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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

藍染めと柿渋染め

2017-08-22 20:26:01 | 展覧会

ここで藍染めをさせてあげたアメリカ人に「どうして藍染めなのか?」と聞かれ、「青色が好きだから。」と答えた。
その時には説明できなかったが、今思うと空の色であり、また海の色、宇宙の色と言っていいかも知れない。
何よりも自分自身落ち着いていられるし、それでいてとても気分が爽やかになれるからかな。
始まりを話すと長くなるので、いつかの機会に。

柿渋もある人との縁で始まった。
やってみるとたいへんだけどおもしろい。
でも、その二つはこの夏に集中しているので兎に角忙しい。
また二つはまったく染め方が違う。
藍染めは染めるまでに上手に醗酵させないと藍色にならない。
でも準備が整うと、あっという間に染まってしまう。

その点柿渋は最初透明な汁から茶色になるまでは水と時間と夏の強い日差しがいる。
今年の夏は天候が悪くなかなかできなかった。
ここ数日の天気でようやく色が出て来た。

この二つのをするのに緩急のバランスがちょうど良かったのだが、今年は今までになく二つの展覧会を控えてちょっと疲れ気味。
これも歳のせいなのか?
寝床でもどう染めるかと考えてなかなか眠れない。
それでも次々にアイデアが浮かぶのだから、まだ大丈夫かな?

ああ、秋野菜の種蒔きもしなければ。
夕方蜩が啼いたが、もうその声は小さく少なくなった。
ようやく紫陽花が枯れ始め、中にはドライフラワーとなっている。
夕立の後に百日紅の花が地面近くまで垂れて夏の終わりをピンクに染める。
一度止んだ雨が強く降って来た。
何かおかしな夏の終わりの天気。
これで今年のトマトは終わってしまうのだろう。











私の夏

2017-08-16 20:08:57 | 展覧会

私の夏、休み、と書きたかった。
毎年、夏は作品作りで終わる。
決してそれが嫌ではない。それが当たり前で、それが私の夏。

その間に畑仕事、そしてその収穫物で保存食を作る。
トマトソース、バジルペースト、紫蘇のニンニク、唐辛子、醤油漬け、ピクルスなど。
それが気分転換だったり、愉しみでもあった。
でもそれは時に負担でもあった。
穫れたものは保存しないともったいない。その気持ちだけでやって来た気がする。

この数日、一人で作り、一人で食べた。
ところが、少なく作ったつもりでも余り、数日同じものを食べ続けたり、中には悪くして捨てたものもあった。
そうでなくても野菜が余ってきている。
忙しく働き続け、これでいいのか、と疑問が湧いてきた。
今年の私の夏、これでいいの?と言う始まり。
私の夏休み、と来年は書けるのだろうか。

私のゴールデンウィークが終わる。
仕事で始まり、仕事で終わる、私の夏は、まだ続く。













私のゴールデンウィーク

2017-08-12 07:57:10 | 日記

私のゴールデンウィークが始まった。
一年に1回のゴールデンウィークと言ってもお休みを意味するのではない。
私の年に1回のシングルライフがこのお盆になる。
住職と息子たちがいないこの1週間は、私にとっての正にゴールデンの日々。
ごはん作りから解放され、且つ自分のペースで日々が過ごせる貴重な日々。

1日目の朝は、ミルクたっぷりの紅茶を煎れ、しかもショパンのバラードを聴きながらの贅沢な時間。
この1週間はショパン三昧といくかな。
折よく、この30日にはお隣の街でショパンの生演奏が聴けるとか。



ゴールデンウィークと言ってもけして休暇ではない。
9月2日からの金沢のミュゼでの展覧会を控えて作品作りをしなければならない。
それでもごはん作りも自分の食べたい時間で食べたいものを、しかも一人分作ると言うのはそれだけで金の価値がある。



いつも思う、夏は居ながらにして避暑気分。
薪作りに帰山していた長男にお願いをした。「来年は燻製装置を作ろうよ。」と。
彼の希望でピザを焼き、10ヶ月振りでもりもり寿司を食べ、そして盆業に出た。

月末には娘が、9月には三男が帰山する。
結局家族が揃うことはないが、それぞれの場で元気でやっていればそれでいい。
でも、今年トマトが枯れ始め、二人が帰山するときは生のトマトはないだろう。
残念なのはこの私なのだ。
胃の調子も戻って来て、さて、作品作りに専念するか。
藍と墨と柿渋、この三つで何ができるだろうか、、。



Yシャツを藍で染め、それに墨で鯉を描いた。







夏バテ

2017-08-07 20:59:49 | 日記

これを夏バテと言うのだろうか。
その数日前から何となくその前兆があった。
胃に違和感があり、手が胃の上にいってしまう。
今考えるとその前夜、久し振りにポークソテェーとその油で野菜を炒めた。
フライパンに残っていた油を見てちょっとイヤな気持ちがした。

その予感は当たり、夜中に胃の痛みで目覚めた。
それから3日間、ほとんど食べられなくなった。
次男のお弁当だけは作り、他は住職と帰省中の長男に任せ、ほとんどゴロゴロして過ごした。
何年振りだろうご飯作りをしない日々。
何と楽なのだろう、ただ、この痛みさえなければ、、。
家族から薬を飲むように促され、それも効果なく、だったら受診するように忠告を受けるが、それがいやで聞き流していた。
ほんとうはどこかで「胃がんかな?」と言う心配が横切った。
そうこうしているうちに、胃薬の一つが効いて来たのか、治るタイミングだったのか、あの重苦しさが消え去り、胃の場所も忘れるようになった。
そして今日のお昼から自分で作り、おいしく食べられるようになった。
そして、さっそく畑仕事、台風に備えてピーマン、茄子、胡麻などが風で倒れないように支柱に紐で括り付け、少し小さめのものも収穫した。

作ってもらうのもたまにはいいが、自分で作った方がやはりおいしい!

夕方草刈りをしていた長男が東ひきがえるを見つける。
手の平に乗る大きさほどあったが、その目は真っ直ぐ前を見て、穏やかで堂々としている。
決してグロテスクとは思えず、むしろ愛らしい。

蜩やアカショウビンもまだ啼いている。
明日の台風は何をもたらすのか。
畑は大丈夫か、いや、そんな程度で済んでほしいが。













今年のトマト

2017-08-01 21:24:22 | グルメ

この与呂見では、トマトの啓子さん、と呼ばれているのに、その名を返上しなければならない事態になっている。
ジャガイモの隣に植えたばかりに枯れて来ている。

今朝、いつもの畑の見回りをすると、昨日まで実っていたトマトが突かれて穴が空いていたり、落とされて食べられていた。
私のトマト畑は広くネットを張るのはたいへん。
そこで帰山した息子の手伝ってもらい1時間ほど掛けて上にネットを掛け、これで鳥や獣からトマトを守ることができる?

それでも台所のテーブルにはトマトが山積みされはじめた。
そして今日はトマトのパスタとトマトのサラダが並んだ。
パスタは玉葱とトマトだけ。それだけで充分おいしい。
サラダはキュウリと玉葱、柿酢とオリーブオイルに塩胡椒、それだけで、何もいらない。
これぞ、夏のメニュー。







この与呂見盆地も夏の風物詩に満ちている。
朝4時半、蜩が啼き始める。それに唱和するようにアカショウビンが笛を吹く。
そして5時半、申し合わせたように啼き止む。

夏になると夏野菜が実り、夏が来ると蝉が鳴く。
この当たり前のことが、不思議でならない。
ネットを張っていると、蝉の「ジジジジー。」と頭上から聞こえて来た。
見るとトンボが蝉を捕まえて飛んでいたのだ。
生と死を同時に見た気がした。