娘と娘婿が所用でその留守を預かり8日ほど泊って今日の夕方に帰山した。
何よりも猫が心配だと言われて中能登の家の留守番をしていた。
そこは二人にとっても引っ越して2ヶ月、仮住まいで台所の設備,道具も不都合があり,なかなかの暮らしぶりだった。
一応暖房設備はあったので、寒い思いはしなかったが、テレビもラジオも新聞もネットもない。
家から一歩もでない限り全く世の中の情報が入って来ない、何か不思議な空間でした。
そこで持ち込んだのが本でした。
閉じられた空間だからこそ読書三昧だ、と意気込んで用意したのは知っているようで知らない「稲」「身近な植物の本」数冊を持参。
ところが流石に途中から疲れて、そこで娘の段ボールから取り出したのが「原田マハ」の本だった。
以前から気になっていたがまさか娘が持っていたとは、それを読み出したら止まらなくなった。
最初に手にしたのが「ジヴェルニーの食卓」私の大好きなあのマネの台所,いつか行っていたいところだ。
私の好きな画家達がまるで生きているように書かれている。
次の日,自転車でそこらへんでは大きな商業スペースに出掛け本屋さんから見つけて来たのが「モダン」表紙にはやはり好きなマティスの絵。
それも読破してまた段ボールの中にカバーを外すと、何と次に読みたかった「夢のカンヴァス」だった。今度はルソーだ。
そして止まらなくなった。また本屋に駆けつけ手にしたのが「暗幕のゲルニカ」ピカソだ。
それらの中には印象派のゴッホ,セザンヌ,ドガがまるで生きているような錯覚を覚えた。
表現は細部まできちっと描かれ、時代背景も的確で迫力となった。
また展覧会を企画するキュレーターとしての視点からも知ることが出来たのは今まで見て来た展覧会が立体的になり,今まで見て来た展覧会の数々が思い出され、若い頃にタイムスリップしてしまった。
何よりも私を引き込んだ罠というべきか魅力的にさせたのは推理仕立てだったのが大きい。
読み終わると12時を過ぎていたことも、お陰で誰もいなくても、何もなくても時間が過ぎていました。
当初の目的の「イネ」はというと、それなりに新たな驚くべき稲の智恵も知ることが出来ました。
今までの人生でこんなに本ばかり読んだ時間は過去になかったと思う。
家事から、畑から解放されたスペシャルな日々でした。
次回は、猫とジャズです。そうそう、まだ私の中の原田マハは終わりません。










