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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

また、水が止まる。

2024-06-27 09:02:29 | 日記

また水が止まってしまった。今度は下のタンクのひび割れが原因とか。先日の余震で水が漏れるほどのヒビが原因らしい。今朝も4時過ぎに余震があり、目が覚めてしまった。そうか、まだ地震は完全には終わっていないのか。こればかりは慣れということはない。

それが原因か、もう2ヶ月ほど痰が喉に絡まり咳が出て治らない。熱もないし食欲もあり、日常もほぼ普通に過ごしているので放っておいた。むしろ周りが心配して受診を勧められ、昨日耳鼻科と内科を受診した。その結果は特に肺も喉も異常ないとか。一応痰と咳の薬を処方された。気分的にやはりほっとしている。

水が止まるのは水路が凍結する冬場だったが、こんな時期は初めてになる。一応修理をして今日中には出るらしい。一つ解決すると、また次の問題が発生する。水が出ないのにはもう慣れている。ポリ容器に水を汲んで、最低限の水で料理をする。食器洗いは、きれいな水を容器に汲み、それで綺麗なものから洗い、次に熱湯をかけて終わる。これだと水が少なくて済む。これに慣れると、いつもの流し洗いが気になってくる。慣れというのも、いいこととそうでないことがある。せめて少しでも節約することを身につけたい。年齢が上がるほどそれができているが、若い人に見習ってほしい。老婆心かな?


アカショウビンとパッションフルーツ

2024-06-20 10:05:25 | 日記

アカショウビンの声が木立から聞こえている。最初に聞くと、今年もやってきてくれた、と嬉しくなる。稀な少な鳥で、春になると南から飛んでくる。その美声に聞き惚れてしまう。でも、滅多にその姿は見ることができない。ところが娘の小学校からの友人が剥製の仕事をしていて、最近それを手に入れたとここに持ってきてくれた。その嘴の紅いこと、羽根には青い斑点のようなものが見えた。身近で見るとその自然界の創作力に驚く。このアカショウビンは村の家のガラスにぶつかったものだと言う。ごめんね。

友人からパッションフルーツの苗をいただき、植えたところ花が開いた。またその見事な造形と色使いが見事に花開いた感じだ。

どちらも南国だからか色が鮮やかだ。やはり紫外線が多く身を守るための色なのか。目立つことで危険と受粉などの背中合わせになる。見るだけの私はきれいだね、で終わってしまう。

なかなか見ることのない二つの南の国からの贈り物、ありがとう。


災害の爪痕

2024-06-14 13:17:02 | 日記

昨日、1ヶ月ぶりに輪島に車で出かけた。歯医者さんに行ったのだが、被災者は無料になっていた。有難いような、申し訳ないような妙な気持ちになっている。

久しぶりに車を走らせると、その道路の凸凹にほとんど揺られっぱなしだった。道路というのは平らなのだ。そんなことは知っていたが、当たり前すぎて気づきもしなかった。このでこぼこの道路を平らにするのにはどれだけの日数とお金と人手がかかるのか、気が遠くなる。

先日から何度か災害ゴミの収集に大型のトラックが来てくれている。輪島だけでも40年分のゴミになると言われている。捨てられたゴミの山から知人のドイツ人がまだ使えるからと輪島塗りの漆器のお椀を届けてくれた。彼からすると、それはゴミではなく十分まだ使える宝物だと言う。そんなゴミが多分いっぱい捨てられているのだろう。住む家がない、それらを置いておく蔵が崩れた。色々な事情があってのことだろうが、ため息ともったいないがつい口から出てしまう。

縁あって、ドイツの日本料理店に掛けていただけた柿渋染めの暖簾

娘一家も住み慣れた家を片付け、九州へと引っ越した。その際、持っていけない物、あまり使わない物など整理した。冷蔵庫なだは次の人に渡すことができ、私もいくつかは引き受けて使うことにした。物とは者あっての物だと知らされた。これから先、物はどのように人に寄り添うのだろう。


はて と なんで?

2024-06-08 22:11:48 | 日記

朝ドラの「虎と爪」を見ている。その中で主人公がいつも口にするのが、「はて?」それは納得いかないことや疑問に思うことをその言葉で一時的に流れを止めて考察する。

今、我が家のもうすぐ3歳になる楽が最近頻繁に口にするのが「なんで?」とこちらに聴いてくる。本人とすれば分からないことをどうしてなのかを知りたくて口にするのだろう。それを分かるように話ができる時とこちらもどう説明していいのか分からない時とこちらも分かっていたようでいざ話そうとすると分かっていなかったこともある。

面倒だから聞き流している、知っているつもりになって疑問さえ起こらなくなっている、立ち止まってもう1度考え直す、問い直すことを怠っているそんな自分を「なんで?」が気づかせてくれる。何度も聞かれると、なんと知らないことが多いのかと思う。また、まだ3歳にならない幼子に出来るだけ知っている言葉や物や比喩を駆使して出来るだけ沿うようにするのは、むしろその子のためというよりは私が試されていると思った。つまりは自分にどれだけ構ってくれるか、気持ちが向いてくれているかを試されているのかもしれない。

人として成長するのに、「なんで?」は必要不可欠なのだろう。それを忘れそうになっている私に「どうしてそれでいいの?」と問われている。ありがとう!楽。


地震と風邪

2024-06-04 21:58:08 | 日記

地震と風邪、一見関連がなさそうだが、何か連動しているように思えてきた。元日の地震の後、ここから避難場所に移動した途端、風邪をひいてしまった。それが私ばかりでなく家族全員が、しかもいつになく回復に時間がかかった。

そしてかれこれ半年が経ち、最近余震がまた多いと思っていた矢先、昨日の朝、ここは震度4くらいの地震の揺れになった。私が約半月、風邪らしき症状が続いている。娘一家もようやく引っ越しの準備がほぼ終わる矢先、高熱とお腹の調子を崩してしまった。

確かに最近の気候が影響している。三寒四温と言うより、最近はストーブを焚くほどで、しかも1日の中での温度差が大きい。畑に出ると汗をかき、家に入るとストーブが欲しくなる。温度の変化に体が対応できない。寝るほどではない、食べられない訳ではない。と、動いてしまうが、動きが悪く、頭も働かない。

一体私の中で何が起こっているのだろう。もうそろそろ平静に戻ってもいいのではないのかな?これは地面の中にも言える。どうか、納まってください。