冬になると勉強会と称して浄土真宗の佐野明弘氏のお話を聞いている。
今回は現代と宗教について和田氏の講義のお話だった。
それを要約したいのだが、うまく伝えられない。

結局、現代と言う時代はどう言う時代なのか、それが国家とどう繋がっているのか、国家とは何か、そしてそれに係っている政治、またそれらが宗教にどんな影響を与えているか。
私は知れば知るほど何も知らなかったと言うことだけが明らかになった。
そしてそれらが天皇制と一般大衆と国家,政治,宗教に深く関係していることを知った。
その中で印象に残った言葉がある。
真実を求めざるを得ない存在を宗教的存在と言う、と。
宗教的存在とは一切の者の上に如来の本願がかかっている、と。
翌日は自分とは何か,近代的アイデンティティーについて。
どこまで行っても人は自分から出れない。見出されるもの,出逢うものとしての私,それを他力と言う。
その言わんとしているのは、仏知疑惑,この聞き慣れない言葉は私を増々困惑させた。
それを私は説明できない。聞いていると何となく分ったとしか言いようがない。
自分を主体としている限り、出逢えない、と。
何のために勉強するのか、なぜ、私は何、そんな疑問がある限り,続くのだろう。
でも、私のこと、この雪が積もっているときだけ,雪解けと共に跡形もなく消えてしまうのが、私です。

雪は110センチになった。
まだまだ降り続くのだろう。
アキは増々元気です。









