goo blog サービス終了のお知らせ 

よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

アンナプルナ山群の旅 ー山ー

2018-11-30 10:57:09 | 旅行

20代の頃の私は山女だった。日本の3000m級の山を登攀し、その仲間とヒマラヤを登る計画をしていた。
しかし、両親の反対で諦めざるを得なかった。
そう、弟が24で海で心臓マヒで亡くなった悲しみに暮れる両親にこれ以上の心配はかけられなかった。

そして今年、友人3人とアンナプルナ山群を歩くことができた。
標高は大分低く、2200が最高地点の山旅で1日2から5時間と言う5日間の日程だった。
最初、ちょっと物足りないかなと思っていたが、結局3、4、5、6時間のアップダウンのある行程で今の自分にあっていた。
むしろ同年代の人と比べても歩けた方で、自信がついて帰宅するとまた行きたくなっていた。
若い頃頂上を背にして下ると、また登りたくなっていたあの頃と全く同じ自分がいて、苦笑している。

あの頃、きっと見上げる角度が違うだろう、そのスケールが違うのだろうと夢見ていた。
それは3日目の夜明け前だった。
私たちの願と添乗員さんの寝ずの祈祷?によってその山容を浮かび上がらせた。
青紫の中に、紅色とオレンジとバイオレットの薄衣を纏ってそれこそしずしずと現れた。



「うわぁー。」言葉はそれだけだった。どのように形容したらいいのかわからない。
唯唯、朝日が当たり刻々と変るその色、浮かび上がる雪の山並み、山容に魅入った。
後ろで誰かが言った。「この時季にしたら、こんなの最悪の風景だよ。」
出し惜しみなのか、恥ずかしがり屋なのか、演出なのか、私にはこれだけでここまで来た甲斐があったと思った。



各ロッジはアンナプルナの展望の絶景ポイントに用意してあった。
次の日から声を掛けるように私たちの道に寄り添うように隠れたり出たりしながら、見守っていて暮れる母のような、大地のような頼もしい伴侶となってくれた。
歩き出して4日目、オーストラリアンキャンプ、アスタムコットではもうお友達、むしろ私たちに付いてきたいような素振りも見せてくれた。



地球のてっぺん、それは神々しくて近寄り難い美しさと厳しさを持ち合わせていた。
まだそこは地球の一番高いところではなかったがその風貌は地球の大自然と大きさ、偉大さを感じさせてくれた。
考えると、ここも一つの地球のてっぺんに違いない。
それでもやはりあの大きさを前にすると人間とは何なのか、対峙しているあの山は何なのか考えてしまう。
その中のマチャプチャリ、現地語で魚の尻尾を言うらしい、この頂上だけは人間が登ってはいけないことになっていると聞いた。
現代の知恵や装備などを駆使すれば何でもできてしまう。その傲慢さを戒めることになっているのだろう。
人が踏み込んではいけないならない神聖な場所があってもいい。
そう、そのマチャプチャリの山容は、坐禅をしている姿にも見えた。

その当時は一眼レフのカメラでスライドにしていたが、今回のカメラは小さくて、しかもギガも小さくてその迫力が出ていません。
山に申し訳ないです。
見てくださる方々にも、その美しさが伝えられず、残念です。
是非、足を運んで、ご自分の目で、身体で感じてください。











アンナプルナ山群の旅 ー人ー

2018-11-29 10:31:17 | 旅行

数年振りの山と海外旅行だった。
9日間のネパールから帰国して家に着く1時間前にアクシデントに襲われ、帰宅したのは25日の10時を回っていた。

「ただいまーぁ!」無事家路に着くことが出来ました。
今回の旅で様々な体験と感動を戴いた思い出深い旅になりました。

西遊旅行社の山旅に参加したのは15名、男女比は4対11、平均年齢は60代後半でしょうか。
そのうち一人参加が7名、2組のカップルと私たち4名に添乗員さんの16名。
現地でポーター、シェルパ、コック、そしてガイドさんら12名。
私はツアーとしての参加は記憶がないくらいで、これほど楽なことはなかった。
特に山歩きなのに荷物は小さなザック一つ、だから1日4、5、6時間ほどを5日歩くことが出来たのもポーターさんたちのお陰。
その上毎食コックさんたちが日本食を含め細やかな心尽くしのおいしいお料理のお陰で歩き続けることができた。
主婦にとっては3食作らずに食べさせてもらえるだけであり難い。この開放感と満足感は旅ならではの醍醐味。



ネパールで接触できたのは旅を一緒に歩いた人たちと途中で出逢った子供たちくらいしかいない。
特に15人の荷物を背負って、ただ黙々とひたすらに歩き続けたポーターさんたちには感謝しかない。
感謝と言うより、むしろ申し訳ないと言う気持ちがずーっとあった。
1日1500ルピー、月1万くらいで生活できるらしいが、中には60代くらいの人もいて頭が下がった。
この人たちの助けなしではこの山は歩けなかった。

小学校の子供らがキラキラした目で英語で話しかけてきた。
子供らの目はどこの国も同じで、こちらまですがすがしくなる。



現地ガイドさんは日本語も英語も?堪能で、ちょっと強面だが人なつこく適切なお仕事振りで安心して任せられた。
シェルパさんたちも15人の列の後になり前になりサポートしてくださるその心遣いが板についていた。
歩きながらも冗談を言いながら疲れている私たちを支えてくれた。

日本から一人参加したちゃきちゃきの江戸っ子おばさまがいて、疲れも困難も笑いに代える達人だった。
その方お陰で彼女の回りには笑いが絶えなかった。
出逢った初めてのネパール人にも気軽に日本語や創作語で話しかける。
一人旅の達人は、この人のように垣根を常に外しているか、マイペースのいづれかとお見受けした。
私にできるかな?ちょっと無理?

この旅歩き中、私は笑っていたように思う。たのしくて、おもしろくてしかたなかった。
この旅で新しい友人もできたし、現地の人たちとの束の間のふれあいだったが、寝食を共にし、共に歩き続けたことで言葉は通じ合えなくても、人として深いどこかで繋がった気がしている。

ポーターさんたちとのお別れの時、私は涙が溢れてきてしまった。
思い出すと今でもまた涙が出てきそう。



最後に、西遊旅行社の添乗員さんの細やかな心配りと穏やかな対応があってこその旅ができたのだと思っています。
ありがとうございました。

このブログを読むだろう友人の中には病気を抱えている人もいる。
今こうして元気で報告ができることの幸せを感じています。
みんなに、すべてに、ありがとう、と言える自分がうれしい!

次回は「山」です。

昨日はさっそく畑仕事。
小豆、黒豆、生姜、唐辛子を根から引き抜いて、今干しています。
キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、白菜、大根も大きくなりました。















地球の頂上

2018-11-15 14:54:17 | 旅行

17日からヒマラヤトレッキングに行ってくる。
と言っても、登る訳でなく、その麓をうろうろするだけ。

18歳で父に連れられて鳳凰三山に登り、その星の数に驚かされ、登山に嵌ってしまった。
それから34まで、3000m級の山を中心に冬はスキーと1年中山と係ってきた。
この能登に来てからは白山しか登っていない。
いつか地球の頂上を登るのは無理としても、見てみたいと思っていた。
そして今回、友人がヒマラヤに行くと聞き一緒に行ける事になった。



我が家の周辺の紅葉
今は紅葉の絨毯になっている。
その上を歩くと、ふわっとやさしく受け止めてくれる。

しかし年齢的にハードな事は出来ず、同行の3人と歩調を合わせることになりエベレストでなくアンナプルナの周辺を歩く事になった。
その準備にここ数日費やしている。
畑も出来る事はして、留守中のことを1欄票に書き留めた。
畑にはまだ小豆、黒豆、野沢菜、日の菜、生姜、カボチャ、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーの収穫が待っている。
柿酢の仕込みもある。



17日から25日まで、トレッキングは5日のみ、往復に時間がかかる。
しかも今までの日本の登山と違い、トイレットペーパー、ウェットチッシュ?が必要とか。
今回はツアーなので食事とか宿は用意されているのでその点は楽。
そこで30年前の登山用品を出して点検し足りないものなどを買ってきたが、結局ズボンなどはそのまま利用することにした。
例のニッカーボッカーだ。まだ充分履けるけど、時代遅れ?、いやむしろ格好いいかな?
久し振りの外国旅行だが、普通の旅より荷物が多くなってしまった。
「今のうちに、行ける時に行って来な!」同級生の餞の言葉、その中の一人は癌でほぼ座っている生活とか。
少々右膝が心配だが、行けるだけでも幸せなことだとしみじみ思った。
元気に歩けたら、次はドロミテかな、と思っている。



朝焼け

「いってきまーす!」







紅葉真っ盛り。

2018-11-07 14:49:44 | 自然の不思議

今、ちょうど与呂見が紅葉真っ盛り。
例年この連休が紅葉シーズンになる。
それに合わせるかのように来客があった。
日本在住のアメリカ人、そしてスウェーデンから2人、2泊3日滞在した。
目的は仏教の関係の本を出されているのでその関連でここに来られた。

私はいつものことながら、お部屋の支度とごはん作り、典座になる。
ベジタリアンに合わせて献立を考える。
季節の野菜をおいしく、彩りよく、タンパク質の大豆を入れながら,淡白にならないように心掛けて。
ところが揚げ物用の油が足りず急遽予定変更もあったり、観光でぐるりと能登半島をしたので帰宅時間が遅くまたまた予定変更。
でも、まあ喜んでいただきました。

そして入れ替わりの女性ばかり6人がいらして、それも予定時間より遅く7時半頃こられたのでまたまたばたばた。
安曇野のシャルムヒュッテのスタッフと言うことで野菜やら料理も何種も持参してくれたのでもう食卓は並びきれないほどに。
こちらは若い女性の真っ盛り、外も中も色鮮やかになりました。



10月25日のことですが、娘夫婦に誘われて富山の称命の滝まで行ってきました。
標高が高い立山周辺はちょうど紅葉が真っ盛り、その直立した岩山の中を貫いて300mの滝が落ちていました。
その圧倒される迫力と畏敬の念を感じさせる滝に立ち尽くし、声もでないほどでした。
名前の通り、お経を称える、命を称える、ということでしょうか。



ここから往復6時間、その前から風邪気味だったのが、車の中に風邪の菌を増幅させたのか、次々と罹ってしまいました。
ただ一人、住職だけは元気でした。どうしてなのでしょう?













アオリイカ。

2018-11-01 21:35:46 | グルメ

先日娘婿と長男が、ここの釣り名人と一緒に釣りに行った。
ちょうど満月で風もなく絶好の釣り日和と言うことで夕方から出掛けた。

長男もイカだけは釣ってみたい、娘婿も能登のイカを食べたいと張り切って出掛けた。
ここの名人は、出掛けると帰るのが夜中。
今回も私たちが寝静まった頃帰って来た、だからその成果を知ったのは翌日の朝冷蔵庫を開けた時。
何と二人して15杯も釣ってきたのだ。
聞くところによると、夕日も美しく、波も静かで絶好のイカ釣り日よりだったという。
その場所と釣り方は名人から教わったのだが、何よりも好条件が揃ったと言うことらしい。
その2日後は2杯だったとのこと。
私はそのおもしろさを知らないが、その魅力に嵌ると時季になると居ても立ってもいられなく、寒さも何のそのらしい。



翌日の夕食はイカ尽くしになった。
刺身は勿論、バター炒め、イカリングをお腹いっぱいいただきました。
今日スーパーに並んだイカのお値段を見ると、大きいと1杯1000円以上していました。
6杯はここの人にお裾分けして、みんなして蕩ける甘さを味わいました。
大分から来た娘たちも大満足して帰路につきました。
やはり私は、食べるだけで、十分です。
そうそう、イカのピザも絶品でした。