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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

持つべきは、、。

2019-06-29 13:54:06 | 日記

能登に来て得を感じる一つに,お魚のおいしさと安さがある。
特に最近、息子を通して地元に人との交流が広まり、漁業関係の人との繋がりが出来、新鮮な魚で握りをすることがある。
地元のスーパーでも新鮮で安いものが手に入るが,船を出し、自ら釣ったお魚や潜って獲った貝などで握るお寿司はまた格別なものがある。
何しろお魚がピッカピカ、その上どのようにして食べるかも教えてもらえる。
こちらで用意するのは,梅かつを,納豆、卵焼き、そして自家製豆腐ようとアンチョビ、ガッテンで覚えたまぐろの刺身とここのお米。
これ以上の贅沢はない。
何よりもわいわいいいながらおしゃべりをしながら、呑みながら握るのだからおいしさは倍増する。



たくさん握った筈のお寿司もほとんど食べ尽くした。
私も酢飯だといつもより食べられる。
今回はお泊りのお客様なので,ゆっくりしていただけた。
持つべきは,地元のお魚関係の人たち、かな。

パンのときもそうだが,食べたいなと買って来ると、どこからかパンが集まる。
今回も,鮨パーティーをした翌日に釣って来たばかりの大きな鯵10匹を戴いた。





それはなめろうと南蛮漬けにし、残りは冷凍に。
捌いた魚の残もあって,それはユキのごはんに、いつになく冷凍庫が魚で埋まった。
この恩恵に浴することがなかったのは,アキだった。



畑の野菜も流石に食卓に載るようになった。
玉葱、レタス、キャベツ、ブロッコリー、絹莢、ズッキーニなどなど。








醗酵食−豆腐ようー

2019-06-27 20:30:21 | グルメ

醗酵と言えば,藍も醗酵による染物になる。
豆腐ようも中国の腐乳から来ている醗酵食になる。
豆腐ようは紅糀を使った沖縄の豆腐の醗酵食、これを知ったのはそれほど昔のことではない。
いつか自分で作ろう,食べたときそう思った。
それはここで作る糀があるからで,別に紅糀でなくとも,それとそっくりでなくてもおいしければいいのではないか、と勝手にそう思った。

木綿豆腐を買って来て,それを水出ししてガーゼで包み,その上から寒糀をまぶしてタッパーに入れ冷蔵庫で10日ほど保存。
すると豆腐が醗酵して豆腐ように近くなった。
また,ここに来られた中国の人から頂いた腐乳らしきものに,唐辛子の粉がまぶしてあった。
それは冷蔵庫で数ヶ月経った今もおいしく食べられる。

そしてこの6月は今までの経験や醗酵の本から自分なりの豆腐ようを作ってみた。
それは水だしした木綿豆腐に塩麹と焼酎と唐辛子で漬け込んで冷蔵庫に入れ,2週間ほど経った。
それを食べてみると、ほんのりとしたお酒の匂いに,舌には糀の芳醇な味が滲み,ぴりりと辛い,私の豆腐ようが出来ていた。
試しに来客に出したところ、「これは、お酒のつまみだ!」との感想。



日本版ブルーチーズとでも言えるかな、だから好き嫌いがあると思われる。
でも、私は気に入っている。
もし、興味のある方、珍味に引かれる方は,食べにいらしてください。
醗酵物は時間が必要なので,事前のお知らせを!
一応,いつも冷蔵庫に用意して置くつもりですけど、、。



藍染めのTシャツ











共鳴 同調

2019-06-23 10:43:09 | 自然の不思議

これは共鳴だろうか、同調だろうか,共感なのか。

毎春、私は藍を建てる。建てると言うのは,藍の葉を醗酵させたすくも、灰、石灰、麸、焼酎を調合し、2週間ほど掛けて染められる状態にする。
それが今年、うまくいかない。今までなかったことだ。
その原因を探っても明確な答えが出て来ない。
私が育てたスクモも後二回ほどしかないので今年は染めを止めることにした。
ところが9月の晋山式の引き出物にしたいと言われ、また最初から始めることにした。

仕込みから1週間ほどすると、にわかにそれらしき変化が見られ,10日ほどした今はほぼ染められる状態になった。
仕込みには力仕事が伴うので男手を借りる。しかしそれからの調整は私がして、毎日3回櫂入れと言って瓶の中の液を掻き混ぜる。
前回は私の怪我でそれができず家人の頼んだが,櫂入れを忘れたりとか,調整がうまくいかなかったのか,どうしても建たない。
藍染めは醗酵物で,生きている、だから私の状態に同調して休みなさいと言っていたのか,共振、共鳴して波動が影響したのか分らない。



染液が濁っている。



青い泡、これを藍の華と言う。

今年も藍染めの季節になった。
どこかで,これで少し楽ができると思っていたのに,また忙しい夏を迎えることになった。
たいへんだけど,あの藍色を見ると、私の心まで澄むようで、やはり元気を貰える。
さて,今年はどんな風に染めようかな。



日毎に活発になったユキ、













居場所

2019-06-18 20:49:42 | 日記

居場所とは,どういうところを言うのだろう。
このところの引きこもりの場所がけして居場所にはなっていないようだ。

やはり,居場所は自分にとって居心地のいいところ、落ち着くところ、ほっとできるところ。
そして,次なる行動の原動力の源となる場所を言うのだろう。

自分にとって誰にも気兼ねなくくつろげ、誰からもそこにいていいんだよと認めてもらっている場でもあるのだろう。
その場から仕事が始まったり,何かの発想のヒントになったり,一人遊びをしたり,そこにいながらどこにでも飛んで行ける自由な空間だったりする。
そこは実際の広さではなく,広がっていて,時間的にも過去に戻ったり,未来に行ったり,区切りがない、閉じられていないところ。
でも、人によってはある程度限られた空間の方が落ち着くようだ。
狭いところ、袋小路、高いところ、暗いところが好みと言う場合もある。それも時と場合に因る。





今、私は今の炬燵でこれを書いている。ここには私一人。夕食後の夜はここが私の居場所となる。
もうしばらくすると、二階の部屋に行き、眠くなるまで本を広げる、そこも私の居場所となる。



廊下の梁に乗ったユキ

昨日金沢の友人の家に行って来た。久し振りのおしゃべりをして、夕飯は和食の外食、そこもその時の居場所、主婦にとってはうれしい取って置きの居場所となった。
そして帰路は満月の月を見上げ歩いた21世紀美術館の庭がその時の居場所。
ふたりのおしゃべりは眠るまで続いた。
ひとりもふたりも、居心地がいいと、そこは私の居場所となる。











事件

2019-06-15 20:20:30 | 日記

このところ小さな事件が毎日起こっている。
これは毎年のことなので困りつつも、半分は諦めている。
毎朝、畑をチェックし歩いている。
野菜たちは元気で育っているだろうか、昨日植えたものは水を吸い上げているだろうか。
そして、私たちの間での呼び方だと「ちょっきん」にやられていないだろうか。
それは夜盗虫で、夜になると植えた苗の茎をチョッキンと切ってしまう。
「あっ、やられた!」畑のあちこちで声がする。
昨日はオクラ、今日はバジル、そして唐辛子も、こんなに大きくなっても切られてしまう。
切られたところの土を掘り起こすと、小さいもので1センチほど、大きなものだと全長5センチ、太さが1センチほどもある黒いイモムシ風のもの。
でも、探しても出て来ないこともある。一体昼間はどこに隠れてしまうのだろう。
切られたものは、もう育たない。

大きな事件も起きてしまった。
それは人の不注意からだった。
去年から猪対策に畑にも電気柵を張り巡らしている。
昼間は電源を切っているが夕方になると電源を入れる。
それは最後の畑仕事の人がすることが暗黙のうちの了解になっているのだが、それを誰かが忘れてしまった。

最近長男が鶏の小屋の外に庭を作った。その戸を開けると鶏たちは喜んで外に出て日光浴をする。
最近は鶏が卵を産まなくなり、中雛を20羽入れたばかりだった。
まだ夜は高いところで寝ていないらしい。
そこで毎日戸の開閉をしているのだが、その日に限って閉め忘れたのだ。

翌朝、アキが何かを喰わえている。茶色の羽根のようだ。すると前方の鶏舎の庭から鶏たちが畑に出ているではないか。
事件は何物かが鶏舎に入り、鶏二羽がやられていた。
犯人は誰か?アキ?
いえ、アキは夜は家の中で、そう言えば夜中に吠えて吠えて、私は何度も起こされたのです。
犯人は? 貂?狐?どちら?
畑に出ると、羽根が毟られた無惨な姿の鶏が横たわっていました。
私は悲鳴を挙げ、よく見ることもできず、助けを呼んで始末をしてもらったのです。
隣の畑には卵の黄身と殻が散乱していました。

その生々しさの違いか、植物と動物の差なのか、どうしてもに鶏の雛に同情してしまいました。
多分人の不注意がなかったならば、事件は起こらなかったでしょう。
それにしても、大きくなるには、普通に育つにも、運というか、たいへんなことだとつくづく思い知らされました。