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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

月と星

2014-09-21 04:24:23 | 日記

その朝、白みかけた空に星が三日月に抱かれるように見えていた。
あれほど最近は電話の音が鳴るごとに一瞬びくっとするほど反応していたのに、昨日の朝は病院からの電話だと起こされた。
いよいよだ、いよいよになった。

9月20日、5時34分、母は永眠した。
前日、私は午前中から病院で母の傍にいた。
母は泣いていた。数回酸素吸入での呼吸をすると、また泣き出した。
その状態が夜からだと聞いた。
時折私を確かめるように目を開けた。その合間に「おかあちゃん。」「啓子」と助けを求めるように声を出した。
私は耳元で「お母さん、ここにいるから大丈夫。」「おかあちゃんもお父さんも惣一も健ちゃんもみんなここにいるよ。」
手を握り、頬を撫でずうっとそれを繰り返した。
夜になりお医者さんを呼び少し眠れるようにお願いした。
しばらくして母はようやく寝息を立て始めた。

私は迷った。ここに留まるべきかと、しかし正直怖かった。目の前で亡くなったらどうしようか。まだ大丈夫だ。また明日くれば会える。
車に戻り、私は一人号泣した。誰もいない病院の駐車場でしばらく思い切り泣いた。
しかし、母は一人で旅立ってしまった。

母が亡くなって分った。母は、私のことを自分以上に大事に思ってくれている人だったと。その人を失ったのだと。
その存在が母だったと。

月はやせ細ってても、星を見守り支えてくれていた。
なのに私は月になれなかった。

今、母の枕元でこれを書いている。眠れないのだ。
でも,母は最期の私への大きな贈り物を残してくれた。
母の寝顔は穏やかでまさしく母の顔だった。
私は救われた。
「ありがとう。おかあさん。」
今度は私が月になる。

今夜も空にいっぱいの星が挙がった。
静かな美しい夜だ。
その夜も、もうすぐ朝が来る。








病院通い

2014-09-18 10:08:56 | 日記

毎日1時間かけて母の看病で病院に通っている。
かれこれ2週間になる。
1日1日波があり、それに一喜一憂している。
食事も普通から粥に、今はゼラチン質のものへと変った。
しかしそれもほとんど口にしない。
体が受け付けないと言うより、口の中の荒れと唇にもアフタ?が出来、痛がって口を開けようとしない。

家からプリンを作って食べさせた。でももう次の日は受け付けない。
本で氷片がいいと知り口に運んだが、やはり飲もうとしない。
こうなるとお手上げだ。
点滴と酸素吸入に頼るしかない。

助けたい、と言うことはどういうことなのか。無理に食べさせ、生きさせることは本人が望むことなのか。
私の名前を呼んで泣き出す。
私が声をかけ顔を撫でると落ち着いてくる。
足を揉み、声をかけ、肌に触れる。それだけしかできない。
それも、たった3時間程度で帰ってくる。

それでも、いよいよの時は病院に泊ろうと思っている。
最期を看取ることは、こちらの命も試される。













秋の風景-天上の青ー

2014-09-16 21:29:03 | 自然の不思議

日本各地で異常気象とも言える風雨や今日はまた地震があった。
こう次々に自然のきまぐれに振り回されると、これがまた普通に思ってしまいそうで怖くなる。

ここ能登では爽やかな秋晴れが続いている。
我が家の前に2×5メートルほどの小さな花壇がある。名付けて「こぼれ種花壇」
春の鉄線、丁字草、夏の百日草以外はこぼれ種でできている。
今食べているのが、ミニトマト、これからは小豆が獲れる。
そして、今盛り、見頃の「天上の青」が毎朝15個くらい咲いている。

この朝顔は他の朝顔の中で1番遅く咲く。
去年いっぱい咲いた天上の青が咲かないのでがっくりしていたのだが、今になって朝を青く彩ってくれる。
天上の青の大きさは小さく、特に目立つ模様も入っていない。
しかしその青は天上と名を付けられるだけの色だと納得できる。
特に派手さもなく、でもそこに咲いていると惹き付けられる何かがある。
その青は、天上にふさわしい天女のストールのように透けて柔らかく楚々として気品がある。
毎朝、その朝顔にひとつひとつ挨拶して私の朝が始まる。
そうそう、こぼれ種花壇ですが、これでも2,3回は草取りをしないとこぼれ種も花を咲かせません。



こぼれ種花壇



最期のトマトで焼いたピザ、やはり決め手は生地作りから、何よりもトマトがおいしい。











秋の風景

2014-09-15 06:34:53 | 自然の不思議

朝が遅くなり、夜が早くなった。飼っている鈴虫が一段と鳴き声が大きくなった。
鈴虫の音色も夏の朝は涼しげだが、この時季になると足元には冷えを覚え、耳元には切り込むような痛みが走る。
その鈴虫も、交配の掟から今年で逃がすことになるらしい。

朝の散歩が復活した。参道の桜並木に蜘蛛の巣が架かり、朝露が朝日に煌めく。
そんな悠長な散歩人にはおかまいなく、蜘蛛はせっせと巣を編んでいる。
その巣も作る順序とかルールがあるという。
私からすると楽譜の5線譜に見える。その譜面に書かれるのは小さな昆虫の類い。
どんな音楽の譜面にするのかは、蜘蛛なのか舞っている虫なのか風なのか。




鬼蜘蛛?


女郎蜘蛛?

母の関係で途切れた散歩から季節が移った。
野道には季節の小さな花たちが迎えてくれる。
私の好きな釣り鐘人参から今は釣り船草が群生している。
どの花もよくよく見ると見事な造形を見せてくれる。
特に釣り船草などはその最たる傑作だと思う。



すすきが揺れ、猫じゃらしが露に纏わりつかれ、きらきらと秋の朝を輝かせる。

母は酸素吸入になった。いつ何時急変するか分らないと医師から宣告された。
どこかで覚悟をしていたつもりだが、思わず涙がこぼれてしまった。











私の野菜図鑑ーきのこー

2014-09-12 21:20:56 | グルメ

私の野菜図鑑には、きのこはほとんど載っていない。
ここで椎茸の栽培をしているが、自生のもののほとんどを知らない。
ここの地元のお年寄りは春は山菜、秋はきのこと冬以外山に入っている。
その中の一人、茸採り名人のおばあちゃんが怪我と病気でいよいよ山歩きができなくなった。
いつも戴くきのこもこのきのこで終わりかも知れない。
その場所を在所の人に教え取ってもらったのがこれ。



しかし名前を聞いた住職も定かでない。確か大白茸とか。
今まで戴いた中で初めての白い茸だった。お豆腐と煮て食べるとおいしいと言われ、さっそく料理した。



「大丈夫かな?」誰しも半信半疑、何しろ初めての茸なのです。
きのことお醤油だけで煮ただけのもの、他に何の出汁も入れていない。
それが上品でお豆腐にも茸の味が滲み、茸はしっとりとしていくらでも食べられそう。
大丈夫かな、、、。

「大丈夫だったね。」思い出したときは、もう翌日でした。


朽木の山本さんの手術は無事終わり、病状も経過もとてもいいと連絡が入った。
「だよね。だって病気の顔じゃなかったもん。」「そうだよね。」
与呂見の住民みんな安堵したのでした。
五郎もとても、元気なのです。

今日の母はほとんど泣いていたとか。
私が病室に行った時は疲れでようやく眠ったところでした。
私には傍にいることしかできない。