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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

夏の花−2−

2016-07-29 21:37:15 | 自然の不思議

この時季、生けた花がすぐ萎れてしまう。
紫陽花の後、生ける花を探しに境内を歩いて見つけた。

グラジョウラスはもう先まで上り詰め、もう後がない。
向日葵は茎を伸ばして2メートルほどになって,そのてっぺんでお日様が昇る方向を指して同じように輝いて咲く。
花豆はもう登る先がなく、ふらふらと彷徨いながらオレンジのカンテラをかざす。
金水引は花瓶に指すとすぐ頭を垂れてしまった。
鬼百合は名前を気にしてかずうっと下を向いて咲いている。



生ける花がないと言いながらも、目を凝らすと今まで目に入らなかった物までが見出せる。
但し、水揚げが問題だ。
切り取られ、生けられるお花は喜んでくれるのだろうか。
時々バカなことを考えてしまう。

今年も朝顔が咲き出し、毎朝一番最初に「おはよう!」と声を掛ける。
紫、青紫その色に白く縁取りされたもの、青、薄青、赤紫、白と、後2種類の10種類。
朝の数時間の取って置きの時間。



私の2階の部屋から。



朝のまだひんやりした爽やかな空気をいっぱい吸って、1日が始まる。
外も中も花があると、1日が色めく。















暑中お見舞い申し上げます。

2016-07-25 21:23:51 | 日記

暑中お見舞い申し上げます。



今日、暑中お見舞い、のお葉書を数人から戴いた。
一人は消しゴムではんこにしたもので、そこにはカブトムシやスイカが捺され、何とも愛らしくつい微笑んでしまう。
本人はけして上手でないと言っているが、私は誰かの真似事でなく、素朴な趣が何と言えない味を出して気に入っている。

一人は私の故郷甲府のかな書道の仲間からだった。
先生がいよいよ介護施設に入ったと書かれていた。
急に昔の時間が蘇ってきた。
懐かしい仲間の顔は、若かりし頃そのままの笑顔だ。

そして、近江八幡から「ちくちく展」の案内状。
私が京都テラさんでした展覧会で出逢った人で、母の繕い展に来てくださった方だ。
母が出逢わせてくれた人。
そう思ったら、急にゆきたくなった。
その手仕事への思いが私を動かす。



私の手仕事、藍染め。

前はもっと忙しかった筈なのに暑中お見舞いを書いていた。
やはり、「暑中お見舞い」を出そう。
一つの区切り、一つの思いを形に。



今年、レモンの花が咲いて、さていくつ実るかな。









精進料理−胡麻豆腐ー

2016-07-23 10:26:34 | グルメ

先日、中谷家で鎌倉の精進料理研究家の藤井まりさんがいらして、7人ほどでその手ほどきを受けた。
とてもお元気できさくで、さすがに30年の年期の通りの手際の良さで、あった食材を使って2時間ほどで17種類のお料理が出来上がった。

以前、ここにベジタリアンの方がいらした時に滞在された1週間をやはり精進料理擬きをつくったことがある。
今回は玉葱、ニンニク、卵、乳製品も使わない正真正銘の精進料理だ。
今は夏、食材が豊富で瞬く間に17品が作られた。
しかも、全体のバランスや味の配分もよく、しかも彩りも揃い美しく仕上がった。

私は今まで胡麻豆腐を何度か作ってきた。
それも、自家製の胡麻で、作り方は月心寺の前の番に水に漬け、当日擂り鉢で擂ると言う、気の遠くなる作業が続いた。
これは、禅寺の修業だと解釈した。
確かに風味が濃く、有り難く戴いた。

今回は、誰にでも気軽にできると言う、胡麻ペーストを使った。
すると、あれよあれよと言う間に固まり、つるんとした触感の胡麻豆腐が出来上がった。
食べると、「うん、確かに胡麻豆腐だ。」
けして、まずくないし、むしろおいしい。
でも、何か物足りない。
私一人で作ったのでもなく、分業でしたこともあるだろう。これだったら誰でも気軽にいつでも作れる。
でも、なんだろう、寂しさを感じてしまった。

誰でも気軽に、しかもおいしく作れる。これは日本の禅宗の流れを汲む伝統料理の最たるものである。
これを多くの人に伝え広めるには、この方法しかない。

せめて、胡麻を煎って作る。
しかも自分の胡麻で。
続けてできるかな?

今回参考になったのは、鍋でなくフライパンを使うこと。
これだと、掻き混ぜるのにとても便利だ。
私の胡麻豆腐作りはまだ始まったばかり。



右のお膳の真ん中が胡麻豆腐で下にたれを敷き、山葵を載せて。



フライパンで掻き混ぜているところ。









蜩と蝦夷蝉。

2016-07-18 21:10:46 | 自然の不思議

どちらも自然現象なのだろうが、いずれも私自身、どうすることもできない。

朝4時半、ひぐらしが啼き出す。
日増しにその数が増すのか、声量が増すのか、それともその両方なのか。
この時間で一旦目が覚めるのは、年齢的もあるのか。
夕方、それ以前でも曇天だと蜩も気持ちよくなったのか鳴き出す。
この声はいつ何時聴いてもけして耳障りに聞こえず、むしろ涼しさと心地良さを届けてくれる。

ところが、今年、蝦夷ゼミだろうか、この庭木で「じーじー、じージー。」とけたたましく鳴いて私の耳を占領してしまう。
今までこれほど大きく、しかも近くで長い時間鳴いていたことはない。
これは気候の変化から来ているのだろうか。
最近、私の耳に変調を覚える。
朝課という毎朝のお経で鐘の音がきつく入って来てしまい辛くなり、住職に少し音を控えめにするようにお願いした。
どうも、金属音とかある程度の高さの音が頭に刺さるように聞こえてしまう。

蝉をその都度追い払うしかないのか。
それは難題で、どうすべきか、わからない。
どうか、遠くで鳴いてください、とお願いするしかない。

そろそろ梅雨明けになる。
久し振りにくっきりをまあるい月が見えた。
空は天体の理に沿って動いている。
その下の人間は、まだ愚かな繰り返し。
月を見上げて、大きく深呼吸をすると、ひんやりした空気が入り少しすっきりした。
頭を冷やすことが、肝要なのか。



紫陽花に蝶。



サッシに蛙。













勝手かぼちゃ。

2016-07-15 20:55:00 | 畑仕事

勝手かぼちゃ、何て言う種類はない。
私が勝手に付けた名前のかぼちゃです。
だって、植えてないのに勝手に畑を陣とって、しかも堂々と、その上大きな顔しているのです。

最初、胡麻の畝の隅に芽が出てきて、それを許していたら、葉っぱが大きくなり、隣の茄子を押しのけ、その蔓をタコの足のように這い出し、今では胡麻の方が遠慮がちに大きくなっています。
そればかりか、別の広い場所を用意したかぼちゃ畑のかぼちゃより大きくなっているではありませんか。
そこはかぼちゃ様の敷地ですし、しっかり元肥と追肥と土寄せをして育てているのに、勝手かぼちゃの方が勢いがいいと言う始末。
見るとそこには10センチほどのかぼちゃが成っている。
それを見た途端もう邪険にできず、伸びた蔓を他の野菜が大きくなるスペースを確保して道筋を付けるように移動させた。

毎年、数本のかぼちゃが植えた覚えがないのに発芽する。
未だにどこから紛れ込んだのかミステリーなのである。
かつて、そこの場所には植えたことがない。
毎年出てくるかぼちゃから種が零れることもない筈なのだが、、。

去年の零れ種から育つ野菜もある。
一畝一面に紫蘇が発芽して喜んでいたところ、数日で見事に消えてしまったミステリーもある。
これは虫が犯人だと分っているが、勝手かぼちゃの生命力にただただ、脱帽です。



手前が、勝手かぼちゃ。



ある日の夕飯。トビウオのフライと玉葱と人参のかき揚げ、茄子の天ぷら、ズッキーニのフライに千切りキャベツ。
野菜は全て畑から。