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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

胃カメラ

2018-03-30 21:24:50 | 日記

この冬、胃の調子が悪く胃カメラの検査を受けた。
友人が次々に癌と言われ,私もようやく意を決して,胃カメラを飲んだ。
もう20年ほど前に一度検査をした時以来になる。

以前より胃カメラは小さくなったとは言え,喉を異物が通るのは穏やかでない。
ほとんどの人が麻酔をして臨むらしいが,心電図を取り付け,指先に酸素濃度なる測定器を付けられ,その上先生がなかなか来なかったこともあり、急に不安になって,そのまま受けることにした。
喉元を通るときの異物感は何とも言えない気持ち悪さがあったが,それを通り過ぎる頃から,どうにか耐えられるようになった。

それから3週間後の今日、細胞診の結果、どうにか癌は免れた。
待つ間、いつもどこかに,もしや,と言う疑念が付き纏った。
「どうですか?」「薬のせいか、症状はなくなりました。」「では、薬止めましょうか。」「えっ?」
「先生、細胞診の結果は?」「そうでしたね。」「癌は?」「癌の場合は,その時点で大体分るんです。」「はぁ。」
何ともおかしなやり取りに,肩すかしのような、でも、ほっとしたのでした。
「でも,毎年、検診はしてください。」「はい。」



水仙と薮カンゾウの芽

畑の雪もほぼ溶けて,いえ、私の畑だけが残っているのです。
なぜなら,道路の除雪の雪と日陰もあって,まだ土色が出てきません。
でも、このところの暖かさで,先が見えてきました。
今晩は,静かな,美しい月が昇りました。
どうにか,まだ,当分、大丈夫のようです。
この分だと、秋のヒマラヤトレッキング、行けるかな?














春の旅−友人たちー

2018-03-26 20:48:01 | 旅行

今回の旅の目的は堀文子展とお彼岸のお墓参り、それが友人に声を掛けたことで5泊6日の旅になった。
堀文子、99歳の現役の日本画家、それだけでも素晴らしいが、その生き様とその言葉に魅了され,いつかこの目で絵を見たいと思っていた人物だ。
その言葉を次回からピックアップして載せたいと思っている。

まずは東京、去年いらした方と意気投合して今回お世話になった鉄鋼のアーチスト。
そのマンションは明治神宮を借景に壁が真っ白で部屋も現代アートでまとまっている。
彼女はベランダで作品作りをしているとか,その「火」を見ているのが楽しいと語ってくれた。
その夜はおしゃれなお店で和食を戴き,すっかり1日だけの都会の人になってしまった。

次は鎌倉へ,そこは以前、私が東京へ出張料理をしていた縁で知り合った友人。
彼女は今も自宅で料理教室を開き,海外へもよく旅に出て、多国籍料理がいつも食卓に並ぶ。
その珍しい食材のことから話は世界に広がる。
自宅は長谷の高台にあり、昭和の雰囲気のお家が懐かしさを感じさせる。

次は豊田へ、中学校からの友人の彼女とはお互いの両親も知っていて,同じお寺さんにお墓があるので,一緒に甲府まで同行することになった。
その彼女とはよく一緒に山登りをしていた。
その登山記録が今回出てきて,二人で青春の山の思い出に浸り,結局夜中の1時過ぎになってしまった。
彼女とは5年ほど、北アルプスを中心に歩いていた。
その登山記録は私の青春の宝物。

次は甲府から韮崎へ,その友人は山梨の県立病院の総婦長さんをしてきた経歴の持ち主。
引退後も地域のためにボランティアもしている行動力と優しさと広さを持ち合わせた頼りになる友人だ。
その彼女とは秋にヒマラヤトレッキングを計画している。
さて、どうなるかな?

21日は友人とお墓参り、父と母と、そして二人の弟が眠っている。
弟たちの分まで、私はたのしく、おもしろく、そして精一杯生きる。
私は友に恵まれて、つくづく,幸せだと思った。

24日、中央線の車窓からあの懐かしい南アルプス、後立山連峰、北アルプスの雪の神々しい山々を眺めながら帰途に着いた。
与呂見は春めいていた。
さあ,動き出そう!














春の散歩

2018-03-16 10:06:49 | 自然の不思議

朝、アキと散歩をする。
参道は雪が解けたが,畑の上はまだ雪が積もっている。
春の陽気が2、3日続き雪の高さを計るように畑の支柱が数センチづつ顔を出してきた。
朝晩の冷えでまだ雪の上が歩ける。
それも毎日数センチづつ長靴が沈み込む。
でもアキは道なき雪の上を大はしゃぎで円を描いたり,支柱の間を駆け回る。
私が歩く2、3倍、いや5倍ほど行ったり戻ったりそれはそれはうれしそうに走る。



アキが田んぼにいた蒼鷺を追いかけている。私は時に走ったり、深呼吸してみたり、大きな声を挙げてみる。
そこにいるのは,私とアキだけ。
ふと足元を見るとようやく小さな蕗の薹が顔を出した。
一番先に咲くのは万作、春に咲く花の色は黄色だと言う。
梅よりも櫻よりも先に咲く黄色い花たち。
そうか,春は眩しい黄色から始まる。



最近兎に角、外に出ると眩しくて特に雪の反射で目を開けていられない。
そこで眼科に受診した。
幸い、今のところ白内障などの心配はないとのことでほっと安心。
でも、サングラスは必須とのこと。
私には三つのサングラスがある。
畑用はスキーをしていたときのものであられちゃんみたいな丸くて大きなもの。
後二つは戴いたもので,一つはアメリカ映画に出てきそうな小さめの四角くて黒いもの。
もう一つは,イブサンローランのイニシャルの入ったかのオードリーが掛けていたのに似ている。
似合う似合わないは別として散歩に欠かせなくなった。
その散歩道に今日はまた雨まじりの雪が降っている。
でも、流石に積もらないだろう、と願っている。









消えた本屋さん

2018-03-13 10:13:07 | 日記

朝日新聞に「街から本屋さんが消えて行く。」の記事が載っていた。
1996年には本の売り上げが2兆7000億だったのが、2017年は半分となり、本屋さんも半分なくなったという。
この輪島市もご多分に洩れず一番大きかった北国書店が撤退した。
そこに現れたのは、ゲオとか言うゲームやビデオ屋さんだった。

その場所はいつ訪れても閑散として、むしろゆっくり本棚を巡ることができた。
面積的には輪島図書館より大きかったのではないだろうか。
決して店からするといい顧客ではなかったと思うが、それでも少しは貢献できたかな?

地方の商業施設は土地があるので集中している。
いつも買い物を終えるとそこに立ち寄るのが楽しみだった。
そこに入ると日常を離れた別空間、別世界があり主婦にとってはしばし現実から解放された時間だった。
それがなくなって,そうでもなくても買い物が好きでない私は,増々街に行くことが少なくなった。

とても読書家とは言い難い私ではあるけれど,本に囲まれているとまだ読んでもいない本の世界に浸れる気がしてくる。
そんなこともあって図書館に行く回数が増えた。
でも、残念ながら輪島図書館は小さいし册数が少ないし,何よりもそこにじっくりいられる雰囲気がない。
たまたま加西市と高島市の図書館に行く機会があった。
そこは空間が広く,誰でも受け入れてくれる自由な雰囲気があった。

すぐ経済効果を求めてしまう風潮のある現代だが,もう少し立ち止まれる場、じっくり構えられる時間がほしいと思った。
ちょっと受診することになり,その待ち時間に売店にあった「文芸春秋」を何年振りに買って読み始めた。
するとどうだろう、たまたま載っていた芥川賞の作品ばかりか,最初から最後まで目が離せなくなってしまった。
私は何と何も知らないのだろう。そのことに一番気付かされた。



雪解けも進み,春の仕事も待っている。
どこに私と言う時間を振り向けるか,困っている。
昨日は破れた半纏の繕いをした。私のこと、またアレコレして,何一つ纏まらないのが私なのだけれど、、。
















鮨や 木場谷

2018-03-10 20:42:34 | グルメ

我が家では、ほとんど外食をしたことがない。
その理由は、経済的なことなのだが、我が家のごはんがおいしいと言うのが一番大きい。
増してカウンターでのお寿司屋さんに家族で行くことはなかった。
縁あって、金沢の木場谷のお寿司屋さんに家族6人で行ってきた。
そこは高級でおいしいと評判は聞いていたので、ぜひ行ってみたいと娘夫婦が帰山したおりに金沢まで車に乗って行ってきた。
たまたま見ていた土井善晴さんの番組の最初に照会されたらしいが、それは見逃してしまった。

カウンターは10席、その奥に6人ほど座れるテーブルがある。
しつらいはシックでシンプルで落ち着く。
握りの前に7品ほど出てきた。カワハギ、タコ、ガスエビ、白子、毛蟹、蒸し蚫、アンコウの肝、それにアンコウのひれの椀もの。
焼き物は程よく、蒸し物は低温で10時間かけたもの、それに点けたタレも色合いといい味付けもさっぱりとしている。
どれも凝った品揃いに皆一つ一つに感嘆の声を挙げていた。
もうそれだけでおなかがほぼ満たされてようだったが、その後のお寿司がまた絶品、一つ一つがそのものの魚の特徴を生かした形で握られていた。
その土台の鮨ごはん、それが赤塩とお酢だけなのでネタが活かされている。
順序は忘れたが、すみいか、まぐろ、大トロ、ホタルイカ、ウニ、穴子、昆布締めの?など10貫が出された。
どれも亭主が吟味して日本中から取り寄せた1級品を使い、それを締めたり、炙ったり、タレも工夫したもの。
これがお寿司なのか、、、。「うーん。」
バベットの晩餐会ではないが、みんなの顔がにんまりとしていた。
多分、私の生涯の中でも記憶に残る晩餐会になった。
ご亭主とは顔なじみなのだが、唸らせる力量と人柄にすっかりいい気分になってしまいました。
一つのことを極めると言うことの結果がみんなを感動させるのでしょうか。
ご馳走様でした。また行きたいけれど、いつになるかな?

支払いは次男と娘夫婦、ご馳走様でした。
帰りの車内でも話は終始お寿司のこと。「いやぁ、おいしかったね。」
1時間半もあっという間に我が家に着きました。
幸せな夜でした。

残念ながら、カメラを持参するのを忘れていた。
ケータイも携帯せず、スマホもない私です。