今日は午前中に晴耕雨読舎の後藤さんがいらして一緒にお茶を楽しんだ。
年3回、埼玉の家から能登の田んぼまで田植えに来られる。
埼玉でも田んぼと畑をやっていらして,本来は設計士さん。
彼の信条はそれぞれの家族がそれぞれの田んぼと畑をすること。
そうすることで日本の,いや世界のこれからの暮らし方が見えてくるという。
人間としての感性は自然とのふれあいから生まれる。
そんな考えに賛同する我らとは,すぐお友達になれる。
午後から畑仕事をして、お風呂上がりにごろりと横になりテレビを付けると,日本100名山の雨飾山だった。
位置的にも日本海を臨む新潟にあり、名前からして雨が多いことから名付けられたのだろうか。
それにしても、とても素敵な名前が付けられた山である。
私は何回登ったのだろうか。
まだ残雪が残る5月の連休、あの時は一人で雪椿の赤が目印となって雨飾山荘まで道案内をしてくれたので心強かった。
後で聞いた話では,熊が冬眠から冷める時で危ないこともあると知ったが,何事もなく下山することができた。
今回は他のテーマで書くつもりだったのが,山を持って来られるとわが青春時代にすぐ飛んでしまう。
山の始まりは父と兄弟3人との鳳凰三山、そして青春の始まりの瑞牆山と金峰山、そして終わりがこの雨飾山。
父も弟二人も亡くなり,山を思い出す度に懐かしさと悲しさが交錯する。
苦しくて苦しくて,でも背中を必死で追った山。
霧が晴れるとお花畑が広がり、夜には空を覆い尽くさんばかりの星の数。
あの空気、あの朝日,あの雲海、全てが輝いていた。
この秋、出羽三山を登ろうかと思っているが,このところの右膝の調子で行けるかな?
この雨飾山でもいいな。
これを目標に,筋トレをせねば、、。

これは参道で見つけたコケイラン、だと思う。

散歩の道の両側に,テンナンショウ、別名はマムシ草。










