よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

キャベツ

2013-11-30 14:01:54 | グルメ

9月に苗を植えたところ,葉っぱが肥大して結球して直径が20センチほどに育った。



春ならば種から蒔くがこの時期は少し時期がずれると巻かないキャベツになる。
早いと虫に食べられるし遅いと結球しない。
追肥と土寄せを3、4回したところ10月になってぐんぐん大きくなり、ようやく立派なキャベツに育った。

食べ方はいたって単純だ。
キャベツの千切りである。これがそのものの味が味わえる。
春キャベツに比べると少し固いが、葉っぱが隙間なくぎっしり詰まっている。
少し固いのは切り方をなるべく細くしてふわっとお皿に盛る。
好みでソース,マヨネーズで食べるが我が家は醤油党だ。
味が淡白な野菜ほどそのおいしさが際立つ。4年間外で食べてきた娘は口に入れるごとに同じ言葉を吐く。
このキャベツ、ほんとうにおいしいね!」
そう,滋味,旨味,そう表現するしかない。

あまりの有り難さ故に加熱する料理が作れない。
そんな時,キャベツの収穫のバイトをしている友人が80個ほどをドカンと庫裡に置いていった。
5世帯で分けても膨大な量だ。
そこでようやくキャベツ料理解禁。
まづはお好み焼き,ポトフ、初めてのザワークラウトも仕込んでみた。今は経過待ちだ。
一段楽したところで、ロールキャベツ,これは娘が初挑戦した。
「味は何にする?」「クリーム味,塩とこしょう,トマト?」「うん,トマトにしよう。」
冷凍しておいたオレンジ色のトマトピュレを出し、最後の味を整えてもらう。



ご飯の方付けはしても、中々最初からお料理に参加しない娘,ここにいる時くらい少しでも覚えればいいと思うのだが、、。
私が教えられる事や時間は限られているのだが、、、。

さて、次は餃子にしよう。
たくさんあるとその有り難みが薄れる。
巷では200円もするのでふんだんに使えない。
友人にもお裾分けして、その有り難さを味わう。

我が家のキャベツの上に雪が積もった。まだ11月なのにこのまま根雪にはならぬと思うのだが。
お正月に帰山する息子らに食べさせたいが、このまま持つのだろうか?
枯れ葉を包み込んで、待ってみようかしら。












2013-11-27 22:02:19 | 自然の不思議

今晩も雷が暴れている。
この時季の雷をここでは雪起こしと呼ぶ。ちなみに富山はブリ起こしと言うらしい。
何しろ雷が多い。多いどころか激しい、激しいというより時に地震と言うか地響きを伴う。

一世代昔,怖いものは地震雷火事おやじと例えられていた。
その当時地震の経験がなかった私は雷が一番こわいものだった。
しかしそれも頻度が低く季節限定だったので怖さも喉元過ぎればで忘れてしまう。

しかしここ能登に来てびっくりした。
季節におかまいなく、それも昼夜関係なく今までにない多さと凄さに27年経った今も脅かされている。
稲妻の光り方が尋常ではない。閃光が眠っているまぶたの奥まで射る。
その閃光が闇を一瞬にして太陽の眩しさのフラッシュを焚くそれに怯む間も与えずに「ドドドーン。」とやられる。
大げさに言うと,生きた心地がしない。
その状態が長く続く。

流石に今はすこうし慣れてきた。
それはここに避雷針があるという事実に基づく。でも,だからこそここに雷が集まるのかなとも思う。
今は、誰よりも雷を苦手とするのは、愛犬秋田犬ハナ。
家の一番奥の隅に大きな体を出来るだけ小さく丸めて、その上に目と耳を埋める。
次に怖いのは、このパソコンである。
だから、雷が鳴っている時は、絶対開かない。
今晩も、雷が暴けていた。
どうか,夜は静かに寝かせてほしい。



こちらではししっぽ、雷魚ではない。
固い鱗を取って塩を振って火で焼くて食べる。味は淡白,すっきりしておいしいが、この目に射られてドキドキだった。
雷って、豊作や豊漁を呼ぶらしい。









胡桃

2013-11-25 14:51:45 | 畑仕事

かつて、父が生前の時、韮崎の穴山に桃畑を作っていた。
勤めをしながらしかも通で作っていた時季があった。
その桃畑には10種類のくだものが作られていた。
その一つが胡桃である。

父から教わった割り方は、固い土台の上で金槌で尖った方を上にして叩くと割れると。
そのやり方を私はインドネシアの石で出来た擂り鉢の上でバチンと叩いて中味を出していた。
しかしわずかな力では割れてくれないし、強く叩くと指を叩きそうでうまくできない。
申し訳なかったが全部を使い切ることはなかった。
父が亡くなった今はそのことが今も悔いが残る。

いつのことだったか、父が胡桃の木をここに持ってきた。
その木を目指して母はそこまで散歩に出向く。その木のところで母は車を避け損ない転んで骨折をした。
その胡桃の木は、もう10年は経っただろう。今年ようやく実を50ほど付けた。
その胡桃は鬼ぐるみだった。これは金槌で簡単に割れる。
覚えていないが、私が父に割れないと文句を言ったに違いない。

そんなところに叔父から沢ぐるみが届いた。手強い胡桃である。
ところがである、知人から簡単に割れる「胡桃割り器」を教えられた。
なるほど、私の力でも難なく割れる。



どこでどう行き違うのか、時間と人とがすれちがう。
それをもっと前に知っていたら、父の気持ちをそのまま受け取られたのに、、、。

胡桃は私の好物である。時にお蕎麦の汁に、和え物に、バジルペーストの松の実の代わりに使っている。
これからは簡単に使える。しかし、いつでも使える、腐る心配はないと思っていると,中々使うことがない。
今,廊下に4袋沢ぐるみが吊る去っている。
さて,この冬は胡桃入りのケーキでも焼きますか。

食べるのはあっという間、作るのには気力,体力がいる。それ以上に食い気がいる。
今日も半日掛けて溜めおきしてあった梅ジュースの梅の果肉を取り出した。
これでチャツネを作る。

いつかなにかに使おうとしていたものが、最後まで上手に活かせるのは、快い。
すこーし,物置が片付けられた気がした。
まだまだ、手つかずのストックがある。うれしいような、こわいような!?









記憶

2013-11-21 16:40:24 | 日記

1週間ほど甲府に母を連れて帰省していた。
いつもならパソコンなど持ち歩くことがない私が車に入れていった。
パソコンが苦手な私はやはり旅先で開くことはなかった。
苦手だからこそ持ち歩くのにも振動が怖くてクッション代わりに布の間に挟んだ。

私の先生でもある娘はもちろんパソコンがないと1日たりとて暮らせない人である。
その娘のパソコンが動かなくなった。
ショック、相当本人は参っている。
私も母のお供に娘に行ってもらった手前申し訳なくて仕方ない。

まだ修理に出していないが、このままパソコンのデーターがなくなったらどうしよう。
大学時代の思い出,記憶がすっかり消えてしまう。
確かに記憶がなくなった訳ではないが、記憶を記録したデーターの消失は痛い。
取り戻すことの出来ない記録と記憶、どうする術もない。
専門家に任せて、どうか戻ってきますように!

90の母が92の姉に1年振りに会った。
その姉から「あなたはどなた?」と聞かれた。
しばらくして思い出したが、話しは長続きはしなかった。
会って話すことより、早く家に戻りたいと。

母の話すことらの多くは昔の古い記憶だ。
大事だからに違いないが、むしろ年齢の事実のほうが勝ってしまっている。

忘れたくないものが失われ、もう本人の感知しないところで失われていく記憶。
人はどこを生きているのだろうか。
過去があっての今であり,今があっての未来なのだけれど、その時間的な記憶はあるのだろうか。

私の青春時代は私の中にある。確かに写真に映し出されているものもある。
でも,今の若者のようにデーターとしてではない。
たくさんあればいいのでもない。でも,何もないのも、さみしい。

もし、娘のパソコンがダメならば、それに変る大事なものを発見してほしい。


娘の焼いたアップルパイ










出張料理-2-

2013-11-13 21:45:23 | グルメ

今回は鎌倉のCES林さんのお宅で料理をしてきた。
今までと違うのは、林さんの生徒さんに教えるという出張料理。だからレシピもいる。
「うーん。」私にできるだろうか。それが一番心配だった。

今までは前日からそのお宅に行き,その夜から準備が始まり,当日は朝の6時から仕込み,時間に会わせて作る。
だからレシピは入らない。しかし全部自分でしなければならない。
今までは食に関する仕事をしている人が食べる会,今回は教える人のところで生徒に私が教えながら作る。
同じようで全く違う。

メニューは胡麻豆腐,大根の葉入りハンバーグ,白身魚の昆布締めの予定がカキフライに変更、金時豆のトマト炒め,カリフラワーと柿のサラダ,イモ3種、里芋には落花生味噌,サツマイモは柚子ソース,ジャガイモにはバジルソース,漬け物3種,沢庵と大根の味噌漬け,蕪の1夜漬け,新米の塩おむすび,味噌汁,スウィーツは小豆とカボチャの茶巾絞り、加賀棒茶


やはり胡麻豆腐はたいへん。生徒さんが交替でごりごり、ごりごり約50分,次に練ること約20分,それを冷やして1時間。
その間に切る人,形を整える人,混ぜる人,炒める人,揚げる人、仕事は私が左図する前に、指図に従ってどんどん、どんどん進んでいく。
一応最初に作り方を説明,大切なところはみんなに見てもらう。
11時前から始め,2時前にはどうにかテーブルに着くことが出来た。
一つだけ,失敗,それは自慢のキャベツを千切りで食べてもらおうとしたところ,思っていた以上に太かったこと。このことは切り方を示さなくても大丈夫と思ってしまっていたこと。
でも、もしかして知らないところでもあったかも。

参加した人たちから感想が林さんのところに寄せられた。
おいしかった、ということとともに、大根葉の料理のレパトリーが広がったと気付いてくれたことがうれしかった。
教えることは、私自身が教えられることがあるということ。
このことが大きい。

私の自慢は、野菜の全てが自作と言うこと。私はその野菜に助けられている。
野菜の底力を少しでも知ってもらうことが、私の役割かもしれない。


林家の朝ごはん

林家のご飯は、おいしい。
前夜のカレーは絶品、もう我が家のメニューに加わる予定。
今までの定番カレーはいわゆるのカレー,私の憧れのカレーが登場する。
林家のご飯は、おしゃれ。
私の憧れのテーブルが目の前に広がると,私の夢が広がる。