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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

冬の読書ー人新世の「資本論」ー

2022-02-22 09:47:41 | 日記

やっと読み終えた。横文字や専門用語もあり難しかったが、言いたいことは大方伝わったと思っている。
これは単なる情報としてでなく、知識として学び、そこから行動せよ、と喚起された。
というところで私は何からしたらいいのか。



知っているようでも知らないことが書かれ、一見良さそうで落とし穴もたくさんあって驚かされた。
脱成長コミュニズム、これがキーワードで今の資本主義を鋭く突きいくつかの事例を紹介している。
これによって気候変動問題、貧困問題解決の道筋が可能だと言う。
人と人の顔の見える交流から信頼関係を築く、これが遠回りのようで確実な社会に育つと。

もともと土地は誰のものでもなかった、森林も水もそれを経済の資本、お金儲けの対象にしてはいけない。
基本的な食料になる畑も田んぼも、インフラの電力、交通機関も最初から考え改革をすべきだと。
身近な省エネをしつつ、大きな視野に立って行動せよ、と。

これに背中を押されて2つしようと思ったことがある。
一つは「大糸線廃止記事」地元の人の声より赤字だからと廃止しようとしているニュース。
私は甲府生まれで山にスキーによく利用させてもらっていた。
今も能登からの帰省や登山に利用している。
新宿から南小谷までは「特急あずさ」でそれに乗る。最近は全て指定席となってしまった。
それが12両?編成でいつもその車両には2、3人、ガラガラなのだ。しかも松本からまた2両増接される。
松本からの乗客を入れてもまだ閑散としている。
1日に走る本数から考えてもあまりに勿体無い。
JRとローカルの違いはあるだろうが、日本全体、省エネから何を考慮すべきか歴然だ。
私のような何も知らない小さなものが言っても何も変わらないのだろうが、怒りと寂しさは消えない。

ゴットンゴットン、谷間をうねりながら小さな可愛い駅を1両の大糸線は走る。
10数人の見知らぬ人たち、でも方言から伝わる温かみが感じられる。
人は少なくても特急あずさのような素っ気ない空気はない。
人は何を大切にして生きていきたいのか、もう1度、原点に帰って初めて欲しい。

この内容を、「朝日新聞のみんなの声」に思い切って投稿しようかと考えている。
なんの原動力にもならないだろうが、この事実を知ってほしい。
その前に、採用されるかもわからない、、。



これは前回の本、よく見ると暗い中にテントが見える。
そうそう、佐藤愛子さんの本は痛快、むしろ若い人たちにお薦め。









肉まん、あんまん作り

2022-02-19 10:27:09 | グルメ

冬、恒例になったキムチ作りと肉まん、あんまん作りを娘と友人でしている。
食べる人数8人、作る数60個、午前の10時過ぎから始まった。
作る間中、おしゃべりが止まらない。これも美味しさになる重要な要素だ。
ところが、発酵の段になりなかなか生地が膨らまず思いのほか手間取ってしまった。
「去年はもっと早かったよね。」とお互いの記憶を頼りに進める。
そこで去年の暦をチェック、すると10時から1時で終わっている。



お昼ご飯として始めたものの2時を過ぎ、3時を回ってもまだ思うように膨らんでくれない。
そこで2次発酵を炬燵の中に持って来た。
肉まんには大分の娘婿の家からの椎茸、友人の友人からの手製の筍の缶詰。
あんまんが私の担当、前日から小豆を煮出し、当日に胡麻を擦って煮詰めた。
小豆も胡麻も私が育てたもの、小豆と胡麻からも香ばしい香りが漂い美味しさを約束してくれる。



4時となり、みんなのお腹も限界になってきた。「もういいか、もう蒸そうよ。
それから10分、熱っつ熱っつの肉まんが出来上がった。
みんなはハフハフ熱い息を吐きながら一気に食いつく。
食べるのと、美味しいを連発しながら僅か数分で9個入りの木の蒸し器2台分が消え、続いて蒸された端からなくなった。
多い人で7個、「えっ、ほんと?」と経木の枚数を数える人も、少なくても4個はそれぞれの胃袋に収まった。
そこであんまんの登場、「うん、美味しい、甘さもいいし、胡麻の風味が効いてるね。」「ラードがなくても十分だね。」
食べだしてから10数分、みんなの顔はホッカホッカになっていた。



「来年もしようね!」「うん!」力強い返事が即、返ってきた。
2人は1時間、2人は30分掛けて暗い雪道を帰って行った。「車、気をつけてね!」

夜空には満月を過ぎた月と、オリオンが上がっていた。
寒い日の、あったかい1日だった。











冬の読書ー極夜行ー

2022-02-16 11:03:00 | 日記

私の読書時間はほとんど冬になる。
雪原を見ながら炬燵に当たって、ようやく落ち着いた時間となる。

その読書だが、どうしても自分の関心のある分野に限られてしまう。
手に取る本は養老孟司、山極寿一、福岡伸一、すると自然科学的な分野、それと原田マハの芸術分野の小説くらいかな。
今回人から勧められたものを読み始めている。
その一つ、「極夜行」角幡唯介
これはグリーンランドの闇夜を犬を連れて単独行動の80日間が書かれている。
ノンフィクションなのでとてもリアルでハラハラドキドキしながら読み終えた。
人は闇の中で何を思いどう行動するか、しかも極寒と食糧危機、その上できるだけ文明の機器を持たないスタンス。
いつも死に晒された状態で何ができるのか、どんな行動を起こすのか、極限での精神状態と感覚はどう働くのか。



秋田犬のアキ、きっとアキだったら途中で逃げ出すだろうな。

読みながら途中で、もしかして犬を食べるのかなと息が荒くなり、つい最後のページを開いてしまった。
どうしたかを書くと読む楽しみを奪ってしまうので、止めておきます。
私だったら生きて帰れないし、その前に行くことなどしていない。

ほとんどの冒険者は男性であり、その多くは他者との戦いだ。
しかし彼は極限の中で自分と向き合うことを選んでいる。
しかもそれは単なる挑戦でなく、その中で至福に浸っている。多分それがないと進めないだろう。
そして、自分の感覚を捨てることで絶対他力的な感覚を覚え信仰の原初的形態を理解したと書いている。
でも、私は自分の感覚を自分で捨てることができるだろうかと疑問に思っている。分からない。



炬燵猫のユキとテト 親子です。

確かに人から勧められたことによって今までとは違う世界に入れるのは面白かった。
次回は「人新世の資本論」斉藤幸平だ。
今読み進めているが、難しい!











冬の遊び

2022-02-14 09:30:59 | 日記

住職が息子の代になって冬、子供らに雪遊びをさせようと企画し、今年は4家族11人が集まった。
本来は京都や金沢からも2家族が来る予定だったがコロナで断念したようだ。

遊びだけでなく珠洲から友人を招きうどん打ちも準備していた。
2泊3日、うどんだけでなく手作りパン、餃子、鍋、カレーなど食べことも入念に用意。
雪原からは久しぶりに子供らの悲鳴に近い声が聞こえていた。
ところが雪遊びは1日目の夜の雨で雪がじゅくじゅくになり手袋も濡れて室内に移った。

そこで始まったのが、ゲーム。
女の子はダンボールが欲しいといいそれで猫の小屋を作りペンで絵を描いて猫を誘い入れて遊んでいた。
男の子、トータルで何時間だろう、もう夢中、人の声など入らない。
私の方が根負けをして好きなようにさせていた。
それに対し私は強引に止めさせたらいいのか、どうなのか迷っていた。
私の子供や孫だったら怒っただろうがそれができなかった。
ちょっと、音を小さくして、がやっとだった。

折角ここまで来てゲームでは勿体ない。
私が子供だった頃は遊び道具から作って遊んでいた。
そこで親達に提案をした。カンジキを作って雪の上を歩かせるとか、竹でスキーを作って滑らせるとか考えたら、と。

それにしても男の子のゲーム好きはどこから来るのだろう。
ほとんどが戦いだ。ゲーム上のこととは言え勝ち負けを付けたがる性なのか、命が第一とする私からしたら呆れるどころかバカらしくなる。

私の冬の遊びの一つに、手仕事、物作りがある。
炬燵に当たりながら編み物をしていた。子供のセーター、靴下、12足、そしてその繕い、私と母のセーターなど7着。
母の晩年、セーターが重いと言われたほどそれは厚手のものだった。私はそれは寒さ対策の必需品になっている。





今年、以前から気になっていたスーツを袋に仕立て、裂織の帯で鍋掴みを作った。
生地は上質で、もう着ることはなく、捨てるに忍びず思い切って鋏を入れた。
それにしてもこの派手な上着、いつ着たのか記憶にない。
きっと、友人の結婚式とか?








2月の誕生日

2022-02-08 21:37:20 | 日記

2月、一年で一番寒い時だ。
その6日に娘が、そして7日は私の誕生日。
1日違いの誕生日なので、いつも一緒に誕生日会をする。
ところが生憎天候などの都合で一時延期となった。

また3人からケーキが3種類、そして山友達からフルーツセットが届いた。
どれも程よい甘さとみずみずしさが口の中で広がり、みんなの想いが染みた。



誕生日をひとりで味わいたく、雪道を歩き出した。
父も母もいなくなり、その前に弟二人を亡くした。
六回目の寅年になった。
特に大きな病気もせず、こうして元気て生きている。
歩きながら、「ありがとう。」と思わず口に出て、涙が溢れた。



私が生きているのでなく、命の働きだと仏教では言う。
仏様に唱えたものでもない、でも白い世界を一人歩いていると何かわからないが不思議と清らかな心地にさせてくれる。



いつしか私の後ろにアキが付いてきた。
「何しているの?」とアキの目が私に問う。「うーん、別に。」「帰ろうか。」
参道を上り、現実に戻っていった。