないだろう。
手立てが分らず、毎日はらはらしながら眺めている。



古代米を入れて韓国風の巻寿司を作ってみた。
古代米の紫と海苔の黒と卵の黄色と、緑の小松菜、人参、沢庵を巻き込んだら、冬の花になった。
ごま油とごまと塩が入っているが、結局お酢と醤油につけて食べた。
お寿司ご飯は、やはり酢飯が口に合う。



1週間後に1月に結婚した花嫁が帰山する。
春は近いだろうか。














ジュエリーロード

2018-02-17 10:22:14 | 自然の不思議

朝、雪の道をアキと散歩する。
そこはジュエリーロード。
雪の上に朝日が当たると、雪の粒はピンク、紫、緑、青と様々な色に輝く。
それを名付けて、ジュエリーロードと言う。
輝くからきれいなのか、輝くと言う言葉を使う以前から私の身体が反応するのか。
どちらにしても歩くのが愉快になる。
だって、宝石の道、ジュエリーロードを踏んで歩くなんて、なんて贅沢な。

しばらく歩くと右の山に上に家があり、そこに続く道の下に50センチの雪の割れ間が2mほどある。
そこから2、3センチほどの氷柱が数十本並んで垂れ下がっている。
それが光を反射してまるでクリスタル、名付けて、クリスタルパイプオルガン。



もう少し歩いてみよう。すると雪の上に轍がある。
その車の轍の模様は、スノウスタンプ。
白い世界は芸術家揃いだ。



足の下には7色に輝く宝石、頭上を見上げれば空に大きなダイアモンド。
馭者座のカペラ、牡牛座のアルデバラン、オリオンのリゲル、大犬座のシリウス、子犬座のプロキオン,そして双子座のポルックス。
それらを結ぶと巨大なダイアモンドになる。

手に取れば消えてしまう儚い宝石、手に届かぬ大きな大きなダイアモンド、だから宝物なのかな。
雪に閉ざされることでこころを定めると、見えてくる宝石はいっぱいそこらに転がっているかも知れない。










大雪郵便事情

2018-02-15 20:08:29 | 日記

輪島市のチベットと言われるほど奥で雪も多い。
参道からここまでの道を市道になってから除雪車が来てくれる。
参道の下は県道でいつも6時前には除雪されているが、管轄が違うここは一番最後の仕事になるらしい。

去年から女性の郵便屋さんが車で集荷に来てくれる。
雪が多くて上がれそうもないときは参道の下の車庫に置いてくださいと言っている。
この積もり具合だと上まで来れないよと言う私の言葉を住職はいや、大丈夫だと言い残して用事に出掛けた。
案の定、登って来れたが方向転換後、動けなくなりスコップで雪をどけたり押したりしたが動かない。
そこで唯一の男性をの住人に声を掛けたりして、20分ほどしてどうにか動くことができた。
男は、いつも自分を基準に考え相手のことがどうして思い遣れないのだろう。
それからは荷物があるときは下の車庫まで持って行くにしている。

時にこちらのサインが必要な時は30センチの積雪を下から200mほどを靴で登ってきてくれる。
「たいへんですから、電話をくだされば下まで持ちにいきます。」と伝えるが、ケータイが圏外で使えないらしい。
今日は昨日の除雪の後、ほとんど積もらなかったのでバイクで配達に来た男性の方だった。
除雪の雪が山となって塞がっているので、ここで5世帯分を一括して受け取っている。
各家毎に並べ、「いつもありがとうございます。」とお礼を言われた。
閉め始めた玄関をまた開けて入って来たので「何かありますか?」と聞くと「いや。」と答え「これが、、」と言って反対になっていた新聞を方向を揃えて戸を閉めて帰っていった。
「すみません。」と私が頭を下げた。
外は大雪で寒い。でも心がほわっと温かくなった。



一昨年のことだった。除雪車の人が参道の邪魔になった枝を次々に鋸で伐り、木を根こそぎ押し倒し、そのまま帰っていった。
あまりのひどさに私は市役所に事情を伝えた。
次の日、除雪の会社の社長さんが誤りにいらした。
それまで運転手さんにお茶を持って飲んでもらっていたが、それからは受け取ってもらえなかった。
一言事前に伝えてくれれば、通じ合えたのに、残念でならない。

郵便屋さんも除雪の人もここまで来られるのはたいへんなことで、いつも有り難く思っている。
クロネコさんも、すみません。
いつも思う、便利だけれど、必要最低限にしたいと。








半纏

2018-02-12 20:27:49 | 日記

今、これを書きながら半纏を着ている。
日常的にはこれを着ていると仕事ができない。
しかし、お風呂上がりにはこれほどゆったりとほっこりする冬にあう衣類はない。
最近は化繊が出て軽くて動きやすいが、暖かさから言ったらこれに勝るものはない。
確かにダウンジャケットは暖かいが、衣擦れの音がして落ち着かない。
やはり炬燵にあたってくつろぐには綿入れの半纏が一番似合う。

子供らも家に帰ってくると誰もが半纏を着る。
やはり気分的にも落ち着き、家に帰ってきたと言う安堵感がするのだろう。
都会的になったと思われる子供らも半纏を着た途端、不思議と山猿か田舎の子供になるからおもしろい。



綿と言うのはほんとうに不思議だ。
1本1本の植物の繊維が密集して、その空間にいっぱいの空気を含む。
弱点は濡れると重く乾きにくいが、これほどふっわとして柔らかくこころまで和む繊維はないと思う。
あまりに着心地が良くて、もう何度か上の布を張り替え?たか知らない。
きれいな柄だからと言って絹にすると、やはりすぐ袖などが綻びてしまう。
娘用にと大きな椿の模様にしてところ、彼女は地味な木綿を選び、それを私が着ている。
アキに袖口を引っ張られたりして切れてきてしまった。
来年にはまた上掛けをしなければならない。
そのようにして、また何年も着ることができる。
その柄を選ぶのもたのしい。



紺地の半纏は娘が幼い頃書いたものをステッチにしてみた。









セーター

2018-02-10 10:14:17 | 日記

先日の美の壷でセーターを取り上げていた。
その後、また朝日新聞で御手洗瑞子さんの記事が載っていた。
偶然なのかタイミングなのか、また私が両方見てこころのどこかに引っかかっていて今記事を書いていることも思えば何かが同調したのだろう。



この編み目はサッシで、遠く見えるのが住職が屋根雪を降ろしているところ。

冬は自分で編んだセーターを着ている。
ここに来てそれまで持っていたものでは寒かったことが一番のきっかけだった。
冬は雪で畑仕事から解放され、炬燵での手仕事の時間ができた。
それまでセーターなど編んだことはなかった。
必要に迫られて最初子供らの靴下から始まり子供のセーター、そして自分のものなど、大小20着くらいになっただろうか。
難しかったのは靴下、踵のカーブをどう編むのか、本と睨めっこで編めるようなった。
それが出来ると後はそれほど難しくなかった。
むしろいろいろな編み方を知るほどにデザインのバリエーションが広がりだんだんとおもしろくなった。
靴下はすぐ底が薄くなるので細い糸を何本か束ねきつく編むことで乗り越えた。
しかし子供らの運動量の方が勝り、またすぐ穴が空いてしまい、底は布を当てて繕いをした。
毛糸のおもしろいのは自分で糸を組み合わせることが出来ることだ。
それにいつ何時でも止められ、また始められることも主婦にとってはありがたい。
またうれしいのは、編み直しが効くこと。私のセーターのほとんどは編み直しとある糸から組み合わせたものだ。
私にとってはそれが何よりもおもしろく、編み物の醍醐味になっている。

御手洗さんのお仕事は東北地震の復興の一貫としてやっている。
しかし単なる支援に終わっていない。
編み手にも責任とやりがいと誇りを持って取り組むことに力を注いでいる。
彼女はプロデューサー的な役目を担い、編み手は作り手としての役割を担っている。
つまり同等の仕事仲間として経営をしている。
彼女の凛とした立ち姿は美しく、編み手たちの楽しそうな雰囲気が印象深かった。
セーター1枚、7万円 オーダーのカーディガン、15万円。
そうか,作り手がいて、買い手もいる。そして仲立ちをする人がいて成立、なのだ。
編まれたセーターにはそんな暖かさも加わって、ぜったいあったかいに違いない。



紫の縄編みのカーディガンを母への誕生祝いにプレゼントしたところ、晩年になって「重い。」と言って着なくなった。
それを今私が着ている。若い時には着られなかった紫色が今は妙に気に入っている。
それだけ年を重ねたと言うことだろうか。
でも、まだまだ、重さは感じません。
手編みのセーターって。ほんとうに暖かいんですよ!