goo blog サービス終了のお知らせ 

よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

甲府からの来客 ー縁ー

2020-11-29 21:07:21 | 日記

彼女とは甲府の中学校で知り合った。彼女は美術の先生、私は保健室の先生、なのになぜか心が通じ合う、気の許せる間柄になった。
学校を辞めてからも一緒にバリに行ったり、行き来をしていた。
ここに来たのは17年ぶり、彼女曰く「4日間だけど、禅の修行に来ました。」とは彼女のユーモアだが、本気でもあった。
朝は座禅から始まり、お経読み、お掃除も共にして真剣に向き合っていた。



これは全く書かれたものと関係ありません。

今は甲府で外人向けのレジデンス、ギャラリーを運営している。
その縁で金沢のカポに出向きオーナーと仕事談議、そこに大量の本棚があり、その中に鷲田清一の本を発見した。
ちょうど持参した本「想像力のレッスン」もあり聞けば息子さんのメルロさんが出入りし、彼の本だという。
またメルロさんの奥様は甲府出身で友人の彼女とも面識があるという。

そこからミュゼ、しらさぎのオーナーである甥っ子とも繋がっているという。
金沢と甲府、美術と哲学、離れていたものが実は近く、縁を感じてしまった。

その日は二人で金沢に泊まり、翌日は21世紀美術館と国立工芸博物館を回った。
そこの館長に甲府出身の中田英一が就任したとか、これもまた縁だろうか。



これは前回の内容のもの。干された場所は縁側でなく屋根瓦の上。











豆仕事ー黒豆ー

2020-11-23 15:25:20 | 畑仕事

「弁当忘れても、傘忘れるな。」
これは能登地方に古くから伝えられる言葉らしい。
つまり、雨が多いだけでなく天気がくるくる変わることを言うらしい。

今年は今までになく11月にしては温暖な天気が長く続いた。
紅葉も散り、枯れ木が目立つようになりいよいよ冬到来を思わせる。

冬は洗濯物を薪ストーブの周りで干すが、日が差すと私はすぐ外に干してしまう。
今日も曇天だったがその合間から青い空が見え急に辺りが明るくなった。
私はすぐ洗濯物を外に出した。
それから2時間後、明るい空から雨が音を立てて降り出した。
それからはさすがに外に出すことはしなかった。

車で走るとほとんどの家の軒先には洗濯物は見えない。
大きな家ということもあり、2階の窓に干してあるのを見かける。
どうも外に干すのは移住者だけらしい。
もう30年経ってもこの習慣は変わらない。
やはりお日様の匂いが心地よい。

11月になって野菜の収穫後は干すものが多い。
里芋、さつまいも、そして豆類。
黒豆を収穫してストーブの周りで干し始めた。
でもやはりお日様がいい。
廊下の日差しが届くところに昼は干し、夕方ストーブの周りにお引っ越しをする毎日。
それでも面積が足りず、半分は屋根瓦の上で干す。
コタツで書き物をしているとにわかに雨音が、急いで2階に駆け上がり豆を取り込む。
こんな繰り返しをしてどうにか緑の鞘が黒く変わって来た。
もう少しだ、笊の豆の上下を変えながらこんな日々が続く。
鞘が黒くなりカサカサした音がしたらネットに入れ叩いて豆を取り出す。
最後は鞘と豆を分けて一升瓶に入れと保存。
まだまだ豆仕事は続く。

今年はたくさん作ったので周りにお裾分け。
朝の玄米に入れて炊くと甘く香ばしい。
大変でも、やめられない。














黄金と銀の世界

2020-11-15 21:26:17 | 自然の不思議

今朝のことだった。
二階の窓を開けると瓦がシルバーのように光っていた。
ここは与呂見の龍昌寺盆地、畑も銀色に輝き、周囲の雑木は黄金色だった。
いつも見慣れている風景が季節と時間によって全く異なる様相を見せてくれる。



金と銀というと眩しすぎて手をかざしたくなる私はその時はその光を受け取っていた。
何か神々しく敬虔な世界に身を置いていた。



その夜中の2時、アキの遠吠えの声で目が覚め、長く執拗な声にじっとしていられずアキを外に出そうと階下に降りた。
狐の声に反応したのにアキは寝床で吠え続けていたのだ。
それでも外の出るかとカーテンを開き、サッシを開けた。
その瞬間、私の目にオリオンの星が私を射抜いた。
それは電飾のように強い輝きを放ち、四角の中の3星もその下の星雲も浮かび上がっていた。
山頂から見る星も地上で見るより遥かに多くより鮮明な光を見せてくれるが、今まで見た中で群を抜いた光の量だった。
私はどこにいるのか、星の世界に迷っていた気がした。

これは晩秋、空気が冷え澄んでいたと言う条件が大きいのだろう。
しかし、ふと思った。
これはコロナ禍によるものかもしれない。
こんなところに効果として表れた?



音を頼りに出てみると、アオゲラが我が家の板壁に穴を開けていた。

日常を一歩出る、ちょっと外れると自然の大パノラマが在る。
私をちょっと横に置いてみる。
すると自然のまだ未知の世界を開く鍵が手に入る。










豆仕事

2020-11-13 21:28:06 | 畑仕事

秋になると待っている豆の仕事、ようやく小豆を終え、まだ黒豆が畑で待っている。
例年だと紅葉のピークが3日ごろだが、今年は結婚式の8日にもみじも銀杏も1番の華やぎを見せてくれた。

小豆の収穫は鞘がカラカラになったものから取り始める。
一つの鞘に6、7個の小豆が入っている。
多い時は11個あったときがあったが、それは稀で、むしろ2、3個しかないものもあった。
その上、鞘を開くと黴びていたり、虫食いが多く、今年は不作だったと言える。

全ての鞘から中の小豆を取り出し、悪いものを取り除く。
虫食いならまだ指で摘み出せばいいのだが、中には虫そのものが入っている。
直径3ミリほど、長さ1、2センチ、ちょっと気持ち悪く鞘の殻でそっと掬い上げ外に捨てる。



小豆はお正月のお餅の餡子に、今年は結婚式のお赤飯に間に合った。
この小豆色が餅米を赤く染める。
昔の人の知恵にはいつも教えられる。



鶏小屋の前の青鷺、久しぶりの出現で、パチリ。

小豆の豆仕事はまだまだ手はあまりかからない。
これからの黒豆は、1鞘に2個入っているだけだし、その一つ一つを枝から毟り取って乾燥させ、鞘を剥くので大仕事になる。
それでも、毎年作るのは、それだけの人を惹きつけるものがあるからだ。
豊富なタンパク質、保存もできる豆、決して特徴だった味はないが、ほっこりさせてくれる何かを持っている豆。
でも、さすがに作る種類は少なくなっている。
いつか自前の大豆でお味噌つくりをとの夢は息子が叶えてくれそうだ。
たのしみ、たのしみ。













龍昌寺式結婚式

2020-11-10 09:50:42 | 日記

ここは檀家もなく、お寺というより農家と言った方が近いだろう。
だから法要もなく、結婚式は7日回、息子の代になって2回目になる。

ここで知り合った二人という縁でここでの結婚式になった。
しかしこのコロナ渦、最小限の人数で、ここの住人も入れて30人、でもお祝いなのでここなりに精一杯執り行った。

用意は1週間前から、式師を務める住職は式次第の準備、お掃除、物品の用意など落ち度がないように進めていた。
娘と私は数日前から献立を決め、買い出し、お皿の準備、お祝いだから高御前と漆器も使おうとなりそれに合わせてお赤飯、お吸い物もつけることにした。
献立を決めるのもなかなか決まらない、海苔は豊洲の市場から取り寄せ、買い物も量も足りないと心配、そうそうワサビとかお祝い用の箸とか二人で半日かけて終わった。
お花はここのものが用意し、着付けも住人、それぞれが何かしら準備に余念がなかった。
そして料理、手巻き寿司のお刺身は注文し、友人がフクラギ6杯を釣ってくれたので珠洲まで持ちに、
おでんは3日前から仕込み、お肉料理2品、野菜、漬物、手巻き寿司のネタ数品も前日にできるものは準備。
当日、料理人の息子が金沢から駆けつけ鯛のお造りとお吸い物担当、他にも応援2人を早朝から頼みお昼の祝宴に間に合わせた。





ケーキは新婦の友人3人も金沢から駆けつけ大きなケーキの飾り付け。
私は式次第、敬白文を筆で書き、どうにか間違いなく仕上がった。

式は笑顔と涙のうちに筒がなく終わった、らしい。
私は裏方で出席していない。記念撮影には参加したけどね。

式も祝宴もカメラの電池が切れ、撮影できなかった。
みんな口々に「美味しい。」「すごい。」の声を聞いて裏方はほっとしました。
新婦の親兄弟へのお礼の言葉に参加者全員は涙を拭っていました。
幸せの笑顔はみんなの元に届けられ、無事式は終わりました。
お幸せに!

最初のここでの式は私たち、いつしか子供らになり、時の経過を感じました。
私にとって何より良かったのは式師を務めた息子と料理全般を務めた娘の成長を見られたことだった。
心配なく任せられる、むしろお掃除などやるべき事は私よりずっと丁寧にする。
親もびっくりです。
次は誰かな?