goo blog サービス終了のお知らせ 

よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

私の発見

2021-10-29 21:01:40 | 日記

私の、と入れたのは私個人の発見で世間を席巻するとか、世紀の大発見などのようなものには全く関係ない、当たり前なのだけれど、、。
とは言え、そこには驚きと喜びが必ず伴う。

自分でも面白いくらいに清滝での10日間でギャラリーのオーナーさんも初めてというものを発見してしまった。



その一つが、曙草。たまたま三人展の一人が描いた絵の一つだったこと。
その偶然に私自身が驚いてしまった。
二つ目、烏瓜、緑の蔦状の枝に緑の縞のものが吊る去っていた、それが烏瓜だった。しかしその時は緑の烏瓜だと思っていた。
それが赤く熟れると知ったのは帰宅してからだった。
3つ目、夕方虹がギャラリーの前の家の上に薄くかかっていた。橋のところまで行くと山の上にうっすらと見えていた。



4つ目、高い木立の中に赤い花びらのような、それが密集している、それは臭木だった。

ほとんどの発見は、いつも見ている中で、いつもと違うことで発見がある。
それと偶然が重なったり、いつも何か面白いものはないかと探しているとか、興味、関心、好奇心、そして観察力が大きいのだと思う。
また虹は光の反対側に出るとか、やはり知識も需要なのかもしれない。

私の場合、どうしても視覚によるものが多く、五感や経験、豊富な知識にはほど遠い。
でも、初めてのものに出会ったり、その出会いが何かの始まりになることはおもしろい。
私の小さな発見は私にとって大きな出来事です。



オナガアゲハ だと思います。

そうそう、我が家の障子に挟まれて息絶えていた蝶々、あまり見ない蝶でした。
いつしか空にトンボがいなくなり、その青い空には白い綿雲が美味しそうに浮かんでいました。









食 よこい

2021-10-26 10:14:20 | グルメ

もう始まっているのだろう。
10月1日、新規 開店 「食 よこい」 静岡、掛川のお寿司屋さん。
息子の友人で始めるに当たって、そのロゴと四季の暖簾を頼まれた。

今まで好き勝手に染めていた暖簾だが、依頼主がいて、しかもお店となると責任重大。
彼の要望を聞きながらの手探りの暖簾だった。
できるだけシンプルで、お店の雰囲気を壊さないもの。



秋の暖簾

ロゴは墨で何度も書いて本人が気に入ったものを採用してもらったのでよしとして、問題は暖簾。
一応簡単なデッサンを何度もしたが、何度も染めるわけにはいかない。
こんな感じですと連絡し、サイズと材質を選び、春と夏は藍染、秋と冬は柿渋で作ることになった。
でも、実際染めてみたが納得いかず、何度か染め、どうにか落ち着いた。
取り掛かって約二か月を要してしまった。

染めたものを縫って暖簾に仕立て、送った。
その返事は「手作り感があって、気に入りました。」
「この暖簾に恥じない仕事をしたいと思います。」と連絡が来た。



冬の暖簾

嬉しさよりもほっとしたというのが正直な気持ちだった。
時間が経つ内に、じわじわと喜びが込み上げてきた。
これが自分の好きなようにしてきたものとの違いかもしれない。
私みたいなものに依頼してくれたことに感謝する気持ちも湧いてきた。
こんな機会を与えてくれた「横井」くん、ありがとう!



春と夏も入れて、四季の暖簾

このコロナ禍、大変だろうが美味しさは勿論、じんわりと伝わる居心地の良いお店にしてください。
きっと、あなただったらお客様の笑顔も戴ける筈です。
私もいつかその暖簾をくぐって食べいに行きたいと思っています。
横井くんの思うお店に、仕立ててください。
とても、楽しみです。












日常と非日常

2021-10-24 16:12:58 | 日記

日常が戻ってきた。その日常というのは何だろう。
繰り返される代わり映えのない暮らし、だろうか。

9月の終わりから10月にかけて京都テラさんでので展覧会を終え、その後すぐ焼岳に登りいつもの暮らしに戻ってきた。
一歩家から出ると思わぬ出会いや発見がある。
例えば、清滝では、三人展の一人が描いた曙草を散歩で見つけてしまった。
また愛宕山登山の話から西陣の山岳会の人に会えたり、嬉しい出来事があった。

では、いつもの日常では発見はないのかと言うと決してそうではない。
ここでしか会えない出来事、定点観測ゆえに発見もある。



そうでなくても時は止まっていない。
小豆が緑の鞘から薄茶色となり収穫を迎えた。大根も大根らしく太ってきた。
自分が動かないことで見えてくるものもある。唐辛子も次々と色付き秋の青い空に赤い八重歯のように突き上げる。

夕方には薪ストーブに火が入り、炬燵も必要になった。
親子の猫たちも重なり合うように眠る。



そんな日常に来客がやってきた。
元住職の友人が東京から、また雨で機械刈りができない田んぼの手刈り隊7名が手伝にやってきてようやく今年の稲刈りが終わった。
楽ちゃんは、4か月となり7キロを超え、よく笑うようになった。



どこでも、変わらぬものはない。
どこにいても、今を楽しむ。










焼岳ー4ー

2021-10-19 19:58:34 | 旅行

昨日から急に冷え、炬燵を急遽出しようやく足を温めることができた。
例年より5度、一昨日より10度ほど下がった。もう11月下旬の温度になってしまった。

山の天気も気候によって急変する。
今回のリーダーから冬支度の準備もと言われたが、好天に恵まれ歩くのに暑くもなく寒くもなく快適な登山になった。

頂上はやはり下からは見えず、ぐるりと回ったところに突如現れた。
それにしても活火山の頂上は今までと違い、鋭角の山様と音や動きがないのに何かしら揺すられて気持ちが引けてしまった。
噴き上げているの引き込まれそうな、気持ちが落ち着かなかった。
それでも仲間がいて、誰かしら楽しげにしているのを見てようやくほっとっっしている自分がいた。



岩場の急登は要注意、焦らず一歩一歩歩くこと。
中の湯から約4時間で登頂、みんなのほっとした気持ちと高揚感が伝わってきた。
頂上からの360度の景色はやはり格別、自分の足で歩いたものでしか味わえない達成感が一つ一つの細胞を満たす。



下りこそ注意が必要だ。砂利道は特に滑りそうだし、段差のある岩場は目と手と足の3点確保。
私はストックに慣れていないせいか、下りもストックを持て余している。
どうにか3時間ほどで中の湯に到着。



なんだろう、あの苦しさも辛さももう忘れている。
下りになると、また登りたくなる、そんな自分でも分からない感情になっている。
また登れるだろうか、まだ登れるだろうか、ちょっと自信がついてきた。










焼岳登山−3ー

2021-10-16 10:37:26 | 旅行

ここよろみは、稲刈りの真っ最中。
でも今年の天候不順で稲に病気が出たり、田んぼがぬかっていて機械が嵌まりほとんど手刈りになっている。

山の天気は変化が大きくタイミングが合わないと霧の中や雨に降られてしまう。
その点、今回の山旅は絶好の好天に恵まれた。



岩はぜ らしい。

その足元や目の先に花や木の実が見られつい立ち止まって見てしまう。
季節は秋、花より紅葉と木の実が多くなっていた。
その花や実を調べた。ところが私の持っている山渓の「日本の高山植物」ではよくわからない。
調べ方の問題なのか、これらしいと、自信がない。
花の着き方、葉の形、などで微妙に名前が違ってくる。
それでも知りたい思いは消えない。



白玉の木 かしら。

なぜだろうか、名前を知ったところで何があるのか。
知ることで親和性が生まれる、一歩それに近づけたことで何かしら温かいものが感じられる。
どうしてこれほどまでに色々な植物があるのだろう。
厳しい環境にいながら生き続ける植物。
自ら動くこともできないことで何かしらの生き延びる知恵を持っている。
こうして苦しい道すがらもこちらに呼びかけてくれる優しさを感じる。



たとえ名前が分からなくても、「ありがとう、あなたはそこで生き続けてね。」と声を掛けたくなる。
高山植物の花は強い紫外線に対し保護するために濃い色になると聞く。
あの濃い、でも透明なまでの色はそうして生まれた。