この土日に、京都からお客様がやってきた。
一人は沖縄出身とかで、ここの雪を堪能して帰られた。
二人はお年寄りの介護サービスのケアマネージャーをしている。
その二人が90の母を差して、「かわいい!」と言う。
座っている姿がかわいい。話しがおもしろい。と言うのである。
「かわいい。」か。そう言えば、娘も母をかわいいと言った。
娘である私だけが、かわいいと言えないのである。
「かわいい」とはどういうことを言うのか。
巷ではかわいい、が流行っている。
そのかわいい、は何を差しているのだろう。
普通、かわいいは可愛いであり、愛らしく、手を差し伸べて愛でる。自分よりか弱い者へのいたわりであり思いやりを言う。
あの赤ちゃんの可愛いは文句なしに誰もがかわいいを発する。抱き上げる、頬ずりをするその対象となる。
しかし、骨と皮ばかりになった、しかもだんだんと自分でできなくなってきた母を愛情込めて可愛いというのである。
そのことに私は感服してしまった。そして「(90にしては)若い!」と。
私は若かりしころの母を知っている。手が器用できれい好きで、きちんとしていた母を。
それがだんだんとできなくなる母を、情けなく、悲しくそのことばかりに執着して、今の母を受け入れられない私がいる。
「かわいい。」か。そして「わかい!」か。
同じ年配の人からするとこんなにもいろいろなことができる人は多くいない、と。
私は気が付いた。この二人の母と接しているときの顔がいい。笑顔が素敵だと思った。
「お年寄りと話しているとたのしいんです。」
そんな母は二人に伝えていた。「ありがとう。」と。
私こそ、「ありがとう。」です。

ストーブの下の、母の手作りの布の上の、我が家の14歳のかわいい!ハナクロ。






