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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

背守り

2021-09-22 10:25:17 | 展覧会

久しぶりの京都のテラさんでの展覧会がこの25日から始まる。
このコロナでどれだけの人が来てくださるのか、、。
でも、準備はいつも通りに。
今回は時期もあって綿入の半纏も用意した。

私は染めて、縫っていただく、でもその背中に背守りを作るのが何よりの楽しみになっている。
染めのほとんどは季節柄柿渋、青柿を搾り、2週間ほど日に当ててようやく柿渋の赤茶の色がでる。

さて、何にしようか。
もともと背守りは、子供の健やかな成長を願って背中の縫い目から魔物が入らないように魔除けの印になる。
私は、季節と布の風合いや自然から持ってきてデザインを考える。

今回は藍の半纏はオリオン座を、柿渋はトンボ、烏瓜、吊るし柿にした。



星に願いを。コロナ退散を。



魔除け



よき便り、誠実



豊穣

いっぱいお願いをしてしまった。
聞き届けてくれるだろうか。










久々の来客

2021-09-17 21:33:33 | 日記

コロナの関係で予定していた人たちが来れなくなり、ようやく金沢から一人の来客があった。
私が金沢のミュゼで展覧会をしていたときカフェの常連さんだった。
会期中も何度かお話をしていてよろみ村に関心を持ってくださったようだ。

お話をして初めてお仕事や趣味を知った。
ここの暮らしとは程遠い第一線でバリバリの商社マンだった人で今は大学の講師をされているとか。
話も多岐に渡り見知らぬ世界を見させてくれた。
中でもウイスキーの話は熱が入り、2泊目には購入して一緒に飲むことになったが本人推薦のシングルモルトが手に入らずワインになった。




お客様が来るとお料理も熱が入る。
一応メニューを考えるが、基本的に野菜を基調にしたお料理をお出しする。
お酒を飲まれるか、嫌いなもの食べられないものなどを聞いておくのだが、今回それを怠り失敗したものがあった。
フクラギを刺身でなくカルパッチョにしたところ箸をつけることはなかった。
他のものは綺麗に食べてもらえたが申し訳なかったと反省している。





朝の座禅から参加され参道の下の蓮田まで散歩され、能登を回りたいと珠洲の方まで出かけられた。
次回はウイスキーを持参しますと言って帰られた。



お料理の写真は、一部です。

いつも思う、居ながらにして知らぬ世界を見せてもらえるのが楽しい。
お客様もここの暮らしから何かを感じ取ってもらえたのだろうか。
相手からすると、別世界なのだろうな。










苦手なもの

2021-09-13 21:07:45 | 自然の不思議

苦手と言ってもいろいろある。
今回は、生物。

今日、私の一番苦手なもの、と言うより、大嫌いというか、全身がフリーズしてしまうほどのもの、それが蛇。
ここに来てミミズとか毛虫、芋虫には慣れたというか、仕方なく付き合っているが、どうしてもダメなのが、蛇。

昨日、鶏小屋で会ったのがマムシ、見たのは尻尾の方だがあの模様はマムシに間違いない。
そして今朝、我が家の物置で茶色のニュルニュル、又夕方は畑でスルスルを見てしまった。
蛇に出会うと咄嗟に悲鳴が出る。もうその場にいられなくなる。
あの手足がないのとあの動き、気持ちが悪くなってしまう。
なぜなのだろう、感覚的に絶対受け付けない。



芸術的な蜘蛛の巣、これも苦手なのかな、だとしたらごめんなさい。

その感覚が人によって違う。
あの養老孟司先生は、蛇が苦手な人は蜘蛛は平気、また逆に蜘蛛が苦手な人は蛇は平気だと言う。
そうなのだろうか。
先日知人が来られて、たまたま私が蜘蛛の絵を描いたTシャツを家人が着ていたのを見て悲鳴を上げた。
そうか、蜘蛛が苦手だったのか、申し訳ないことをしてしまった。



宇宙のような草の玉

あれから物置に入るのも、鶏小屋に入るのも怖くなっている。
向こうは逃げてくれるのだが、視界に入るだけで気持ちが萎えてしまう。
ここしばらく、冬眠に入るまで見る機会があるのだろうな。








ズッキーニに助けられた夏

2021-09-09 09:59:03 | 畑仕事

今年ほどズッキーニのありがたさを実感した夏はかつてなかった。
何しろ何にでも使える今年の玉ねぎが小玉ねぎだったので使い出したらすぐなくなってしまう。
そこで重宝したのが、ズッキーニだった。

ズッキーニは緑、黄色、ゼブラの3種類で9本植えた。
もちろん自家採取の種から栽培し、何度か追肥と土寄せをして育てた甲斐があってお裾分けもできた。
本によると大きさは30センチほどで収穫とあるが、収穫に追い付かずつい40センチほどになってしまう。
それでも中は柔らかく、味も悪くない。

ズッキーニの良さは、その味の無さというか特徴だった強い味がないので何にでも使える。
私のおすすめは、ポタージュ、ズッキーニをオリーブオイルで炒め、塩胡椒、オレガノ、ローズマリー、ローリエなどのハーブ類、水を入れ、
柔らかくなったらミキサーにかけ、豆乳を入れる。夏は冷製で、そこにバジルを添えると香りが立つ。
また、天ぷらよりはフライの方が外皮の歯応えが良く、中身は瑞々しくズッキーニの淡白な甘味が引き立つ。



朝顔の季語は秋、今が盛り。

「ない」ことは時には思い掛けない知恵が授かる。
ズッキーニだけのカレー、炒め物、肉詰めは勿論のこと、味噌汁、糠床にもズッキーニを入れてしまった。
そのシャキシャキ感を楽しんだ。

この夏、トマト、茄子などのナス科が連作障害などで育たず、それを補うようにズッキーニに助けられた。
台所には長さ60センチほどの固くなったズッキーニがゴロンと転がっている。
来年の種用になるズッキーニだ。
また、来年もよろしくね、ズッキーニさん。



虫たちの声が雨に濡れて、急に秋になった。
畑にはまだ健気にもズッキーニの小さな実が付いている。
後どれだけ、どこまで取れ続けるのか、お天気次第かな。



今年は開花時期が一ヶ月くらい遅かった蓮






終わる。

2021-09-05 20:41:33 | 日記

今日でtokyo2020が終わった。
どちらかと言うと、コロナ禍でのオリンピックは反対だった。
しかしニュースで見る選手たちの真剣な表情にはやはり感動を覚えた。
しかも何かしらの障害があっても自分なりの目標を掲げ可能性を信じ最後まで諦めない強さは美しさもあった。

私の場合、スポーツは見ることより自分がすることの方が好きだ。
特に卓球は父が卓球台を作ってくれたこともあり小さい時から家族でナイターなどもしていた。
テニスも学生時代からやっていてその面白さも知っていた。
ただ、人と競うスポーツはどうしても好きになれなかった。
と言ってもテニスはお遊び程度だったので、楽しむことはできた。

結局ハマったのは、スキーと登山だった。
あくまでも自分自身との戦い、自分の限界と向き合うものが合っていた。
小さな自分が大きな山の頂上に立てる。
苦しさの後に味わった喜びが次なる頂に向かわせた。



テトが取ってきたルリボシヤンマ
逃がしてあげようと外の出したが、すでにもう動かなかった。

その登山ももう終わったかに思っていたが、ここ近年の山旅でまた歩き出した。
人それぞれの挑戦と楽しみ方がある。
山極寿一はスポーツは人類にとって「遊び」だと言っている。
国と国が競うこともメダルが目的も終わらせ、あくまでも遊びであると。



このところトンボとセミを取ってきて遊ぶ猫たち。
小さな命の終わりだ。

このコロナに終わりはあるのだろうか。