goo blog サービス終了のお知らせ 

よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

アトリと薔薇の実のあかり

2016-11-29 13:41:13 | 自然の不思議

ほとんどの雑木が葉を落とし、その樹形が見えてきた。
葉で遮られた鳥たちの声が響いて来る。

台所の前のには野薔薇が2mほどになり、剪定された。
この薔薇の剪定では住職とバトルを毎年繰り返している。
私がすると「ぱさり。」住職は「ばっさり!」なのだ。
私がこの時季楽しみにしている薔薇の実がどうにかいっぱいついた。
冬、雪で覆われ、野山に何もないときのお花はこの薔薇の実になる。

畑の真ん中に10mほどの合歓の木がある。
その枝に鳥たちが一斉に止まり、また一斉に飛び立つ。
その広がっている枝を埋め尽くすほどの鳥が群がっていた。
望遠鏡で見ている先から、また一斉に飛び立って、空に広がり、また群れをなして合歓の木に止まる。
私の技術とカメラではそれを写すことができないが、この肉眼はその群れの動きを追い、それを脳裡に焼き付けることができる。
かつて、これほどの群れの大きさを見たことがない。
それは、どうも、アトリ。
その他にもこの時季ホウジロの小さな群れも見られる。



薔薇の赤い実は、そのまま部屋に飾られる。
その小さなシャンデリアのような明かりは、この寒い冬をぽっと照らしてくれる。

アトリは、花鶏と書くらしい。合歓の木の枯れ枝に花のようなアトリが留り、薔薇の枝には赤い明かりが灯る。
晩秋の冷たい雨の中,鳥たちは元気だ。



これは合歓の木ではありません。
もっと、もっといたのですが、遠過ぎて写すことができませんでした。













外の畑、内の畑

2016-11-26 20:12:43 | 畑仕事

外の畑は漬け物の準備だけとなり、後は内の畑仕事を残すだけになった。
外仕事は天気に左右されるが、内仕事はその点いつでもできる。

収穫した落花生,生姜,まだ殻のついた大豆、唐辛子がそのままになっている。
それらをどう加工するか、今思案中,そう言えば冬用のカーテンを縫おうとしている、これも思案中。
そんなところへ住職が図書館から私の興味ある伊藤若冲と長谷川等伯の本を借りて来た。
ちょっと、と思って開いたのが、嵌ってしまった。
「遊遊神通 伊藤若冲」河治和香 結局半日と夜までかかって読み終えた。

久し振りの小説だったので、一気に読んでしまった。
私の興味あるものだったからか、作者が読ませるのか、おもしろく止まらなかった。
どこまでがフィクションで、どこからがノンフィクションなのか分らない。
それももう問題にならなかった。伊藤若冲の世界に遊ばされた。
個人的には凄いと思ったものの、好きかと聞かれると首を傾げてしまう。
でも、人と成りを知ると、少し近くなった気がした。

そんなんで、内仕事は進まない。
雨が降ってもできるから、その思いが増々遅らせる。
寒くならないうちに内の畑仕事をしなければ、、、。



昨日の朝焼けは圧巻だった。
空に緋の衣が広がり、与呂見盆地の雑木の頂は燃えたぎる火そのものだった。

 朝焼けの 紅葉浄土に見守られ   啓子



写真ではあの色は出なかった。残念!












たんぽぽファーム

2016-11-24 14:58:19 | グルメ

能登に来て30年が経つが、ご近所,能登の事をあまり知らない。
それが今年,バックパッカーの中川氏を知る事によって、思いもよらない人たちと知り合う事ができた。
その一人が穴水に来てたんぽぽファームをしている。
していると言う言い方は適切ではない。
ヤギや豚を、ほとんど資料を使わない飼育方法で育てている。
それを聞いただけでも凄いと思ったが、実際に訪れてみると、むしろそれがあまりに当たり前に思えて来た。

私が幼い頃ヤギ2頭を甲府の家で育て、そのお乳を飲んだ事を急に思い出した。
出された山羊乳は臭みもなく、濃くておいしく飲むことができた。
ここに来てからも山羊を飼い、その乳でチーズを作っていた。
そこでもそれらをチーズや燻製などにして販売している。

久し振りに会った山羊や豚の姿や顔は、ほほえましく、懐かしさを感じさせた。
生き物相手のお仕事をほとんどご主人一人でこなしている。
気負う事なく、自然に近い形で飼育しているせいか,動物たちの表情もどこかのんびりとして人との隔たりを感じさせない。

豚は300キロになり、もうしばらくで場に連れて行くのだと言う。
つくづく人のする事の何たるかを思い知らされた。
こうして私たちは生き延びて来た。
「ごめんね。ありがとう。」心の中で合掌した。



人里離れた小高い山の上の一軒屋のたんぽぽファーム。
凄いとか、偉いとか、そんな言葉も入らない人としての一つの生業。
淡々と、そして当たり前に、むしろ動物を慈しみながらしている彼の笑顔が印象的だった。













山の手紙舎

2016-11-21 20:39:11 | 日記

山の手紙舎からお手紙が来た。
彼女の相棒が過疎の山の郵便局に勤めていることもあり、名前を山の手紙舎と名付けた。
最近では珍しく手書きで、しかもその封筒のほとんどは包装紙で作り、切手はその時季とか内容にあったものを貼る凝ったもの。

何よりも身近な事をそのまま飾る事も、隠す事もなく、しかも社会を見据えた内容で、その上心がじわーっとして来るお手紙。
今回は、その一つに「餡」について書かれていた。
その漢字を書けと言われると、ちょっと戸惑ってしまうほど難しい。
そこで私は手元の白川静氏の「字統」を開いてみた。
ところが、載っていない。そこで分解して、分析したところ、凹んだところに入れ、包んだもの。
つまり、まんじゅうの中に入れるものをあん,と言うらしい。「うーん、勉強になってしまった。」
あんこにまつわるアラカルトが掲載してあって、急にあんこが食べたくなった。

ところが、今年は小豆が凶作、いつもだったら年末のお餅搗きに提供していたのに、それもできない。
玄米に黒豆と小豆を入れて焚いていたのも、厳しくなってしまった。
雨続きが影響したけれど、私の手抜きが大きい。

お手紙は人様の事なのに、自分の事のように間近に感じられるのがうれしい。
心配なのはお二人とも胃がんの手術後だったり、腰痛だったり、それでもお仕事は続けている。
でも、それに負けない前向きな姿勢がこちらにも伝わって、こちらまで力が湧いている。

山のお手紙舎は不定期で11号になりました。
続けてほしい、1通です。
















猫の図書館館長

2016-11-19 21:11:30 | 日記

かつてそこは子供らのゲームセンターだった。
いや、もっと昔のその昔,そこはやはり図書館だった。



庫裡の2階,屋根裏部屋が図書室になっている。
広さは30畳くらいあるだろうか。
そこには主に住職の本が主流だが、そこに私のものが加わり、他にもここの住人のものも置かれ、蔵書は、どのくらいだろうか。
数える事すらなく、そこに上がると本の棚に囲まれる。

ここに新たに館長が配属された。
かつての、野良のにゃんにゃん、一時死にかけたのを医者にかかり、命拾いした。
その猫が、ここでの勢力争いから逃れ、ようやく落ち着き場所を見つけたのが、ここ図書館だった。



猫は本棚の奥の隠れた場所が気に入ったらしい。
昼に覗くとほとんどお昼ね、外に出た形跡がない。
そこで餌と水とトイレ一式をそこに用意した。それを毎日取り替えるのが住職の仕事になった。

猫は夜行性と聞く。昼は寝て、夜はこっそり本でも読んでいるのだろうか。
気に入って、図書館長を勤めている、らしい。

先日,住職の留守にごはんを持って行くとそこにかつての私の本を見つけた。
「へー、こんな本も持っていたんだっけ?」
本と共にかつての私の時間が戻って来た気がした。
世界文学全集,日本文学全集,分厚い国内外の美術全巻,その他にも山や気象に関するものなどなど。
手元に置かなくてもいいとしたものがどっさり残っていた。
それらを全て読んだのではない。でも、そこに係っていた事は事実。
しばらくそこから離れられなくなった。そこで懐かしい時間が流れた。