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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

六角文庫の草画帖

2019-08-30 11:49:52 | 日記

ここで穫れた野菜を送ったところ、六角文庫の草画帖が届いた。
以前は金沢に住んでいた彼ら、ご夫婦は今は北条に住んでいる。



彼らの知識は深く広い,話しだすと時代も世界も文化ももう限りなく広がる。
時が流れ、二人とも病気を抱え,あまり外に出ない。
でもありとあらゆることに精通している彼らは日々身近なところの些細な動きや変化を見逃さず,それを草などの茎の筆など使って墨絵や俳句に写し取る。

私は何をしているのだろう,私は何を見ているのだろう、と立ち止まる。
動いて動いて,何かを見落としてしまっていないいか。
この小さな画帖を見ると手元が止まる。
その世界と時間に浸ることが出来る。

おもしろいこと、不思議なことはそこらへんに転がっている。
彼らのようには出来ないが,忘れていた大事なものを見つけ出してみせてくれる。

ジャズの流れるあの空間にまた足を運びたい。



去年の朝顔のつるから朝顔が出て来た。








扇風機と虫の声

2019-08-28 21:47:43 | 日記

この居間に,今2台の扇風機がある。
この夏はこの2台が動いていたことがあった。
今までにない暑い夏だった。

雨が降り出すと今度は止まらない。
トマトは割れ、急に虫の声が閉じたガラス戸からも入って来る。
久し振りに晴れ上がった夜空に満天の星が上がった。
天の川は西に傾き、夏の第3角形もそろそろ退場するのかな。

この夏は娘達が来ていたり,来客が次々にあって,気が付くともう8月も終わる。
今、わたしの手は青いまだら模様と真っ青な爪に染まっている。
また明日も藍染めをしたいと言う人たちが来る。
この藍染めも夏の暑さを過ぎると、そろそろ眠りに就く。



畑は冬野菜の種蒔きを終えた。
食べきれないズッキーニを干したり,バジルペーストを作ったり,そんな夏もそろそろ終わる。



毎年のことなのに,いつも新しいような,忘れていたような,季節は動く。
もう,扇風機も、いや、もうちょっといるかな。
ユキはバッタやカマキリやチョウチョを追っかけて,いつしかもう片手で持てなくなった。
アキも夏毛が抜けて廊下はふっわふわ,これからは冬毛になるのかな。










カラスウリとトマト

2019-08-21 11:14:33 | 自然の不思議

カラスウリとトマト、この二つの共通点は何?

今年のトマトは最悪だった。途中から枯れ出し,もう収穫は望めないと思っていたがどうにか二回ほどトマトピューレが作れた。
今までで9種類、90本ほど植えた時があったが,今年は5種類だろうか。
だろうかと言うのは,交配したのか見分けがつかない。
その中の1種がカラスウリに似ている。



カラスウリは数年前友人の家の山から実を採ってきてその種を植えたのだ。
今まではそのつるを取ってしまったが今年はそのままにしていたところ白い蕾が見られ,そっと夜に覗くと、何と花を咲かせていた。
時計草もそうだが一日花、しかもカラスウリは夜咲くので,つい見落としてしまう。
それから毎夜覗くがタイミングが合わない。
その姿からしても幻想的で、夜と言うこともあって暑い夜がそこだけ白いカーテンに涼しい風が吹く感じだ。



カラスウリ、ところがこの花からは想像がつかない実を付ける。
そう,あのトマトの形の色に似た瓜状の大きさも5、6センチになるのでびっくり!
その名前はカラスしか食べないと言われたが。どうもカラスも食べないらしい。
でも、実は人も食べられるようで,特に根っこは漢方になるらしい。
植物の名前を調べると、そのものに申し訳ない名前が付けられていたりする。
遊び心なのか,意地悪としか思えないものもある。

雨が降って,雨が降り続いて,夜もいよいよ窓を閉めないと眠れなくなった。
先日、1時間ほどクーラーに当たったら,翌日から偏頭痛になってしまった。
もう,私の身体は全く文明の機器を受け付けなくなった。それこそ文明に因る危機かも知れない。
畑はいよいよ冬野菜の種まきの準備になる。



ゼブラトマトを使った冷やし中華







台風一過

2019-08-17 10:02:27 | 日記

北陸に来て、初めてフェーン現象なるものを知った。
湿気と暑さで息苦しい,甲府盆地の鋭角的な暑さと異なる。

台風が雨を降らせて去って行った。
28日振りの雨でこれでどうにか畑も喉を潤す程度でまだまだ水を欲しがっている。



今年初めてのトマトソースのパスタ。

今年のお盆はいつになく賑やかになった。
娘婿の花火好きのお陰で門前の花火を見ることができた。
今まで人ごみを避けていたが,開始時間10分前にも係らず花火を見る絶好の場所に陣取ることも出来た。

子供の頃父親に連れられてビルの上から見た花火の記憶くらいしかない。
その音は空気を振動させ,その色はパレットが空に炸裂したような多色と言うより光そのもの、その大きさは頭上の空を支配した。
私はもう「ウワー、ワーッ」声と言うより悲鳴に近かった。
そんな中で私はおかしな妄想を抱いた。
花火でこうなのだから、これが大砲や原子爆弾だったなら,逃げられない。

一瞬、一時の夏の空に咲いた光の大きな花は枯れることはないだろう。



友人がプレゼントしてくれたプレート、よろみと書かれている。

14日の夜は三男が地元のお祭りに店を出すことになり、一家総出でその準備をした。
出し物は巻寿司と鶏天、その利益を少しでも次の海外の旅費に当てるつもりだ。
何度か試作して祭りに望んだ。2点とも完売だったが,その材料費、時間を考えるとようやく赤字を免れた程度だった。
でも、おいしさは評判を呼び,地元の人たちとの久し振に触れ合うことが出来、「やってよかった!」ということでした。
小さな町の夏祭り、こんなのもいいな、と思った夏だった。



来客や娘達も帰り、ようやく静かな,そして寝苦しくない夜になった。
気が付くと虫達の鳴き声が大きくなっている。















日照りの夏は、、。

2019-08-13 06:14:32 | 畑仕事

アキの鳴き声で4時に起こされた。
4時15分、聞こえない。4時半を過ぎても聞こえて来なかった。

もう20日以上日照りが続いている。
畑は干上がり野菜達の悲痛な声が聞こえる。
「水が欲しい。水を!」
私の畑までは水野蛇口から40m近い、そこでホースを長くしてもらい水を撒いた。
でも人の手であげられる水の量はたかが知れている。
夕方になっても日差しは強く背中や顎から汗が流れる。
野菜の根元に枯れ草を敷いて蒸発を防ぐがそれも気休めかも知れない。



トウモロコシは狸に盗られることもなく豊作でした。

何しろ野菜がいつもより小さく皮が硬い。
それどころか葉も黄色く枯れて来ている。
日照りの夏は,おろおろ歩くしかない。

土壌の菌のせいか気候の具合かみんなのトマトが立ち枯れした。
私のトマト畑も枯れ始め,今年はトマトが食べれないと思っていたが,今になって少しづつ実って来た。
ようやくトマトのパスタを食べ,ストックもできた。
でも、例年の3分の1以下だ。
それでも種だけは採取した。



ニゲラ

藍染めは順調に続いている。
畑の水やり、染めと忙しい夏は終わらない。

とうとう一声の蜩の声が聞けなかった。
そうか、もう夏は終わりに近づいているのだ。
ヒグラシの声はなく「ホーシンツクツク」が聞こえた。
家の中にはバッタが紛れ込み,それを追ってユキが壁にジャンプしていた。
でも、逃げられました。