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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

かわいい

2014-01-27 21:42:00 | 日記

この土日に、京都からお客様がやってきた。
一人は沖縄出身とかで、ここの雪を堪能して帰られた。
二人はお年寄りの介護サービスのケアマネージャーをしている。
その二人が90の母を差して、「かわいい!」と言う。
座っている姿がかわいい。話しがおもしろい。と言うのである。

「かわいい。」か。そう言えば、娘も母をかわいいと言った。
娘である私だけが、かわいいと言えないのである。

「かわいい」とはどういうことを言うのか。
巷ではかわいい、が流行っている。
そのかわいい、は何を差しているのだろう。
普通、かわいいは可愛いであり、愛らしく、手を差し伸べて愛でる。自分よりか弱い者へのいたわりであり思いやりを言う。
あの赤ちゃんの可愛いは文句なしに誰もがかわいいを発する。抱き上げる、頬ずりをするその対象となる。
しかし、骨と皮ばかりになった、しかもだんだんと自分でできなくなってきた母を愛情込めて可愛いというのである。
そのことに私は感服してしまった。そして「(90にしては)若い!」と。

私は若かりしころの母を知っている。手が器用できれい好きで、きちんとしていた母を。
それがだんだんとできなくなる母を、情けなく、悲しくそのことばかりに執着して、今の母を受け入れられない私がいる。

「かわいい。」か。そして「わかい!」か。
同じ年配の人からするとこんなにもいろいろなことができる人は多くいない、と。
私は気が付いた。この二人の母と接しているときの顔がいい。笑顔が素敵だと思った。
「お年寄りと話しているとたのしいんです。」
そんな母は二人に伝えていた。「ありがとう。」と。
私こそ、「ありがとう。」です。



ストーブの下の、母の手作りの布の上の、我が家の14歳のかわいい!ハナクロ。










ごはん係

2014-01-24 11:05:48 | 日記

風邪を引いた。5人のうち4番目で、未だ風邪にならないのは90の母である。
母の1日はごはんと本堂の散歩以外はほとんどあったかーい布団の中。
居間に出ているときは、7枚くらい着込んでほとんどぬいぐるみ状態である。
母が風邪を引き肺炎にでもなったらそれこそ命取りになりかねない。
このままで納まってほしいと願っている。

冬になると水温は2度、台所仕事は寒さとの格闘技?である。
確かにストーブを点けているが、
朝6時の台所は、冷蔵庫そのもの、冬は冷蔵庫はいらない。

風邪を引いてごはん係を娘に頼んだ。
いつもなら起こされてようやく目覚める娘も流石に6時起きをした。
息子もいつも通り7時には仕事に出て行ったようだ。
それから自分らの朝食の準備、お昼ごはん、夜ごはん、それが2日続いた。

今回の風邪はいつもの頭痛が伴わなかったので、1日のほとんどを居間の炬燵で過ごすことができた。
だからごはん準備の度に私に聞いてくる。
主食、副食、汁物に漬け物を組み立てる。先ず冷凍庫に何があるか確認する。野菜類をチェック。
1日目のメニューはちょっと凝っていた。鶏のささみにチーズとねぎ、ねぎと梅干しを挟んだ揚げ物。
それに白菜とジャガイモのサラダ、漬け物は白菜漬けと風邪対策にキムチも並べた。汁はわかめ、これでOK。

2日目の朝はアラームが鳴ったのも知らずに起きれず父親が手助けをしたとか。
「いや、結構ごはん係ってたいへんだよね。」と漏らす。
少しは冬の台所の厳しさがわかったか!

けがの功名でないが、風邪を引いたことで娘の出番となった。
それも手伝いでなく、自分が主体となってしたのは今回が初めてのことだったろうか。
母がいないと,娘はするのか。ちょっと安心したような、うれしいような妙な気分になった。

今まで、少し具合が悪くても無理して台所に立った。
水に触りたくない、というのが私の風邪のバロメーターになっている。
そこで休めるかどうかでその後の回復度が違う。
娘がいてくれることの有り難さを思った。
3日目にて復活。いまだに風邪声ではあるが,もう大丈夫だ。



これは白菜の葉っぱ焼きと人参と牛蒡のきんぴら、これは私作。

でも,思った。少し弱いくらいの方が周りはやさしくなると。
あまりに頑張りすぎるのも、良し悪しである。

昨夜、寒空に6角形のダイアモンドが浮かび上がった。
双子座のポルックス、馭者座のカペラ、牡牛座のアルデバラン、オリオン座のリゲル、大犬座のシリウス、そして子犬座のプロキオンである。
冬空に6つの星が輝くのもめったにない。
冬の空はダイアモンドの透明度を極限にまで輝かせる。












足跡

2014-01-21 10:09:53 | 自然の不思議

雪が降るとここに棲んでいる仲間たちを知ることができる。
まだお目にかかったことのない動物たち。
雪の上の足跡でその行動を垣間みることができる。
秋田犬ハナと散歩をすると興味の持ち方が違ってくる。
人間の私は、ウサギがいるな、狐らしき足跡もあって、餌探しかな、散歩かなといろいろ想いを巡らす。
しかし、ハナにとっては狩りの対象と匂い付けでしかない。
近年見慣れぬ大きな足跡がすぐ近くの田んぼまで見られるようになった。どうやら猪らしい。
昨年サツマイモを掘られてしまったが、田んぼも心配になる。
ペット犬ハナと野生の動物の違いがはっきり出る。それはハナは踏まれた跡や車の轍の平らなところを歩く。
しかしウサギも狐も狸も貂も猪も、自ら道を付けて歩く。
その逞しさに、脱帽。

この冬、歩き方を教えてもらった。
私の足跡を見ると,登山で鍛えたりっぱな蟹股になっている。自分では真っ直ぐ歩いているつもりだが、足跡は逆8の字になっている。
この歩き方だと腰に負担が来るとか。
正しくは足の甲から親指に体重を掛け蹴りだすように、むしろ足が交差するように腰を使って歩く。というのだ。
それを意識して歩くと,雪上の足跡は真っ直ぐになる。
お腹を前に、頭は空に釣られているようにと。

私はまるで歩行を始めたばかりの赤ちゃんだった。たどたどしくておぼつかない。
そのことに意識を巡らさないとすぐまた元の木阿弥になる。
この歩き方を続けることで、歩き方の歪みが修復されるといいのだが。

北欧の国の子供たちの遊びに「天使の羽根?」というのがある。
新雪に後ろ向きでパタンと倒れる。すると雪型がちょうど羽根を付けた天使が現れる。
それを思い出して誰もいない道の脇の新雪の上にパタンと倒れた。
そこには青い空に白い雲が広がって、一瞬天使になった気がした。
もしかして、心の歪みもこうすることで直るかも。



ハナもこの3月で12歳になる。雪の冬はハナの大好きな季節。
つい1ヶ月ほど前、ハナの子供で貝塚市に貰われたホワイトクッキーが1月3日の11歳を前に亡くなった。
家族に可愛がられて幸せな一生だったと感謝しています。
私が知る限りではハナの子21匹中、4匹になってしまった。

今日も雪の上に梅の花のハナの足跡と私の真っ直ぐな足跡をつけて。













保存食-2 蕪寿司-

2014-01-16 22:10:12 | グルメ

この能登に来て寿司の名がつく漬け物を知った。
蕪寿司、大根寿司がそれである。
海のない甲府から来たものにとって魚入りの漬け物などありえない、が正直な感想だ。
最初にそれを食べた時、その衝撃的な味においしいとかおいしくないとかという範疇のものではなかった。
「こんなものがあるのか!」でしかなかった。
しかしその驚きが納まり、ようやく気持ちが落ち着いてゆっくり噛むことでその味を味わうことができた。
野菜と魚が麹によってマリアージュした。もう魚とか野菜とかの区切りがなくなって、蕪に魚が乗り移り、蕪に魚が乗り込んだ、そんな味がした。
「確かにおいしい。では、自分でやってみよう。」
ここには自家製のお米から作った麹がある。これさえあればおいしくないはずはない。

蕪は畑の聖護院蕪、それを横に3分の1に切り、さらに真ん中に包丁を入れて塩漬けにした。
塩の量は、多分2%くらい、だから差し水をして重しを置いて1週間くらい。
ブリは高価なのでせいぜいふくらぎの大きさでしかない。
中にい挟む麹も人参も柚子も唐辛子自前、味には自信がある、しかし実際に漬かってから食べてみないことにはわからない。
お正月、家族が揃った食卓に紅白の蕪寿司が載った。


その味はまだ若い爽やかなお寿司になった。
蕪は歯の下で萎えながらもしゃきっとして全体の塩加減も浅いが新鮮な食べごろになった。

12、13日は櫛谷宗則さんの「正法眼蔵」の勉強会、道元禅師の著したものだ。
毎年冬の勉強会で講義を受けるのだが、これが果たして実になっているのか、身についているのか、まったくわからない。
今年の勉強会で一つだけ学んだものがある。
不怠、怠けない、怠けてはいけない、のでなく、怠けていられない。ということ。
首筋に雪を入れられたように、はっとした。
縁起によって生かされて今ここに在る。そのことに気づくこと、いや、気付かされることだと。

蕪寿司はちょうどその頃食べごろになっていた。
私が蕪も人参も唐辛子も柚子も作ったのだけれど、麹とお米はみんなで、そして醗酵は人の目には見えない菌が時間とともに活動してくれた。
それらの賜物がおいしい蕪寿司になった。
そう、やはり最初に私が動いた、そこにおいしくなる素があったのだろうか。

私の中にも、仏の心が見えないところで醗酵しているのだろうか。
おいしく熟成するのだろうか。それも、不怠にかかっているのだろうか。







捌く

2014-01-11 22:25:17 | グルメ

魚を捌く。
ここ能登に来て初めて魚を捌いた。それまでの私は魚の切れしか買ったことがなかった。
魚を捌くと言っても鯵、鯖、鰯、ふくらぎ、イカ、鯛などでその手さばきはけして自慢できるものではない。
誰に習うこともなく、本を片手に自己流でしかなかった。
だから3枚に下ろすと骨に身がいっぱいついてしまう。
それを我が家の秋田犬ハナがうれしそうに食べ、またその残りを鶏が食べるのでけして無駄になる訳ではない。
それでも、やはりどこかできれいに捌けたらいいなと思っている。

食いしん坊が高じて3男が和食の料理修行に入っている。
今、魚を触るのがおもしろいと言う。でも、まだ引かせてもらえないとも言っていた。
それはまだ刺身のお造りをさせてもらえないということらしい。
それだけ魚料理は奥が深いらしい。

去年息子からエビを揚げるのにその捌き方を教わった。
きれいな流れで美しく形にしてゆく手元を見て、これならできる、簡単だと合点した。
さて、一人になった時、やってみるとうまくできない。分ったつもりが、自分でやってみると,見るとするは大違い。
あまりの簡単にされると,できると思ってしまう。
名人ほど仕事はきれいで簡単に見える、ようだ。
しかし、このエビは難しいものでないのに、私が不器用なだけだった。

私がそれまで揚げていたエビはお正月料理ではないが腰が曲がったものでしかなかった。
それが揚げてみると,あのお店屋さんのように真っ直ぐのエビ天が揚がった。
「おーぅ。」みんなから歓声が上がった。
でも長男曰く「あの形の方が小さいエビだと歯応えがあるんだよな。」娘曰く「あれがエビだと思っていた。」
慰めでもない、正直な感想だ。
そのエビは外側がカラッとして、中はソフトな今までにない感触に皆大満足だったのです。

魚を初めて捌いたとき、やはり抵抗があった。
頭を切り落とす、血が流れる。これは魚がさばけるようになったうれしさよりもどこかおぞましい体験だった。
頭から尻尾まで、まるごと1匹に包丁を入れるのは慣れたとは言え、けして好きになれない。

まだ死んでいる状態だからできるが、生きたものは一呼吸が必要だ。
娘がイカを釣り上げてきた時、まだ生きていた、動いていた。
人のする行為のなんと残酷なことか、切っても切ってもまだ動いているイカ。
声を挙げながら、必死で抗うものとの命の格闘したその生々しさは今でも覚えている。
人間は他の生き物の命を戴いている、そのことを改めて知らされた。


年末まで仕事をして、ほとんど眠っていないのに、まだ台所で魚を捌いていた三男。

食べるということ、仕事ということ、そのことを考えさせられた、今年の始まり。
腕を上げてほしいけれど、その捌くことに慣れてほしくないと。
ちょっとこれは、甘いかな?
何よりも、体を壊さないように、願うばかりです。