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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

お弁当

2018-08-31 21:58:31 | グルメ

次男が八王子に出張となり2週間ほどお弁当作りがおやすみになった。
ところが、今度は長男がバイトを始めることになりお弁当を作らなければならない。
ところが、「僕、自分で作るから。」「えっ。」

4人の高校時代と次男の7年のお弁当作りが続いていた。
もう目覚まし時計がなくても5時40分には目が覚めてしまう。
6時を回っても階下で音がしないのでしたに降りると、そこには長男の姿が。

あるタッパーにはごはんが詰められ、ごはんの上にはおかかに醤油、その上にごはんと梅干しに海苔。
おかずはウインナ、卵、鮭、トマト、整然と納まり量もたっぷり。
うーん、私より美しく豪華。

自らする、と言い出したのは、私のお弁当より自分の方がおいしいと思ったのか、私にお休みをくれたのか、大人になったということか。
そう言われた母は、戸惑った。
うれしいと言うより、どこか卒業したような寂しさに似た思いが出てきたのに自分でびっくり。
夏は明るくて涼しい朝。具材もバラエティーに富んでいる。
ところが、冬は暗いし寒いし大根と白菜くらいで乏しい。その中でどうにかやりくりをする。
それでも習慣になると、どこかでそんなものとおもってやってきた。
バイトも1ヶ月、任せるしかない、いや、大いにやってもらおう。
2週間後には次男も帰って来るのでお弁当作りも復活せねばならない。
そうだ、次男の分も2人前、作ってもらおうかな?!



お弁当ではありません。



パエリア。今のところ毎日ふんだんにトマトを使っているが、この雨でもう終盤を迎えた。

降り出した雨が止まらない。
我が家の庭は水浸し、となりの和室は黴臭い。
ここに来てびっくりしたのは雷の多さと大きさ。
稲妻の閃光と落雷の振動に夜も眠れないくらいだ。
ところが、アキは割と平気なのに、こちらがびっくり、ハナは奥まったところに移動して納まるのを待っていた。
どちらが強いのか、判断がつかない。













送られてきたぶどう

2018-08-28 14:46:48 | グルメ

ジャズライブにとTシャツとYシャツの藍染めを娘婿に頼まれ染めて送ったところ、ライブにYシャツを着てネクタイを付けてドラムを叩いていた。
後日、お礼にと見事なぶどうが届けられた。
「はぁ、ぶどう?」「大分にもぶどうってあるの?」
甲府生まれの私は驚いてつい素っ頓狂な声を電話口で出していた。
ぶどうは甲府でしょう。桃も山梨で、父も退職後は桃作りをしていた。
だから夏になるとぶどうと桃が何回も甲府から送られてきた。

今は両親も亡くなり果物が私たちの口に入ることがほとんどなくなった。
春のサクランボにはじまり、秋の梨、リンゴ、栗など10種類以上父の農園から届けられた。

そうか,今は大分でも葡萄か、ぶどうによって時間の経過を知らされた。
送られたぶどうは7種類、どれも立派で知っている品種は1種類だけ、しかも甘くておいしい。
種もなく、皮毎食べられる。そうか,今は、そんな時代なのか。
おいしいのに、何故かちょっぴり寂しさが口の中で広がった。

そう言えば、甲州ぶどうという品種があった。
色は薄い桃色、大きさも中位で、甘みもあったが酸味が特徴だった。
急にその味を思い出した。
決して見栄えがする大粒の房ではなかったが、その味が私は好きだった。
やはり、果物は酸味がくだものたるもの、という持論。
それが何もかもがただ甘くなってしまったように思われる。
それが私には寂しい。それは両親の味かも知れない。

「いやぁ、びっくりしました。あまくって、みずみずしくて、おいしかった!」
これは偽りのない感想で、さっそく娘に電話したのでした。



大分食べた後のもの。

噛み締めるぶどう、か。
呑み込むぶどうは、過去のぶどうなのか、、。



ぶどうはお好みでなかったアキは木切れを噛んでいた。










encore

2018-08-21 20:49:09 | 旅行

18日は娘の彼のジャズのライブで東京に行ってきた。
彼はどら息子ならぬ、ドラマーであり、お坊さんでもある。
ピアノ担当の彼がボストンから帰国すると、ベーシストと3人でトリオを組みライブをする。
今回は東京で3回あり、最終日の神田tucでのライブに出向いた。
私の学生時代はジャズが流行っていて、何度か聞きに行ったことがある。
ジャズは小さな空間なので演奏者の息遣いまで届きそうでその臨場感が堪らない。
彼もニューヨークでやっていただけあり、プロ並み?、いやプロなのかな。
心地良いリズムと流れでそれに浸って、日常を離れ、楽しい東京ツアーになった。



翌日は金沢で小田和正のライブ、二夜連続の非日常、特別な時間と空間を過ごした。
1万人ほどのトップスターのライブは初めてだった。
その規模、人数、音量、照明、演出、そしてみんなの熱気に圧倒された。
その熱気はこちらまで感染して、いつしか私もその中に吸い込まれていた。
大写しになった小田本人の素直さと真剣さと、うれしさが伝わってくる。
観客の笑顔が幸せに溢れていた。



歌って、人をこれほどまでに笑顔にし、幸せの世界に運ぶ力があるのか。
音楽って、この「いま」を 今、今、今、と積み重ね、その「いま」を消すことさえできる。
いやぁ、時にはこの日常を離れて音楽に浸るのも悪くない。
これで当分、この忙しい日常をやってゆける。

ところが、帰宅して、さっそく畑に出ると、何とサツマイモがイノシシにやられていた。
あーぁ、今年も食べられないのかな。
現を抜かして遊び呆けていたからなの?
がっくり。

encoreは再び。でも、猪はごめんです。










私の夏休み

2018-08-13 11:27:16 | 日記

年に一回、1週間ほどの連休、私の夏休みだ。
何しろ私が出掛けない限り、365日、まあ355日位、毎日3食しかもお弁当付きの毎日。
それから解放される貴重な1週間。
「えっ,まだ10時?」
いつもだと住職中心の、坐禅、朝課、掃除、体操で朝食は8時半過ぎ。食べて片付けやお洗濯などですぐ9時半。
いつもだとそれから畑仕事、染物などで1日動きっぱなし、夜しかパソコンを開いたことがない。
私のリズムで動けることの何と言う心地良さ、開放感とストレスのなさ、正に私の夏休み。

半年振りで本を開いた。角田光代、この人を知ったのは旅のエッセイだ。
決して器用でなく,飾り気のない人柄が好ましい。
しかし,そこは小説家、観察眼と目の付けどころがおもしろくつい引き込まれてしまう。
小説はそれに推理小説の要素もあり最後まで私を引っ張って行く。

私の読書量は少ない。冬以外は日常的には動きっぱなし。
私の中で夏ははらはらどきどき,冬はじっくり,少し難しいものになる。

雨が降って,畑の水やりもしなくていい。涼しくなって,机に向っている。
後何冊読めるだろうか,量より質、少しは身に就くものでも開けばいいのに、、。
多分、私のこと,その内また染物に手を染めたりするかも、、。



先日のALTの染物体験。

と言っても次男がいるのでごはん作りも,お洗濯もしています。
アキのお散歩もあります。



爽やかな香りの蓮。

雷が早朝から鳴り出し、雨がたっぷり降って涼しい風が家まで流れ、畑が潤い、水不足も解消されほっとしました。
たったこれだけのことなのに、随分長い夏休みのような気がして、私が生き返った気分です。



羽根を広げ,蜜を吸っている、キアゲハ。
あなたも生き返ったかな?











セグロアシナガバチ

2018-08-10 21:12:28 | 自然の不思議

セグロアシナガバチ、だと思う。それを踏んでしまった。
廊下を歩いていたところ、突然右足の指に痛みを感じた。
その痛みたるや近年知らなかったほどの痛みが全身に走った。
右手で他の足の指を抓りその痛みを分散させようとした。
どのくらいだろうかしばらくは身動きができなかった。
ようやくその正体を見ると、どうもセグロアシナガバチらしかった。

ちょうど鍼灸をしている義弟が来ることになっていたので処置をお願いして冷やすことだけをして待っていた。
その効果か,腫れと痛みも1日で納まった。

そして先日、今度は長男が蜂に刺された。
紫陽花を剪定していたときのことだった。
余りの突然過ぎて避けることもできなかったと言う。
翌日、彼は同じところを蚋か虻に刺されそこが膨れ上がって痒みもあって薬を飲んで対処している。

雨が降らず,いつもより蚊とダニが少ないように思われる。
その分か、偶然か二人が蜂に刺されてしまった。
人によっては呼吸困難になることもある。
幸いこの程度で済んだが,蜂の怖さを思い知らされた。
あの小さき生き物の中にあれほどの威力があるとは。
確かではないが,動物によって人が亡くなるのは,熊とかの大きなものでなく,蜂とかダニとか小動物の方が数が多いとか。
侮るなかれ小動物、生き物はいつも必死になって自分の命を守っているのだ。





その点、これらの昆虫の何と可愛らしいことか。
そう言えば,日本蜜蜂が最近少なくなり,ここ数年巣箱に蜂の姿はない。