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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

日本百名山-瑞牆山ー

2014-11-30 22:24:40 | 旅行

昨夜,グレートトラバース,日本百名山ひと筆書きを見た。
約半年をかけて屋久島の宮之浦岳から始まり,北海道の利尻山で百の山を自分の足だけを使って登り切った。
彼の強靭な体と忍耐力と自然を相手にするには行くか否かの判断力、予測力,応用力など五感をフルに働かせて挑まなければならない。
でもそれだけではできない。するのは自分だが,多くの人たちの助けがないとやり遂げられない。
他にも,たくさんの運にも恵まれた。それがないと命を落としていたかも知れない。
そして,やり終えた後の彼の言葉は「感謝」だった。

かつて,私は今で言う山ガール,山女だった。
私が山登りを始めたきっかけは父だった。
最初の山は父と弟2人と鳳凰三山に登った。それが最初で最後の家族での山登りになった。
そこで出逢った夜空を埋め尽くす星の数に圧倒された。
地上と天上,今までにない世界観を体感したと思う。
そこに行き着くまでの苦しさはそれまで経験したことのない辛さの連続だった。途中の行程でいい思いをしてことは覚えていない。
しかし,頂上にたどり着いたその達成感はそれまでにない充実感として残っている。

それが私を山に駆り立てた。
私の山登りの始まりだった。

次回に。



全然関係ない,蕪の千枚漬け。昆布と自前の唐辛子と柿酢で。

父の影響で当時は1眼レフを持っての登山,今でもその時のスライドが残っている。










台所ー冷凍庫ー

2014-11-29 20:15:59 | グルメ

私は冷凍庫を2つ持っている。一つは冷蔵庫の中の冷凍庫と物置に小さな冷凍庫がある。
冬を前に冷凍庫の整理をした。
次男は下戸で1年中アイスクリームを食べる甘党だ。しかしそのアイスを入れるスペースがないと文句を言われていた。
それが理由ではないが,整理しないと日常的にも使いにくいことは感じていた。
冷凍庫のものを全部出すことから始めた。すると出るは出るは,既にすっかり忘れていたものが出てきて自分でもびっくりしてしまった。

では,何かと言うと、麹,蕗の煮物,蕗の薹の煮物,山椒の実,蓬、絹鞘,豌豆、グリーンピース,コーン、バジルペースト,バジル、数種類のジャム、レモン,トマトピューレ,パプリカ、カボチャピューレかな。
その他に日常的に使う魚やお肉,油揚げ、それに残り物が少しずつ隙間に入っていた。

こんなに必要かと言うと、けしてそうではない。どちらかと言うと、スペースがあるだけまたストック分を作ってしまう。
なければないなりにやっていくのだが,畑の野菜が余るとつい保存食を作ってしまう。確かにそのための冷凍庫ではあるが、最近ふと考えてしまう。
ほんとうにこれが必要なのかと。多分最初は腐らなくて保存できる冷凍庫は画期的で,今も必需品であることには変らない。
ここは町まで車で30分あまりかかり,私みたいに週1回くらいしか買い物をしないものにとってみれば,これほど助かる物はない。

地元のおばあちゃんはそれこそ営業用の大きな冷凍庫を持っている。その中味は春の山菜や秋の茸などが入っていると聞いた。
特に独り身の場合,買い物はバスなどしかないので買い置きをする。その上,冬は雪に覆われるので,野菜などは茹でて冷凍しておく。
だから冷凍庫が手に入った時の喜びと便利さは歴史的な出来事だったに違いない。

あれば便利な冷凍庫,なくてはならない冷凍庫,でも,電気を大食いする冷凍庫,だからこそこれからの使い方を見直そうと思う。
ここの畑で作った野菜はほんとうにおいしい。缶詰のコーンやトマト缶などと比べ物にならない。
増して,市販の冷凍食品などは買ったことがない。
だからこそストックをする価値がある。買わずに自前で済ます。そのことも考慮したい。



ネットの中のカリフラワーが15センチほどになりました。
その味は甘い霜柱。



来春を楽しみにチューリップの球根を植え付けて。














2014-11-27 10:40:31 | 日記

先日,母の法事で帰省した時のことである。
当日勤めていた学校の近くにクラフトのお店があった。そこによく出入りしていたのだが,10数年振りに寄ってみた。
そこには懐かしい笑顔が迎えてくれ,当時中学生だった息子さんは二人のお父さんになっていた。

その2階で革細工と箒職人が展覧会をしていたので寄ってみた。
物作りの人たちの話はおもしろいのでつい話を聞いてしまったが,箒の値段にびっくりしてしまった。
箒に使うもろこしの仲間の栽培から,選別,仕立てるのに使う絹糸の染め,ほうきの柄などにこだわりが見られた。
話に依るとその箒は世代を超えて使え,カシミアのセーターも毛玉にならないほどの柔らかさと持ちがいいとのこと。
そして,飾られていた畳を掃く漆塗りの柄の箒は,何と100万円した。

誰が買うのだろう,これを使った掃く家とはどんなところのだろう。
もし私がお金があったとしても,箒に100万は払わないだろう。
だから他の短い箒も買えるような値段ではなかった。
私は箒職人に私の感じたままを話した。
確かに使い勝手がよく,苦労もわかる。安価ですぐ壊れるものは困るが,とても庶民が使えるものではない。
だから,私がほしいものは本体は丈夫で使い易いもので,省けるところは取り除いてほしい、と。
これは、用の美を越えた趣味のもので,使う側のことが抜け落ちている,これは流石に言えなかったが。

後日帰山して皆に話したが誰も100万円の箒に対しては驚きよりは嫌悪感さえ口にしていた。
近くのおみやげ屋さんで見たものは数百円だったと家のものが教えてくれた。
あまりに安い。これでは作るものの喜びさえ奪ってしまう。暮らしてもいけない。

世の中,今両極端になっている。スポーツ界では人気の選手は年間数億円の収入が約束される。
それまでの厳しい練習やその費用も分るが,でも,しかし,と文句をつけたくなる。

今はほとんどを掃除機を使うが,庫裡の畳の部屋や宿坊は箒を使って掃く。
最近,サイクロンなどと言うものが出てきたが,これが私には耳にきつく使えない。
そのこともあって,未だに箒を愛用している。
音がなによりやさしい、手の感触が落ち着く。確かに掃除機は小さな埃まで吸い込むだろうが,私はそこまで要求しない。
最近は抗菌グッヅなるものが出回っているが,そこまでしたらやり過ぎになると思っている。
自然素材のものは体にやさしい。五感を使って掃除を事をすると清々しさは捨て難い。

あの人の良さそうなおじさんの箒、気持ちは分るけど、、、。



左の紅いものが買ってきた箒,それでも2700円もしたのだ。
右は友人がここの稲藁で作ってくれたもの。
あまりのかわいらしさに,台所に飾っている。



野薔薇の実。いよいよ冬が近くなった。









お弁当作り-休暇ー

2014-11-25 16:11:47 | グルメ

今朝,次男が出張で千葉に発った。来月16日までお弁当作りがお休みとなる。
まだ,暗いうちの起きて作るのは,眠くて寒くて辛い。だからそれから解放されてうれしいかと思うと、実はそうでもない自分に驚いている。
まづ、いないことがやはりちょっぴり寂しい,そしてそれ以上に早起きだからこその出逢える瞬間を手放すことになる。

特に次男はコンビニやスーパーの出来合いのものの多くが口に合わない。今回は3食が外食になるので気になる。
特に我が家の野菜は畑から,それに砂糖を使わないのでそれらが甘くて濃くておいしくないそうだ。

暗く寒く眠い朝も,着替えるまでのものの5分ほどあれば,スイッチは入る。
早起きをすると時々すばらしい贈り物を戴く。朝焼けだ。
東の空が今日と言う日を寿ぐように紅く輝き出す。その瞬間は立ちすくむような荘厳な祈りに似た一時だ。

私の同級生の二人は未だにお弁当作りをしている。しかも彼女らは5時半に起きる。
彼女らに共通しているものを感じる。それはすがすがしさとまぶしさだろうか。
彼女らは,経済的とか義務的とか栄養学的とかそう言う理由が必要ないくらいに淡々とやっているように思われる。
私の思い入れかも知れぬが,朝の最初の光に照らされると、知らず知らずの間にお陽さまのひとかけらを纏わせてもらえるのではなかろうか。

明日から私は何時に起きればいいのだろう。
どこかで子供のお弁当作りという大義があって早起きができる訳で,朝寝坊をしたい気持ちと、朝の金色の輝きに立ち会いたい思いが交錯している。



娘が作ったアップルパイのかけら。朝焼けのような紅玉。来客に絶賛され,本人はご満悦?
しかし,スーパーの棚からバターが消えるのは悲しい。



久し振りの茶碗蒸し。やはり卵が違う!









秋の干し物

2014-11-23 20:59:57 | グルメ

秋の収穫が終わると、軒先やストーブの回りに収穫物が集まる。
つまり,そのままでは食べれないものや保存食として乾燥させる必要が出てくる。

昨日,軒先に沢庵用の大根が軒先に干された。
しばらくして水分が抜け旨味が濃縮される。
黒い瓦と青い空に白い大根と緑の葉っぱがお陽さまに映える。

たった14個だけれど,干し柿をした。
これは食べることよりも赤い実がぶる下がっている風景が気に入っている。
花が咲き終わり,紅葉の葉が落ち寂しくなった秋にそこだけでも明るくしてくれる。



黒大豆を先日から干している。
黒豆は他の緑豆や黄大豆と比べ成りが大きくて得した気分になる。
殻がカラカラになるまで干し,その後叩いて豆を出す。
黒豆は玄米ごはんに小豆とともに入れて食べている。
玄米が芳ばしくなり,甘みが増しておいしく食べられる。



ストーブの回りには,まだ花豆と落花生と小豆が干してある。
その殻は話をしながら,テレビを見ながら常に手を動かして殻を剥く。
たくさん収穫があるとうれしいのだが,剥く作業は面倒だが、剥かれた豆を眺めていると豊かになるのでこれでよし。
やはり,楽をして豊かになるのはおかしい。苦労してこそ報われる歓びも一塩と言える。

収穫の秋は,忙しいがそれなりに得る歓びは大きい。
これからまだ日の菜と野沢菜を収穫し干して漬け物にする。
そうそう,白菜も干してキムチにする。
まだまだ,秋の干し物は続く。



そうそう,ストーブの下ではハナクロが干されている。
そこが彼女のお気に入りの場所。最近細細になってしまったのは、このせいか?