goo blog サービス終了のお知らせ 

よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

韓国風私流料理

2015-01-30 21:54:39 | グルメ

普通、初めての料理を作る時本なりテレビなり何かしらのレシピで作るだろう。
なのに私の場合、聞きかじりや大体の材料がある、と言うことで作り始めてしまう。
しかも1度も口にしたこともなくても、「こんなものかな?」「おいしければいいのではないかな!」と言う具合で気軽に作り始める。
だから、料理の名前があるような、ないような、、、。

今回、一応本を取り出し「じゃがいものジョン」なるものを作った。
じゃがいもを擂り、そこに玉葱も擂って塩を入れフライパンに油を敷いて焼く。
これで固まるのだろうかと言う不安がよぎった。
そこで3通り作ることにした。一つはレシピ通り,次は小麦粉を足しチーズを入れ、次には卵を入れ片栗粉とねぎを刻み入れた。

結果は余計なことをしたと思った。
チーズ入りもねぎ入りもおいしかったのだが、じゃがいもと玉葱で充分だった。
この料理はシンプルさが売り物だと知った。チーズを入れるとチーズが大きい顔をし、ねぎも自己主張をしたがる。
今までは、私がいつもレシピより引き算をするが、今回は余計なことをしたと思った。
この後しばらくはこの「韓国風私流料理」が続く。
ところで、このー風とはーらしく,-流とは私の勝手ということだろうか。
となると、もう何料理かわからない。
名前がつかなくても、個人や国が前面にでなくともおいしければいいと思う。
無国籍料理,国境なし料理,平和料理ということにしておこう。
おいしい料理は笑顔料理。



おいしいものを笑顔で戴けるって、あらためてありがたいと思った。












タイムリミット

2015-01-28 15:31:01 | 日記

今,錦織のゲームが終わった。3-0のストレート負けだ。
けして一方的な試合ではなかったがバブリンカの球質の威力,返球の角度とどんな球にも食いつくすばしっこさには脱帽せざるを得ない。
これだけでもハラハラドキドキしながら見入ってしまった。
また、いい試合を見せてほしい。

昨夜またイスラム国から後藤健二さんのメッセージが入り、タイムリミットが24時間になった。いや、正確には既に8時間は切ったかも知れない。
政府は今に及んでも全力で対処しますの一点張りだ。はっきりとしていますと言えないのか。
朝日新聞には11月から後藤さんの行方不明は分っていたと言う。

テニスはライブなのでその1部始終はこちらにも分る。
しかし、拘束されて、それもどこでどうなっているのか、分らないと言う事か。
それを思うだけで苦しくなる。

かつてのナチス下で捕虜収容所での人たちもいつ殺されてもおかしくない状況下で、それこそ本人でないと分らぬ厳しさがずーっと続いていただろう。
その中で、最後まで希望を捨てない、諦めない、苦しいからこそ笑いを忘れずにいたことが生き残れたとフランクリンは本に書いている。

偶然でもいい、奇跡と言ってもいい、生きて帰ってきてほしい。
交換条件のかつてのテロ犯人も助かったならば、奇跡的な命拾いをこれからの人生に一人でも多くの命を救うことに努めてほしい。














同時進行

2015-01-27 16:19:09 | 日記

主婦の仕事は、いつも同時進行だ。

今、この春に予定している四国遍路の計画とそれに伴う英語の勉強と4月の展覧会と娘から頼まれた友人の結婚式のプレゼントにワイシャツに墨で絵を描く仕事とそれに家事が付く。
それをいつするかは、その日とその時の気分によってどれかを優先させているが、それがいつもごはん作りで中断される。
自分一人だったら仕事の切りのいい時でいいが、家族がいるとそうはいかない。
お昼はほとんど麺類なのだが「マッサン」に合わせて準備し、見ながら食べ、その後ティータイムになる。
だから冬の間も結局正味2,3時間、しかも分断される。
中断できるものはいいが、気分が乗らないとできないもの集中しないとならないものは、時に厳しい極面に晒される。
今、薪のお風呂焚きと鶏の当番が重なった。
英語も私がお遍路に行くとドイツ人の友人の伝えたことで彼女も同行する事になった。
彼女は1日に10キロほどなら歩けると言ってきた。だから細かく計画を立てねばならない。
彼女と2週間ほど一緒に遍路する。自信はないがこの機会に少しは英語がブラッシュアップできると思うことにする。

主婦の特技は、中断や分断にもめげず仕事を継続させる事かもしれない。
しかし、どこかでやり残し感が拭えない。いや、これはどこまで行ってもすっきりしない問題かもしれない。
仕事がある、仕事を貰えるのは、やはりうれしいことである。
期限付きと言うのが、気持ちをしゃんとさせてくれる。
とてもありがたいと思っている。
今までは同時進行は得意分野と思っていたが、だんだんとそれも時間がかかるようになった気がする。
でも,私の老化予防策と思って取り組もう!

それに反し、主婦の仕事は終わりがない。うれしいのだが、時にしんどくなるのは私ばかりだろうか。
外は雨と雪が同時進行している。
どちらかと分けられないが、降っている事には違いなく、上から下に動いているのは確かで、この両方が降水量になる。



鰯のつみれ団子入り,お餅入り巾着鍋。糸こんにゃく白菜大根も下にあります。








母親-3-

2015-01-25 11:06:29 | 日記

母とは、子を生かすために産まれてきたもの。

母が亡くなって4ヶ月が経つ。たった4ヶ月なのに年が変わると随分遠くにも感じられる。
あれ以上生き長らえていたら,弱い私はきっと「母が早くなくなればいい。」と願い「私の時間がほしい。」と愚痴をこぼし、ひいては母を恨む事なっただろう。
でも,そう言う私であっても母は私を赦したに違いない。母とは私にとってそう言う存在だ。

子供が幼かった頃、先ず心配したのはマムシと冬の夜中に急な自体が発生し雪でここから出れなくなる事だった。
それは私の取り越し苦労だったが、2人の子供をここの生活故に命が危うい自体となり即入院、酸素吸入になったことがあった。
「どうしてもっと早く連れて来なかった!」とドクターからお叱りを受けた。
幸い一命を取り留めたが、苦い経験だった。そして私も妊娠中に入院したこともある。

非常事態になると母は思わぬ力を発揮する。「これ以上家では無理!」と判断し住職の反対を押し切って受診させたのは母の私である。
その時、私が身代わりになってもいいと思った。
「私にできる事は何でもする、だから子の命を救って!」
いざと言う時、母親は自分の命を引き換えに子の命を優先する。

人質になった湯川さんが殺されたらしい言う報道があった。
遅かった。
後藤さんは解放されるのか。手の施し様がない訳ではない筈だ。本人は今生きている。
「どうか、かけがえのない命を助けて!」















母親-2-

2015-01-24 22:03:39 | 日記

日本人拘束の事件から期限の72時間が経過したが、行方もその後の自体も分らないままらしい。
後藤健二さんのお母さんはどうしているのだろう。
眠れぬ夜が続いているに違いない。

ここの母親同士の話になった。
「あの母親にして、あの後藤さんの行動ありきだね。私たちの子供らからは自分の危険を犯してまで弱者の立場に立って行動できないよね。」
後藤さんをそこまで駆り立てたものは何なのか。単なる正義感か、宗教観か、倫理観か、はたまたやはり母親からの受け継いだ人のために働きたいと言う人道的なものか、それともいろいろなものとこととが重なってそう言う行動になったのか。

逆にイスラム教と言う宗教もけして教義に人を殺める事はない筈だ。なのになぜなのか私には分らない。そこには測り知れない貧困や不平等や価値観や、それに伴う権力や妬みや恨みなどが渾然一体になり、客観的にものごとに対応できなくなったことか。
人は弱い、それがいつか反対に力となって歯止めが利かなくなり爆発する。

過激派と言われている人たちも母親がいる。その人たちにとって母親とはどういう存在なのか、過激に走らない歯止めにはならないのか。
宗教とは、人を善に導くものではないのか、母よりも強い磁力を持ってしまうのか、私には分らない。

浄土真宗では、縁が人を動かすという、機が来ると人は何でもする、できるということらしい。
とすると、誰が悪いのでもなく、悪人もいないということだ。逆に誰でもが機が熟すととんでもない事を起こすということになる。

人間てなんだろう。この世に子を誕生させる母親とは、その役割はあるのだろうか。
あればその責任は大きく、なければその意味もないのか。
危険に晒されている人たちの命は大きい。私たちと同じように。
「お願い!助けてあげて!」