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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

栗拾い

2017-09-30 21:22:14 | 畑仕事

このところ毎日栗拾いをしている。
参道を下りながら歩くことよりつい目が栗のイガにいってしまう。
しかし参道の栗は小さく剥いたら食べるところがほとんどない。
同じ沢栗でも木によって多少の大きさの違いがある。
どうにか高さ2センチ、幅3センチになると剥くのも手応えもあり、食べるのも歯応えがある。

それにしてもむくのはたいへん。
テレビを見ながら、話をしながらようやく準備が終わる。
剥くにはそれなりの道具があり、それがないと小さな栗を使うには余程気合いと時間的に余裕がないとできない。
でも、それだけの手間をかけるだけの価値はある。
大きな栽培した栗より、自然の中で育まれた栗の方が滋味が詰まっている。

それを使った栗ごはん、やはり秋の走りの定番です。
ただ残縁んだったのは、栗おこわでなかったこと。
次回はそれ!

それにしてもあのイガはなんだろう。
身を守るにしても完璧で、完全に実を守って次の世代に手渡すのだろう。



栗と胡桃。



友人の風羅漢さんと。



やはり、入れてしまった「あき」の寝相の写真。










主婦と料理人の違い−2−

2017-09-27 11:14:12 | グルメ

料理を生業にしようとしている三男が帰って来て、我が家のエンゲル指数が急増した、と思われる。
何しろ揚げもの一つその油の量が違う、ガスは鍋を越える勢いだったり、とても私にはできない使い方である。

それでおいしくなかったら文句も出るのだが、それなりのおいしさなので今のところ黙って見ている。
品数も今までより増えている。
先日も天ぷらを頼み、「他にないの?」と言われてしまった。
こちらとしたら、野菜の他にエビやイカが入っているのでこれだけでいいと思っていたのだが、それはコースの中の一つに過ぎないらしい。
確かにカラッとした天ぷらはおいしく、つい食べ過ぎて次の朝私は胃痛になってしまった。

このところ並んで台所に立ち調理をしているのだが、私の方が学ぶ立場になってしまった。
でも、このご時世、そして地球規模のエコや食料事情を考えると、課題は山積している。
これから海外に行くと言うことだが、そのことを踏まえて学んで来てほしいと思っている。



揚げ出し豆腐のあんかけ。



最近の「アキ」、樹々がそろそろ色付き始める準備に入り、アキもグレーからほんのり赤毛の茶色になって来た。
耳もいつしか立って来て乳児期から幼児期になった。
お座り、待て、もできるようになった。
一昨日は外への初デビュー、「クンクン、クンクン」懸命に匂いを嗅いで何であるかを確認しているようだった。
昨日は隣の「カンちゃん」と追いかけっこもして、外の感触を楽しんだ。
ポンポコリンのおなかも、もう少しかも知れない。










秋の虫たち

2017-09-24 21:00:27 | 自然の不思議

植物がそうだとすると、動物たちにも秋が来た。
バッタたちが部屋に侵入し、その窓の外は蜘蛛の巣が張られている。
散歩をする参道の両側の樹々にそのネットがきらきらと朝露に光っている。
よく見ると、それが立体的だったり、中にはシェアハウスなのかマンションなのか数匹の蜘蛛が同居している。
きっといいことがあるんだろうな。

数年振りに見る大きな蛾が迷い込んだり、水辺に蝶が舞っていたり、この季節ならではの模様が見られる。
そうかと思うと畑を掘り起こすとミミズが出てくる。

「あらっ?」あれはかなかな、蜩の鳴き声を聞いた。それを確かめに畑に出てみると間違いなくひぐらしだ。
鍬仕事の葱の土寄せをして手を休めて空を見上げると、そこには燕が飛びかわっていた。
数羽が秋のすんだ空を気持ち良さそうに大きな輪を描きながら羽ばたいて、そのうちに見えなくなった。
これから南の国に渡るのだろうか。

鳥は磁場とか遺伝とか地形とか天体によって渡りをすると言う。
餌と産卵と子育てに生物は生き続ける。

あーあ,折角撮った写真が出ない。
このパソコンも、秋なのかな、、。














秋の花。

2017-09-22 21:06:31 | 自然の不思議

当たり前と言えば、当たり前で、でも、秋になると秋の花が咲く。
それがやはり不思議で、有り難くて、うれしくてならない。

空に筋雲が広がり、夜は満天の星が散らばっている。
息を吸う、もっと吸う、歩きながら吸う、空を見上げながら吸う。
秋を身体いっぱいに吸う。

水引、釣り鐘人参、黄釣り船、釣り船草、露草、昨日は曼珠沙華が咲き出した。
赤まんま、桜蓼、よめな、江河菊、ミゾソバ、書き出すと終わらない。
そうそう、今年初めての蓮の花が咲いた。たったふたつのうちのひとつ。
蓮田が猪に荒らされ壊滅、辛うじて鉢植えのものが初めて咲いた。
その香りは正しく蓮、高貴さを感じさせる佇まいだ。



そして今日、金木犀が開き出し、その香りを放ち始めた。
年々増えてゆくもの、年々消えてゆくもの、植物の世界もよく見ると同じことはない。

散歩の途中で栗と胡桃を拾って来た。
実りのある直物って、好きだなー。



日に日に大きな変化を見せる「あき」今朝はいないと思ったら階段の上の塀をよじ登って二階に上がっていた。
二階の住人の「ニャンニャン」はいっ歩を外に出れず終始踞っている。
大丈夫かな、早くあきを外に連れ出してあげないと可哀想。














料理人と主婦の違い。

2017-09-18 20:56:29 | グルメ

今、料理人の卵の三男が家にいる。
30年の主婦がいる。
その違いが歴然としている。
主婦の私は、基本的にあるもので作る。
むしろ、ほとんど買い物に行かない主婦である。
買い物は家の者に頼み、それで済ませている。

先ず、買って来たのはさらさらの塩と薄口醤油、それに鰹節。
流石にみりんはあった。
そして出汁の取り方、その昆布と鰹の量の多さにびっくり、とても主婦の私にはできない。
その上、火の使い方と時間、とてももったいなくてできない。
そんなにしないといけないのかな?と思ってしまう。

出来上がった出汁の旨さは、流石に料亭並み、と言っても料亭なるものを知らないが。
それが高いのも頷ける、けれど。

何よりも、やはり徹底的に丁寧できれいな仕事になっている。
納得。
でも、主婦は主婦のやり方で、安く、旨く、時間を掛けずにするプロである。



イカは細かく包丁を入れることに因ってその旨味を出すとのこと。



出汁巻き卵をあっという間に作ったが、その出汁を取るのに時間がかかっている。
鯵の南蛮漬けと角煮は主婦の私。
どちらもおいしく、甲乙付け難し。
料理人がいると、俄然食卓の品数が増して財布の中味が減ってゆく。