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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

散歩のお伴-2-

2016-01-29 12:48:24 | 日記

「よく散歩にいけるね。」とここの住人からも言われている。
猪を見てから、流石に私もはらはらどきどきの散歩になっている。
だからまだ暗さが残っている早朝とかは避けているのだが、もうハナがじっとしていない。
窓越しに私の顔をじいーっと見るので、どうしても行かざるを得ない。



ヒヤシンスが咲き始めた。終わったら土に植え替える。その頃には雪が解けるだろうか。

その散歩のお伴を私なりに見つけた。
「みんなの歌」の本、これは息子が小学生のときのもので私の懐かしい歌も満載されている。
それをポッケに偲ばせ、忘れた歌詞を見ながらできるだけ大きな声で歌う。

次は笛、と言っても練習用のもので音を出すだけのもの。
最初、音が出なかったがある時から急に音が出るようになった。それを吹きながら歩くのだが、右手が冷たくなって途中からポッケの中へ。
それとこの音が私には苦手だと言うことが判明した。
いい音ほど私の頭を切り込むようでこの頃はもう笛を止めてしまった。
折角横笛を習おうとしたけれど、私には合わないようだ。

それで思い出したのが「鈴」。
これは私が独身の時、最初に行ったスイスで買って来たもの。
まさか今になってそれが役立つとは、時間と言うのは本当に不思議なもの。
これだとポッケの中で鳴ったり、手袋の手にも持って鳴らすことができる。
「シャン、シャン、シャン。」トナカイのような牛のようなメルヘンチックで気に入った。



鶏の餌やりとお風呂焚きの当番が一番の大雪の時に当たり、目の高さに迫った積雪。
鶏小屋から本堂を見て。

ところが、一番怖いことがあった。
それは路面の凍結。数年前私はこの道路で滑って腰を打ち、それ以来負荷がかかると辛くなってしまった。
ハナも今では座ることができないほど後ろ足が不自由になっている。
だからもう無理はできない。もしここで転ぶと歩けなくなるかもしれない。
駆け足になるハナのネックヲ-マーを掴み、途中から引き返して来た。

道の両側の田んぼにはまだ猪の足跡は見られない。
どうか、これからも出逢いませんように!

こんな呑気なことを書いている冬、世の中は物騒なことや倫理観の問題などが話題になっている。
今日から高浜原発再稼働、北朝鮮のミサイル発射の準備らしきニュースが報道された。
価値観の違い、経済の格差などいろいろなことが絡み合い、これらをなくすことは難しい。
でも,人間の命と言う原点に立ち戻れば自ずと分る筈、と言うのはあまりに楽観的なのだろうか。



羊さんのような秋田犬ハナ。






冬の手仕事-1-

2016-01-27 11:12:55 | 日記

さて、今年の冬籠りは何をしよう、と考えていたところに目についたものがあり勝手に手が作動してしまった。
娘が学生時代着ていた半纏がぼろぼろになってしまった。
今は違うものを着ているので特に必要ないので部屋の隅に置かれていたのが、日に日に視界に大きく入って来た。



本来半纏の表には丈夫な木綿の布を張るべきものを、私が気に入った絹のものを母に縫ってもらったものだった。
「そうだ、これを掻巻として使おう。」
この”かいまき”と言うものの名前も忘れていた。”どてら”とも言うらしい。
毛布が普及され、もう”綿入れ”のものがだんだんと消えつつある。
北陸の夜は冷える。どうしても肩が寒いのできっと温かくなる。
人前で着るつもりはないが、やはりそこにも美しさがないとつまらない。
そこで私の古布の赤地に桃色の大きな椿の布を当て、これに決めた。

ちょっと気になるのは縫い方だ。着物の布のすばらしさは直線裁ちなのでリユースできること。
しかし、既に裾や袖口の下の綿が丸まっていたこともあり、きれいに覆うことができなかった。
それでもその華やかでどこかあどけない柄は昔の少女の面影を彷彿とさせ、そのまま部屋に掛けてある。



光の加減もあるが、それにしてもひどい縫い方で恥ずかしくなる。
これを母が見たら、きっとやり直しをさせられるだろう。

大雪の後は雨になった。今朝のローズピンクの空は一転してグレーの布で覆われた。
そんな中、赤と桃の半纏は薄暗い部屋に花を咲かせてくれる。

私は普段、手編みのセーターの上に袖のない綿入れを着ている。
これが現代のフリースより断然暖かさが違う。
これも、擦り切れたらまた上から布で覆い、また新しい綿入れに蘇らそうと思っている。
冬の暮らしに、またどんな花を咲かせようか、今から楽しみにしている。













除雪-3-

2016-01-24 10:59:45 | 自然の不思議

一夜にして、この炬燵のある今から畑が見えなくなった。
雪見障子の向うは、雪の壁になった。
左に目を向けるとストーブがあり、そこのガラス戸から細かい雪が渦を巻いているのが見える。



朝6時半に目が覚め、そのまましばらく寝床であたたまっていた。
昨日、柳田の中谷家で会合があり、帰宅が10時近くになった。
めったに夜出掛けない私たちがそば切り仁の開店に向けての会合と言うことで、私は数種類の手料理を準備した。
会合は14人ほどの地元に人たちや開店に携わる人が集い親睦とこれからの話し合いになった。
集まった多くは遠くは沖縄、鎌倉などの出身で、地元のことを知らない。
能登の歴史から学んで行こうと、勉強会も兼ねて進めることになった。
私たちも30年経ってもほとんど何も知らない、やはりここから、見直したい、そこから見えてくるものがある。
一人ずつの話を聞くと、漆のこと、水産のことなどおもしろい話が聞けた。
今、ようやく自分のことだけでなく、私たちと言う視点と行動の基点を得た気がした。
これからが楽しみだ。

そんなんで、ハナの寝る時間が遅くかったので、まだいいかなと思ったが、それでも気になり7時半になって階下に降りた。
ハナはやはり私が戸を開けるのを待っていた。
もう廊下から出られないので玄関を開けハナを促した。
しかし軒下から外は雪が積もり出られない。
そこでスコップで除雪したが、道路は除雪車がまだ入っておらずそれ以上進めなく、引き返して来た。
何度か試みたが、諦めてそのまま寝床に入ってしまった。
それにしても半日以上トイレをしていない、大丈夫かな?
早く除雪車が来てくれないだろうか。

私には大事な除雪がある。
甲府から持って来た金木犀、山茶花、タイサンボク、花カイドウ、百日紅などを雪から守ってあげなくてはならない。
特にタイサンボクと百日紅は雪に弱く、すぐ折れてしまう。

雪は私の腰より上まで積もり、人間ラッセルでどうにか木の下に辿り着き、持って来た竹の棒で叩いたり、揺すったりして落とすことができた。
途中、手はかじかみ、滝のような雪を被り、半分雪に埋まったり、雪に載ったりしながら約40分の格闘。
雪を戴いた風景は見応えがあるが,感傷に耽って入られない。

子供らが小さい頃、急病でここから脱出できなくなったらどうしようかと真剣に心配したが、それも取り越し苦労に終わった。
今はそれらの樹々も私の手の先の棒も届かないくらいに大きくなった。
ここに来て30年、雪が積もってここに閉ざされると、なぜか昔が思い出される。
















除雪車-2-

2016-01-22 11:09:25 | 日記

やはり書いておかねばと思いまた書くことにした。
あれから2回目の除雪車が入り、その後、その会社の社長さんがお酒と白い封筒にお金を添えて陳謝にいらした。

その時の応対は住職で、運転手はまだ木が邪魔になると言っていたそうだが、社長さんは平謝りだったそうだ。
地元に会社を持ち、地元に暮らすと言うことは顔が見えるお付き合いをさせていただくと言うことなのだと思った。
気持ちが少し楽になった。
してしまったことは、もう取り返しがつかない。それをいつまでも言っていてもいい関係は築かれない。
けして忘れられないが、これを教訓にしてもらえばと思っている。
こちらに非がなくとも、ここに棲んでいることで冬は他のところより手が掛かり申し訳なく思ってしまう。



参道を歩くハナ。

子供らがまだ小さかった時、雪原を一直線に歩く逞しい10人ほどの後姿があった。
私たちも買い物に出るときは、下まで参道をラッセルし、そこから車で街へ出掛けていた。
その頃はそれが当たり前で、たいへんだけど、それほどたいへんとも思っていなかった。
まだまだ、若かったこともあるのだろう。
でも,一旦車で上まで上げれるようになるともうそれが当たり前になってしまった。
1度楽をしてしまうと、後戻りは難しい。



今朝の散歩。

あの倒された木は、春には芽を吹いてくれるだろうか。



2回目の除雪後。




















キャベツの千切り

2016-01-20 19:26:29 | グルメ

お正月の時だった。
私はみんなの帰省に合わせてキャベツを作ってる。
今年は暖冬でいつもより甘みはないかもしれないが、それでもキャベツはきゃべつきゃべつしている。
つまり、しっかり巻いてあり、噛んだ時に反発がある位弾力があってキャベツの匂いと味がする。
それは、私の言葉では表現できないほどの繊細で尚かつ独特のものがある。

「うまい! 市販のものと全然違う。」と言うのが子供らの去年の反応だった。
私がキャベツを切っていると、息子が「ちょっと貸して。」と切り始めた。
その後水に晒し、流水で洗い始めた。

出来上がったものは、黄緑色の柔らかい針によって組み立てられた現代建築だった。
「うつくしい!」これがキャベツなのかと思われるほどの見事な盛りつけだった。

「全然違う!食べてみ!」住職が声を挙げた。
軍配が上がったのは、私が切ったキャベツだった。
けして太く切られたものではない。かと言って料理修業中の息子のものほど細くはない。
でも,その歯応えと、何よりも味の違いが歴然とした。
「キャベツの味がするだろ。」
「そうか、そうなのか。」
息子も食べて納得したようだった。

専門になればなるほど周りが見えなくなることがある。
見た目に釣られて物の本質が見えにくくなることがある。

ここで育ったのだから、これぞ、そのものの味、と言うのを生かしつつ、料理していってほしい。



私のキャベツの千切りと自家製チャーシュー。蕪寿司など。



畑から廊下に持って来た野菜たち。